予算を見るとき、監査人はどこを見ているか ―― 人件費と事業費が切り離された組織で起きること
今日、新年最初の方針説明を終えました。そこで語った『イノベーション』。しかし、新年だからこそ気づいたJTC(伝統的日本企業)特有の予算管理を、監査視点で少し掘り下げたいと思います。
内部監査で予算管理を扱うとき、多くの監査人は執行状況を見ます。
計画と実績の乖離、承認手続の妥当性、証憑の整備。
しかし、日本企業で本当にリスクが溜まるのは、そこではありません。
予算がどう配分されるかの側です。
そして、この構造は組織に長くいるほど見えなくなります。
「昔からそうだから」で処理されるためです。
構造:人件費と事業費が、別々に管理されている
多くの日本企業では、人件費は人事部門が全社で管理し、事業費は各部門が管理します。
勘定として分かれているだけでなく、意思決定の主体が分かれています。
この結果、部門長の視界から人件費が消えます。
部門に高給の人材が配属されても、部門の予算は減りません。
逆に言えば、その人材を受け入れないことで事業予算が増えることもない。
部門長にとって、人件費はコストとして認識されない。
これが第一の歪みです。
帰結1:総コストは増えるのに、実行能力は上がらない
具体的に考えます。
ある部門の年間事業予算が3,000万円だとします。
外部委託費、専門家報酬、システム利用料などの合計です。
そこに、年間1,000万円の人材が配属されたとします。
会社全体で見れば、この部門にかかるコストは1,000万円増えました。
しかし部門の事業予算は3,000万円のままです。
会社は投資したつもりでいる。部門は何も増えていないと感じている。
両者とも間違っていません。管理単位が違うだけです。
そして、その1,000万円が事業費として配賦されていれば、
外部専門家の起用、システム導入、業務委託——
より直接的に成果に結びつく使い道があったかもしれない。
この比較検討が、そもそも行われる仕組みになっていない。
これが第二の歪みです。
帰結2:解雇制約が、人材の「移動」を生む
日本の労働慣行では、雇用の解消に強い制約があります。
これ自体は労働者保護として機能しており、良し悪しの話ではありません。
ただ、統制上の帰結があります。
成果を出せなかった人材が、退出せずに移動する。
そして移動先は、多くの場合、直接的な収益責任を負わない管理部門になります。
リスクが低く、余力があると見なされ、明確な数値目標を持たないためです。
このとき、配置の判断基準は「その人の能力が活きる場所」ではなく、
「置いても実害が少なそうな場所」になります。
これは誰かの悪意ではありません。
制約条件の下での合理的な解です。
だからこそ、繰り返し起きます。
結果、管理部門の能力が上がらず、組織がアップデートされないままとなります。
監査人が見るべき論点
以上を踏まえると、予算管理や組織運営を監査する際、以下は確認する価値があります。
1. 部門の総コストが、部門単位で可視化されているか
人件費と事業費を合算した「部門にかかっている総額」を、
部門長も経営も把握していないことがあります。
把握していないものは、最適化できません。
2. 予算配分の際、現場へのヒアリングが行われているか
配分が過年度実績の按分や一律削減で決まっている場合、
リスクの高低と資源配分が連動していない可能性があります。
これは統制環境の問題として指摘できます。
3. 人材配置の判断根拠が記録されているか
「適材適所」で説明される配置の中に、
実質的には消去法で決まったものが混ざっていないか。
記録がなければ、事後の検証もできません。
4. 管理部門の実行能力が、要求水準に足りているか
人が増えているのに機能が改善しない部門は、
人数と能力が一致していない兆候です。
コンプライアンス機能でこれが起きると、統制の実効性に直結します。
特殊論点:内部監査部門は、受け皿になれない
一点だけ、内部監査に固有の制約を書いておきます。
内部監査には独立性と客観性の要件があります。
その中に「自己監査の禁止」——直近まで自ら関与していた業務を監査してはならない、という原則が含まれます。
つまり、事業部門で活躍していた人材を監査部門に迎えても、
その人が最も知見を持つ領域こそ、監査できません。
一定期間(一般に1年程度が目安とされます)を置く必要があり、
その間、最大の強みが使えない状態が続きます。
したがって、内部監査部門は
「実務経験が豊富な人材の受け皿」として機能しません。
これは運用の工夫で解決できる問題ではなく、
基準に由来する構造的な制約です。
配置を検討する側も、受け入れる側も、
ここを understanding していないと、双方が損をします。
Principle
予算の監査は、執行の適正性を見る作業だと思われがちだ。
しかし本当のリスクは、配分の段階にある。
人件費と事業費が別々に管理される組織では、
経営は「投資した」と認識し、現場は「何も増えていない」と認識する。
どちらも正しく、そして誰も全体を見ていない。
解雇制約は、人材の退出を移動に変える。
移動先は、収益責任を負わない部門に偏る。
そこに配置の合理性を問う仕組みがなければ、
組織は「コストは増え、能力は上がらない」状態を静かに蓄積していく。
長くその組織にいる者ほど、この構造は見えない。
組織の成長のための問いを立てるため、前提を疑うのが、監査人の職能である。
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