怪談百物語#57 骨
道場で師範からよく「骨を繋げなさい。そうすれば体が繋がる。体が繋がって相手と繋がれば自然と体は動きます。」と指導されていた。
指導を受ける度に言われるので、門下生の中で反骨精神の強い者はうざったそうに返事をしていた。
うちの道場の師範は結構若い。
他の師範とは大会や合同稽古で顔を合わせるが、一回りは年上のように見える。
若々しい師範だからか、門下生からは結構なめられている。
言うことを聞かない若者相手でも声を荒げず、和やかに言い含めている姿に私は心底憧れていた。
そんな師範が昨夜亡くなられた。
死因は心筋梗塞。
お風呂上がりの脱衣所でびしょびしょに濡れたまま服を着てなくなっていたそうだ。
道着の乱れは心の乱れ、幼いころそういって私の帯を締めてくれた日のことを思い出す。
最後の時まで師範は師範らしくあられたのだ。
通夜の席でその話を聞いた時、門下生一同涙が止まらなかった。
翌日のお骨上げにも門下生の一部は参加を許された。
兄弟子と共に私と、あの反骨心のある後輩も同席することになった。
手間のかかる子ほどと言うが、師範もこの後輩のことを非常に可愛がっていた。
どこへ行くにも「あなたも来なさい。」と呼ぶ姿を思い出す。
奥様やご遺族の方もその姿を見て及び下さったのだろう。
お骨上げが始まった。
若々しい師範もお年を召していたことがわかる。
骨は細く、場所によっては粉々に砕けていた。
これが最後のお別れと思うと、手が震える。
歯を食いしばり地面を踏みしめて、慎重に骨壺へ入れさせていただいた。
「繋がってないじゃんか。」
後輩がグジュグジュの声で生意気を言う。
最後の席だと言うのに、こいつは。
大粒の涙をぽろぽろとこぼしながら言う姿を見て、ある意味強いのかもしれないなとバカなことを考えた。
翌日は夕方から稽古が始まる。
道場では師範代が前に立ち指導してくれていた。
「礼!」
夜稽古が終わるころ、道場の入り口が力なく開く。
「遅れてすみません。」
休みかと思っていた後輩が姿を見せる。
見るからにボロボロで頬がこけていた。
そんなに泣き疲れたのか、かわいい奴め。
それだけ師範に心酔していたのかと思うと遅刻も怒る気にならない。
稽古後は自由時間だ。
自主練しようと遊びに行こうと自由にして良い。
だが昨日の今日だ。
自然とみんな集まって師範の思い出話に花が咲いた。
「俺、馬鹿なことをしました。」
後輩がぽつりと漏らす。
「昨日あんなことを言ったせいか、夢に師範が出てきたんです。それで、普段の師範と変わらず笑顔だったんですけど、めちゃめちゃ怒られて。夢の中で延々と殴られて、蹴られて、投げられて。最後は首を絞められて意識を失ったところで目が覚めました。」
それで朝目が覚めてからこの時間まで布団から動けなくて、と後輩は力なくうなだれる。
その気持ちはよくわかる。
私も若い頃同じ目にあったことがある。
反抗期の私は、車で道場まで迎えに来てくれた親に対して心無い言葉を投げつけた。
それを聞いた師範にその後、夜遅くまで笑顔で痛めつけられたものだ。
あれは動けなくなっても仕方ない。
道場に来るだけえらいもんだ。
師範はこの後輩のこういう真面目なところも愛してくれていたのだろうか。
「まったく、師範は亡くなられても師範だなあ。」
師範代の言葉に円座していた一同、納得の表情で頷いた。
