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怪談百物語#68 疑似体験

最近VRゴーグルが欲しくてさー。
知らない?
ゴーグルつけるだけで色んな場所に行った気になれるっていう。
そうそう。
今旅行とか行けない代わりにさ。
でもそれだけじゃないんだ。
CGで作られた世界にも行ってみたいなー、って。
3D映画ってすごい臨場感だったじゃん。
異世界にいって世界を救うあれとか流行ったでしょ。
あんな感じのが体験できるんだ。
VRってすごいでしょ。

買っちゃった。
えっ、VRのゴーグルだよ。
10万円だけど。
マジでやばい、貯金やばい。
でもすっごい楽しみ。
あんたも買ったら教えてよ。
良いとこあるみたいだから一緒に見に行こ!
それまで箱、開けずに待ってるからさ。

買った!?
ほんとに!
いこいこ!あそこ凄いらしいから行ってみたくて。
どこかって?気になるでしょ。
ホラーワールドで検索したら評価が一番高かったとこなんだ。
今は順位が落ちてるみたいで見つからないけどさ。
ちゃんとブックマークしてるから。
ホラー好きでしょ?
ごめん、苦手だったっけ。
知ってた。
嘘々、ごめんって!
ほんとごめん。
でもいこ?
いいじゃん行こうよー。
わかった、スタバおごる!

ただいまー、お疲れ様ー。
いやトッピングのせすぎだったって。
やばいんだってほんと。
約束だけどさー。
甘いの食べすぎだって。
そんな太ったら体に悪いって。
絶対痩せた方が良いのに。
ん?何でもない。
よし準備できた。
一番人が多いワールドが広場らしいから、そこで一旦待ち合わせよ。
スカイツリーみたいに大きいタワーがあるみたいだからそこの下でね。
おっけー。
ゴーグルの付け方わかる?
ここでバンドが伸びるから。
そうそう。
じゃあ通話切るね。
うん、向こうで会おうね!

おまたせー!
すごい人だったね。
ここの下にしといてよかったー。
何にも見えなかったよね。
ねー、色んな人いた。
英語とか聞いたことない言葉とか聞こえてきたし。
私だってボンジュールくらいしかわかんないよ。
うちのパソコン古いからさー。
ガックガクで、もうぜんっぜん動けなかった。
待たせてごめんね。

えっとね、今日行くとこはここ。
The Taste of Deathっていうワールド。
何か恐そうでしょ。
ここにカーソルを置いて決定ボタンを押すと移動できるみたい。
わかった?ってもう行ってるし。
最後まで聞く気ないじゃん。
えっと。
ここで決定ボタンを押す、と。
ちがうちがう。
ここじゃなくて。
うわ、ローディングながっ。

やっとつながった!
え?もう行ってきたの!?
うそでしょ。
置いてったんだー、へー。
いいよ。
今から行ってくるからちょっと待ってて。
言わないで!楽しみにしてたんだから。
じゃあ待っててね。
すぐ終わるんでしょ?
うん、じゃあまたね!

悔やんでも仕方ない。
 「それで娘は戻ってこなかったと?」
 「すみません、俺が一緒に行っていれば。」

何かできたんじゃないか。
そう思うと無性に苛立ってくる。
あのホラーワールドは『死を疑似体験』できる。
あの後オカルト系で有名なチャットルームで相談したところ、そう返ってきた。
実際に体験するとあれが死とは思えなかった。
色んな声、優しい男女の声が聞こえたり、小さな子どもに呼びかけられたり。
幼小の思い出や学校の体験がグルグルと蠢いて見える。
表現するなら、混濁という言葉がぴったりだと思う。
走馬灯を無理やり表せばああなるのだろうか。
捉えようのない視界と音声が続くと、ENDという文字が出て終わり。
ただそれだけのワールドだった。
彼女は意識不明の状態で見つかった。
自室でVRゴーグルをつけたまま。
あの後しばらくVRワールドで待ち続けていたが戻ってこなかった。
心配になって彼女の家に電話をかけてみた。
電話に出たお父さんは俺の説明を不審げに聞くも、一応見に行ってくれるという。
それで部屋に行ったところで倒れた彼女を発見したらしい。
駆け寄ったお父さんが彼女を抱きかかえたとき。
VRゴーグルのコードが抜けて、パソコンの電源も落ちたという。
あの日何があったのか。
俺の話が聞きたいということで今日、ご家族の方と警察署の一室で待ち合わせて今に至る。
『死を疑似体験』できるホラーワールド。
処理落ちしたその世界で彼女は今も死を体験しているのだろうか。
彼女の意識はまだ戻らない。
 「彼女のパソコンだとVRをプレイするにはスペックが足りないそうなんだが、通常のプレイはできていたかい?」
 「そういえばあの日、VRの広場で人が多いと『ガクガクしてる。』って言ってました。」
 「もっと良いパソコンを買ってやれば、こんなことには」
俺もご家族の方も後悔ばかり重なっていく。
彼女が目を覚ますことを願いながら、俺はひとつ不安を抱いている。
もしかして彼女は閉じ込められたVRの世界で、今も死を体験しているのだろうか。

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