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未完の情景(短編小説)

📌 読書目安:約15〜20分(約13,000文字)

あらすじ
画家の遺した4枚の肖像画――それには、ある『秘密』が隠されていた。
中学1年生の3人が、学校の七不思議を作ろうとひと夏の終わりの美しい謎に挑む物語。

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「ねえねえ、私たちの代で、この中学校に初めての『学校の七不思議』、作っちゃわない!?」
放課後の情報部室。情報文化部という部活に所属している早瀬まどかは椅子から飛び上がると、机に身を乗り出して目を輝かせた。中学に入学して数ヶ月。まだぶかぶかな制服を着たまどかの旺盛な好奇心は、夏を超えた学校生活で爆発寸前だった。

「また変なことを言い出す……。まどか、七不思議っていうのは歴史がある学校に自然にできるものでしょ。勝手に作ったら、それはただの嘘じゃん」
眼鏡の位置を直しながら、あきれた声を出すのは情報文化部1年リーダー岸本しおりだ。だけど口調とは裏腹に、手元のタブレットで「学校の怪談」についてすでに検索を始めている。

「だってさ、しおり。うちの小学校のときだって、夜中に動く銅像とか、結局四不思議くらいしかなかったじゃん。この中学校なんて、古いのにまだ、一不思議もないんだよ? 寂しいじゃん! 私たちが記念すべき第一号を仕掛けるの!」

「そんなの…なくていいじゃん……」 部室の隅で、お気に入りの大きなリュックを抱きかかえるようにして座っていた副リーダー中野そうたが、消え入るような声で呟いた。生まれつき人一倍怖がりなそうたは、オカルトの話が大の苦手だ。 「僕、小学校の『トイレの花子さん』だって怖くて近づけなかったのに、新しい怪談なんていらないよぉ……」

「大丈夫だって、そうた! 私たちが作るんだから。……あ、でもね、そういえば先輩たちが『あの絵はヤバい』って噂してるの、聞いたことない?」
まどかの言葉に、しおりが画面から顔を上げた。

「ああ、それなら私も耳にしたかも。生徒昇降口の上のホールとかにある、4枚の肖像画のことでしょ? 私たちはまだあっちの棟の教室だから、まともに見たことないけど……」
「そう、それ! なんか『呪われてる』とか『視線が動く』とか、とにかく怖い絵らしいんだよね。でも、なんでそんな絵が飾ってあるんだろ?」 まどかは腕を組んでうーんと唸る。
「よし、自分たちで調べる前に、まずは大人の情報源に突撃だ!」
まどかに腕を引っ張られ、半泣きのそうたと、ノートを手にしたしおりは、職員室へと連行された。



――職員室のデスクで、お茶を飲んでいた学年主任の先生は、突撃してきた1年生3人組を見て目を丸くした。
「なんだ、あの絵のことが知りたいのか? 入学したての1年坊主が、ずいぶん渋いところに興味を持つな」
先生は少し懐かしむような目をしながら、教えてくれた。
「あの4枚の肖像画を描いたのは、榊原朔太郎(さかきばら さくたろう)っていう、何十年も前のこの学校の卒業生なんだ。大人になってから有名な画家になったんだけど、地元じゃ昔から有名な『変人』でね。晩年に、突然その4枚の絵を学校に寄贈してくれたんだよ」
「へえー! 画家のセンセイなんだ!」 まどかが身を乗り出すと、先生は苦笑いしながら人差し指を立てた。
「ただな、その寄贈の条件がとにかく変わってたんだ。『絵を飾る場所も、壁にかける角度も、一分一厘の狂いもなく私の指示通りにすること』ってね。だからあの絵、よく見ると壁に対して斜めに、妙な角度で固定されてるだろ? 当時の先生たちも『偏屈な芸術家のこだわりは分からん』って困り果てたらしい。その不気味なこだわりが、いつの間にかお前たちの間で『モデルが殺されてる』だの『死体が埋まってる』だの、尾ひれがついて怖い噂になったんだろうな」
先生の話を聞いて、そうたは「ひぃっ」と息を呑んでしおりの後ろに隠れた。 「ほ、ほらあ! やっぱり怪しいよ! 画家の呪いの儀式だよ!」



