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怪談百物語#66 歪

仕事帰りに図書館で本を借りて帰るのが日課だ。
私は昔から本が好きでなんでも読んできた。
純文学、ノンフィクション、SF、海外の詩集やレシピ集など。
紙越しに様々な時代や文化に触れられるのが好きだ。

読む本が偏らないように手あたり次第借りていく。
好きなジャンルばかり読むのもつまらないから。
図書館用に買った鞄がパンパンだ。
ペンギンの絵が大きく書かれた柄入りのトートバッグ。
気を抜くと水族館や海洋生物の本ばかり選んでしまう。
今日は様々な種類の本を、計20冊借りて帰る。

家に着いて鞄を降ろす。
肩に食い込んでいた重さが楽しみに変わる瞬間だ。
夕食は取らない主義だ。
本とコーヒーで夜を埋める。
今日は三冊だけ読もう。
蓋つきの保温マグカップにフィルターを乗せ、既に挽いておいた豆を一杯入れてお湯を注いでいく。
三回に分けて注いだコーヒーは読書の香り。

飲み切ったころに本も読み切る。
時間は0時になっていた。
最後に刊行年が何年かを流し見て本を閉じ、流し台へ行きマグカップを洗う。
古い本は現代と違う情報が載っている。
時代を越えるロマンをそこに感じる。
マグカップを拭き終えると就寝に入る。
明日は土曜日だ。
何冊読めるだろうか。

朝目を覚ますとすぐにテレビをつける。
寝起きは良い方だ。
昨日とは別の蓋つきの保温マグカップにお湯を入れる。
目覚めはいっぱいのお湯と決めている。
今日読む予定の本は六冊。
イタリア家庭料理のレシピ集、京都の観光日記、SF小説2冊、子育て漫画、車の整備案内。

一番古いのは京都の観光案内だ。
発刊は大正時代、私の祖父が昭和十年生まれなのでそれ以前。
表紙を開きページを捲る。
今とさほど変わらない街並みが掲載されている。
流石は京都というべきか。
この本よりもはるかに古くから存在する景観。
だがこの本は読みづらい。
古い本だからか文字が滲んでいる。
印刷技法も今より劣っているのだろうか。
行に収まらず凹凸にはみ出している。
気を抜けば間違って読むだろう。
指でなぞりながら慎重に読んでいく。

今読んでいるページでは二条城が紹介されている。

――の栄枯盛衰と共にある。ー年には延焼で立て直すことになった。

歴史を知るのは面白い。
近代と現代では正しいとされた歴史が覆されていることがある。
一心不乱に読み進める。
文字をなぞる手が止まらない。

『うしろ』

呼びかけるような言葉に手が止まる。
なぞる行を間違えたのだろうか。
再度文頭にもどり詠み進めていく。
やはり読み間違えていたのだろう。
すらすらと文章が流れていく。
ページを捲る。
なぞり詠み進めていく。

『うしろ』

さっきと同じ言葉を指がなぞった。
振り向くべきか。
部屋に異様な空気が漂っていることには気づいていた。
私は、読書を邪魔されるのが嫌いだ。
この時間を無駄にしたくない。
読み進める度に指が『うしろ』という言葉をなぞる頻度は増していく。
無視して読み進めていくうちに徐々に減っていき、あとがきを読む頃には指が止まることは失くなっていた。

読了後読み返してみても『うしろ』という言葉は一度も出てこなかった。
滲んだ文字、歪んだ行が見せた幻だろうか。
それとも長い歴史が生んだ怪異だったのだろうか。

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