見出し画像

怪談百物語#83 眠れない夜

カフェインに弱い私は、会議で出されたコーヒーを飲むだけで眠れなくなる。
グループで一番下っ端の私が残すのも申し訳ない。
こういう無駄なところに気遣うというか、怖がって飲んでしまう。
先輩と一緒にランチを食べる時もそうだ。
何を選ぶのか、いつ食べ終わるのか。
そんなことばかり気にしているから、味なんてわかったもんじゃない。
はぁ。
今夜も眠れそうにない。
給湯室にカフェインレスコーヒーを置いてくれれば良いのに。
私の分だけお湯になったりしないかな。
冬の気温に冷やされたお布団にもぐりこんで、眠れるまでスマホを触ることにした。

お気に入りの小説サイトも読み飽きてしまった。
時間は午前二時。
昔なら丑三つ時と呼ばれていた、幽霊が出そうな時間帯。
十二支って便利だよね。
時間だったり、方角だったり。
十二等分するときにぴったり。
よくわからないけど。
ねずみ年だから私は気が小さいのかな。
はぁ。
スマホが息で曇る。

ブルーライトがカットされた明かりに息が白く染められた。
今年の冬もようやく本番だ。
温かな羽毛布団が心強い。
冷気なんて一つも通さないんだ。
唯一の私の味方。
でも、足元が冷たいままだ。
去年の冬はモコモコソックスを履いて寝ていたんだけど、そのせいか冬中霜焼けに悩まされた。
今年は脱いで寝ている。
足がとても冷たい。
ゴソゴソと両足をこすり合わせて温める。
歳のせいか少し堅くなってきたかかと。
まだ若いつもりなんだけどなあ。

私は来年、初めて後輩を持つ予定だ。
何でも先輩に相談していた去年のことを思い出す。
あんなに聞かれたら、私だったら面倒に感じるだろうな。
根気強く付き合ってくれた先輩に感謝だ。
今はもう会社に居ないけど、転職先でも元気にしていると良いな。
もう会えないんだろうか。
はぁ。
またため息。
眠れない夜は余計なことばかり考えてしまう。
このままで良いのかな。
働いて、誰かと出会って、いつか結婚して。
そんな自分が想像できない。
温かい毛布の外、頭がだんだん冷えていく。
足も温まらない。
ゴソゴソ、両足をこすり合わせる。

寒い。寒いよ。
お腹がキュウと痛くなる。
寝ることを諦めて布団から出る。
キッチンでミルクを温める。
お鍋を弱火にかけてじっくりと、時間をかけて。
夜が終わりますように。
クツクツとお鍋が煮立ってくる。
火を止めてはちみつ垂らして混ぜ溶かす。
マグカップに注ぐと二つ目の味方、ホットミルクの完成。
羽毛布団とホットミルク、これで朝まで戦える。

午前三時。
マグカップを手に、布団に足だけ入れてベッドに座る。
――ゴク
熱いのを我慢してひと口。
じんわりと体の中から温まる。
これが飲み終わる頃には眠れるだろうか。
それとも朝に。
嫌な想像をかき消すように、熱いミルクをもうひと口。
甘くて熱い。
マグカップ越しに温まる指先。
ジンジンするほどの熱が伝わる。
一人きりの部屋でも私の周りだけはポカポカと温かい。

ミルクの温度が少し下がってきたのが手でわかる。
多めに飲もうと大きく傾ける。
ぬるりとした感触が口に入り込む。
溶かし損ねたはちみつだろう。
舌先で溶かすように転がすが溶ける気配がない。
残り少ないミルクを諦め、行儀が悪いがマグカップに吐き出した。
――ぺっ
白くて小さな、赤ちゃんよりも小さい手がミルクに沈んだ。
全身の筋肉が強張る。
少しでも離すようにマグカップを放り投げた。
――ガチャン
割れる音。
混乱していた私は気にも留めずに布団に潜る。
何あれ。
何あれ。
さっき見た場面が何度もフラッシュバックする。

寝ぼけていたのだろうか、そんなはずはない。
ずっと口内で感じていた異物。
確かに指のように分かれた細い感触があった。
吐きそう。
正座して蹲ったような体勢のまま、両手で口を押える。
固く目を閉じて耐える。
爪先がこそばゆい。

見たくない。
でも、もしかしたら何もないかもしれない。
安心を得るため、小さな可能性にかけて腕の間から足元を覗く。


――まんまぁ。


人になる前の胎児のような、白くて小さな赤ちゃんがこちらに手を伸ばしていた。
ああ。
私の。
先輩の。
ごめんね、ごめんね。
生んであげられなくてごめん。

朝になったのだろう。
やけにうるさいアラームが朝日よりも強く時間を告げる。
嫌な夢を見た。
変な体勢で寝たからか、体中の筋肉が強張っていた。
起き上がって軽くストレッチをすると、割れたマグカップを踏まないように避けながらキッチンへ向かう。
嫌な夢だった。
白い乳脂肪がこびりついた鍋を擦りながら、今日のニュースをクラウドサービスのスピーカーに聞く。
 「おはよう、今朝のニュース流して。」


――まんまぁ。


嫌な夢。

いいなと思ったら応援しよう!