先生にお礼を言い、職員室を後にしたまどかは、先生の言葉の「ある部分」に引っかかっていた。
「……飾る、角度?」
「そう。位置だけじゃなく、角度まで細かく指定するなんて、ただのこだわりにしては奇妙じゃない?」 まどかはしおりの顔を見て、ニヤリと不敵に笑った。
「決まり! 私たちの七不思議の主役は、その『変人画家・榊原朔太郎の呪いの絵』に決定! しおり、まずはその榊原さんが残したっていう、当時の記録が学校にないか、情報部の特権で調べてみようよ!」

これが、中学1年生の3人が体験する、美しくも奇妙な謎解きの始まりだった。



職員室から部室に戻った3人は、さっそくしおりのタブレットを囲んでいた。
「……うーん、やっぱり学校の公式記録には、普通に『榊原朔太郎氏より絵画4点の寄贈を受ける』としか書いてないや。あとは、それぞれの設置場所と、向きや角度についての短い指示が少し添えられているくらい」
しおりが画面をスクロールしながら言うと、まどかは「じゃあ、本物を見に行くしかないね!」と、すぐに部室のドアへ手をかけた。

3人は校舎を巡り、散らばった4枚の絵を確認しにいくことにした。 1階の廊下の突き当たり、2階の昇降口の上のホール、3階の渡り廊下、そして特別教室棟の階段の踊り場――。新しく綺麗な校舎のあちこちに、その4枚の肖像画はぽつんと掛けられていた。
「ひぃっ……! ほ、ほらあ、やっぱりこの絵、なんかおかしいよぉ!」
廊下に飾られた1枚目の絵を見上げながら、中野そうたが自分の肩を抱きしめてガタガタと震え出した。 「なんでこんな薄暗い廊下に飾るのさ? それに、壁に対してまっすぐじゃなくて、微妙に斜めを向いて固定されてるじゃん! まるで、ここを通る僕たちを待ち伏せして、じっと睨みつけるために角度をつけてるんだよ!」

公式記録にあった「向きや角度の指示」のせいで、絵はどれも壁から少し浮くように奇妙な角度で設置されていた。それがそうたの恐怖心を全力で煽っている。
「そうかな? 私はまだ、怖いって言われてもあんまりピンとこないけど……」 「うん、言われてみれば『ちょっと変わった飾り方だな』って思うくらいだよね」
まどかとしおりは、まだ不気味さよりも不思議さの方が勝っている様子だ。それでもまどかは「何かのヒントになるかも!」と、持ってきたスマホで4枚の絵を次々と写真に収めていった。

部室に戻ると、3人は撮影した画像をパソコンの大画面に映し出し、じっくりと観察を始めた。
「よし、まずはこの4枚の絵がどんなものか、大まかに整理してみよう!」 まどかがホワイトボードにマーカーを構える。画面に映し出された榊原朔太郎の作品は、どれも独特な雰囲気を放っていた。
[1枚目の絵]: 窓辺に佇む、物静かな女性の肖像画。背景にはどこか遠くの街並みがぼんやりと描かれており、彼女の手元には開かれたままの古い本が置かれている。
[2枚目の絵]: どこかの屋外に立つ、優しそうな老紳士の肖像画。背景にはゆるやかに流れる川のような景色が広がっており、男性はどこか懐かしむような穏やかな表情を浮かべている。
[3枚目の絵]: 作業着のような服を着た、がっしりとした体格の男性の肖像画。背景にはうっすらと山のような稜線が見え、男性の引き締まった表情が力強い印象を与える。
[4枚目の絵]: 麦わら帽子を被った、小さな子どもの肖像画。背景の空には大きな雲が広がっており、子どもは何かに興味を惹かれたように、まっすぐ前ではない「どこか」を見つめている。

「うーん、こうして見ると、別に化け物が写ってるとかじゃないんだよね。むしろ綺麗な絵っていうか……」 まどかが腕を組んで首を傾げる。
「でも、描かれている人の年齢も性別もバラバラだし、背景の場所もバラバラ。共通点が全然見当たらないわね」 しおりも眼鏡の奥の目を細めて、画面をじっと見つめた。
「共通点ならあるよぉ!」 そうたが涙目で画面の端を指差す。 「みんな、顔の向きがバラバラなのに、目線だけは『どこか』をじーっと見てるじゃん! これ、絶対に僕たちの知らない暗闇の奥に、何か恐ろしいものをみんなで見つけて、怯えてるんだよ……!」
そうたのその一言に、しおりの手がピタリと止まった。 「……目線。みんなが、『どこか』を見ている……?」


