怪談百物語#78 妖精
離島を旅していた時の話だ。
どこかダイビングに適したスポットがないかとSNSを探していると、評判の良い海が見つかった。
おすすめを表す星は4.2/5と高評価。
レビュー数が少ないせいか、検索には出てこない。
しかし評価だけを見れば日本でも有数のスポットのようだ。
その割に口コミのレビューは碌に書かれておらず、どんな場所か詳細はわからない。
たまにあるのも『二度と行くか。』『立ち寄る際は地元の方に配慮して、早めに帰るようにしてください。』と、あまり良いレビューは見つからない。
ダイバー仲間に聞いてみたところ、誰も行ったことないらしい。
こういう場所を開拓するのも悪くない。
良いところなら仲間内で自慢できるかもしれない。
そう考えて、次の連休に一人で行くことにした。
送迎の小さな船に乗ると、今回島に行くのは私一人のようだった。
一日一度往復する船には私と船長の二人だけ。
先行きに不安を感じながらもダイビングのことを考えるとワクワクが止まらない。
装備は何度も点検したので問題はない。
後は天気だが、これも快晴で海は凪いでいる。
最高のダイビング日和だ。
迷った。
島についてまず島で唯一の宿を目指した。
坂道を上ったり下りたりするうちに、土地勘もない私は前後不覚に陥った。
港があそこだからもう少し進んだところにあるはず。
なかった。
軒先に繋がれた犬がこちらに吠えている。
行き止まりだろう道に踵を返す。
あそこで曲がったのが悪かった、次は反対に曲がろう。
何故か山に着いた、いやこれは森だろうか?
道を戻るが、なぜかどんどん緑が深くなっていく。
お分かりだろうか。
私は方向音痴な上に地図が読めない。
誰かに道を聞こうにも辺りには誰もいない。
仕方なくダイビング装備を担ぎながらさらに歩く。
幸い体力は人並外れているので、まだまだ歩くことはできる。
しばらく森を歩くと開けた場所に出た。
畑だろうか。
同じ高さに揃えられた植物、おそらく明日葉だろう。
それが等間隔に植えられていた。
腰より少し高いそれらに覆われた畑の中に、ぶわっと煙が上がる。
なんだ、と驚いてそちらを見ると、明日葉の葉の隙間からひょっこりと顔を出す人の姿が見えた。
「すみませーん!」
大きな声で呼びかけたからか、その人物は驚いたように目を見開きこちらを見た。
「この辺に宿があるはずなんですが、ご存じないですかー?」
くしゃっとした顔で、見開いてもほぼ線状の目。
皺ばかりの顔。
言っては悪いが人間離れしたその顔つきに、これはこの植物の妖精なんじゃないかと失礼なことを考えていた。
「宿なら山を下りたところの港町にあんべな。おまえさん、そこから来たんと違うんか。」
落ち着きを取りもどした妖精は怪しげにこちらを窺う。
その足元には灰と椅子が並んでいる。
この温かな日の中、一人焚火を囲んでいたのだろうか。
「それが迷ってしまって。良ければ案内してもらえませんか。」
「何を、馬鹿にしとるんか。まあ、ええわ。案内したるけ車乗っちょれ。」
指の先を見ると、舗装はされていないものの走り慣れていそうな道と小さな軽トラがあった。
一度やってみたかった。
私ははしゃぎながら荷台に飛び乗る。
阿呆を見る目で妖精はこちらを見ると、運転席に乗り発車した。
荷台から見る島の景色はとても良いものだった。
濃く輝く生命力を感じさせる緑、どこまでも照らされそうな明るい太陽。
自然の色。
離島の空気が綺麗だからこそ感じられる。
ここならきっと、海の中も綺麗なんだろう。
明日のダイビングへの期待がどんどん高まる。
運転席の後ろに空いた窓から、明日葉畑の妖精を見る。
煙草を吸いながら運転する背中から、うにょうにょと黒い羽が見えた。
やっぱり妖精だったんだなと笑いが止まらなくなった。
何で黒いんだよ、妖精なら透明な羽だろ。
ハハハハハ!
宿に着いた私はお爺さんに手短に礼を言うと、すぐに宿のおばさんに部屋へ案内してもらった。
おばさんには透明な羽が生えていた。
いかん、体がだるいし頭も痛い。
脱水症状か。
重いダイバー装備を担いで歩き過ぎたのだろう。
この体調じゃ明日のダイビングは中止だ。
幸い料金は先払いしているので、キャンセルの電話を入れるだけで良い。
私は申し訳なく思いながら、重い体に鞭打ち電話をかけた。
向こうはこちらの体調を気遣ってくれたが、私は休みたかったのですぐに電話を切ってしまう。
頭がガンガン痛む。
ああもうだめだ。
夕食たのしみだったのにな。
悔しく思いながら私は重い瞼を降ろした。
休みが終わり、本島に戻って仕事の日々が続く。
ストレスがたまるとダイビングへの欲求が高まる。
それと別に、あの島にもう一度行きたいという思いが募る。
ダイビングをキャンセルした心残りなのだろうか。
日々を過ごすにつれ、どんどんとあの島への思いが高まっていく。
冷静な部分では病的なまでに執着している現状をおかしいと感じていた。
またあの宿に連絡を入れた。
来週末、一人でまたあの島へ行くことにした。
その翌日のニュース。
あの島で大麻を育てていた一家が逮捕されたという。
手錠をかけられて連行される人の中に、あの日見たお爺さんの姿があった。
あいかわらず背中には黒い羽が生えている。
あの日以来、あらゆる人の背中に羽が見えるようになった。
この街には黒い羽を生やした人間ばかりいる。
たまにテレビで見る離島特集。
そこには透明な羽を生やした人がたくさん。
俺も離島で暮らしたい。
さあ、そろそろ出社の時間だ。
急いで歯磨きを終え口をゆすぐ。
顔を上げると、鏡越しに見える黒い羽。
やってられない。