そうたは自分の言葉に自分でさらに怯え、大画面の肖像画から一歩後ずさりした。
「そ、そうだよ! きっとこれ、画家に殺されちゃった時の最後の向きなんだよぉ! 一見すると綺麗な絵だけど、実はすごく恐ろしい呪いが込められてて、みんなで犯人の榊原朔太郎を怨めしそうに睨んでるんだ……!」
「……そうた、自分で言って自分で怖がって、アホなんじゃない?」 しおりがジト目でため息をつく。
「榊原朔太郎は、絵を寄贈したあとに晩年を過ごして亡くなってるの。自分が睨まれるような飾り方をわざわざ学校に指定するわけないでしょ」
「そうだよそうた、さすがに飛躍しすぎ!」 まどかも笑いながら突っ込む。けれど、すぐに画面の4枚の絵をじっと見つめ直した。
「でもさ、確かに不思議ではあるよね。この絵のモデルの人たち、いかにも『美術のモデルです』って感じでポーズをとってるわけじゃないし。なんというか、日常の一コマを切り取ったみたい。もしかして、昔撮った写真か何かを参考にして絵にしたのかな?」

「日常の一コマ、か……」 しおりが腕を組んで、まどかの言葉を反芻する。
「確かに、ポーズに統一感がないのは、写真をもとに描いたからって言われるとしっくりくるかもね。だから顔の向きもバラバラなのかも」
「でしょ? うーん、気になるけど……まあ、今日はこれくらいにして帰ろっか! もうすぐ完全下校時刻だしね」 まどかが伸びをしながらカバンを肩にかけ、3人はその日の部室を後にした。



翌日の放課後。 しおりとそうたが部室でタブレットを眺めていると、ガラッと勢いよくドアが開いた。
「みんな、お疲れ! 強力な助っ人を連れてきたよ!」
まどかが自信満々に胸を張って、一人の男子クラスメイトを部室に引っ張り込んできた。情報文化部室は先輩もいるが基本自由なのだ。
「えっと、クラスの神田くんだよ。ほら、数学が得意な!」
突然連れてこられた神田くんは、少し居心地悪そうに髪をかきながら「あ、ども……」と小さく手を挙げた。
「ちょっとまどか、急にどうしたの?」しおりが目を丸くする。
「ニヒヒ、実はね、昨日の夜ベッドの中でずーっと考えてたんだ」 まどかはホワイトボードの前に立つと、拳をぎゅっと握った。 「そうたが昨日『みんなどこかを見てる』って言ったじゃん? もしそれが本当なら、その目線の先に何かがあるかもしれないってひらめいちゃって! でも、学校のあちこちに散らばってる絵の目線が、どこで交わるかなんて私には計算できないでしょ? だから、距離とか角度の計算が得意そうな、クラスで一番頭のいい神田くんに拝み倒して来てもらったの!」
「ええっ!? 計算って、そこまでする!?」 そうたが目を丸くする。
神田くんは、パソコンの画面に映し出された4枚の絵と、しおりが用意していた学校の公式記録のデータを見て、少し眼鏡の奥の目を輝かせた。 「……なるほど。学校の図面と、この『壁からの設置角度』の数字があれば、それぞれの絵の視線がどこへ伸びるか、交点を割り出すのはそんなに難しくないよ。ちょっとやってみていい?」

神田くんはそう言うと、しおりからタブレットを受け取り、素早い手つきで計算を始めた。画面上で4枚の絵の視線がそれぞれ直線を画き、校舎の壁を突き抜け、グラウンドを越えて――。
「うん、やっぱり。校舎の図面の範囲を超えちゃうけど、4本の線はどれもバラバラじゃなくて、完全に『同じ一定の方向』を示しているよ。この先、何があるかまでは学校の図面じゃ追えないけどね」
「やっぱり! 私の勘、当たってたじゃん!」 まどかは我が意を得たりとばかりに部室の棚へ駆け寄ると、ガサゴソと古いファイルを引きずり出した。
「ふふん、こういうこともあろうかと、社会科の授業で使った地域の副読本から、この辺りの詳しい地図を持ってきておいたのだ!」
「準備が良すぎるよ、まどかちゃん……」とそうたが呆れる中、神田くんはまどかが広げた地図と画面のデータを照らし合わせ、さらに細かく方向を限定していく。
「ええと、この角度のまま直線を伸ばしていくと……あ、ここだ。学校の裏手にある、あの山の中腹。ここにすべての視線がピタッと交わるよ」
神田くんが指差した地図の先を見て、一同は「ええっ!?」と声を揃えてびっくりした。
まどかの突拍子もない予想が、数学的なデータによって見事に証明された瞬間だった。
「嘘……本当に山の中腹で交点ができるなんて。まどか、あなたの直感、大正当。大発見だよ」 しおりが驚きに目を見開く。
「ひ、ひぃぃぃっ! やっぱり山なんだ!」 そうたは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「絶対にそこ、モデルの人たちの死体が埋められてるんだよぉ! その場所自体が呪われてて、絵のモデルたちはみんなで『あの場所へは行くな』って、恐怖の警告を発してたんだ!」
「はは、死体はさすがにないと思うけど」神田くんは少し楽しそうに眼鏡を押し上げた。
「でも、数十年前の画家が学校全体を使って仕掛けた、ちょっとしたトリックアートのミステリーみたいで面白いね。僕の計算が役に立ってよかったよ。じゃあ僕は塾があるからこれで。また面白い謎解きがあったら、いつでも呼んでよ」
神田くんはそう言って、満足そうに部室を後にした。

部室には再び3人が取り残された。放課後の情報部室には、他にも何人か先輩たちが残って作業をしており、今の神田くんとのやり取りもなんとなく聞こえているはずだ。3人は自然と机の周りに頭を寄せ合い、コソコソと小声で話し始めた。
「ねえ、聞いた? 山の中腹だって。これはもう……行くしかないでしょ!」 まどかが声を潜めながらも、興奮を隠しきれない顔で二人を見つめる。
「……うん。公式の記録には何も書いてないのに、実際にはそんな仕掛けが隠されてたなんて。榊原朔太郎が本当は何のためにそんなことをしたのか、私もすごく気になり出してきたかも」 しおりも、持ち前の探究心を刺激されて瞳を小さく輝かせた。
「無理無理無理! 僕は絶対に絶対に行かないからね!」 そうたが涙目で蚊の鳴くような小声を絞り出す。

しおりは「待って」と、画面に表示された絵のデータをじっと見つめたまま呟いた。
「これ……視線だけじゃないかもしれない」 しおりの目が、いつも以上に真剣に輝き始めている。完全に謎解きの魅力に取り憑かれ、乗り気になってきている証拠だった。
「さっき神田くんが方向を限定してくれたけど、もっと具体的なヒントがこの絵の中に残されている気がする…こんなことを考える画家の榊原朔太郎が、ただの座標だけで終わらせるはずがないわ」
「なぬ!? あー、もっとじっくり見たいけど……」 まどかが壁の時計を仰ぎ見る。すでに完全下校時刻のチャイムが学校中に鳴り響いていた。部室の先輩たちも片付けを始めている。 「ちぇ、時間切れか。よし、今日のところは撤退! みんな、お家でじっくり観察すること!」



その日の夜。 興奮冷めやらぬまどかは、お風呂から上がるなり、自分の部屋でしおりにスマホで通話を発信した。ワンコールで繋がった画面の向こうでは、しおりもすでに机の上でタブレットを開いている。
『もしもし、しおり!? やっぱり気になって全然眠れないんだけど!』 『私も。ベッドに入ったんだけど、どうしても目が冴えちゃって……本当にすごい発見だよね、これ。あの榊原朔太郎って人、私たちが生まれる前の学校を使って、本物のミステリーを残してたんだよ?』
二人は昼間の大発見を振り返り、声を潜めながらも完全にはしゃいでいた。中学生になって初めて遭遇した「本物の謎」に、胸の高鳴りが止まらない。
『ねえ、まどか。さっきから1枚目と2枚目の絵をずっと拡大して見てるんだけど……背景に描かれてる夕日、これ位置が微妙に違う気がするの』 『あ、本当!? 私は3枚目の男の人の絵を見てるんだけど、この人がつけてる腕時計、なんか細かく描き込まれてる気がするんだよね。でもスマホの画面じゃちょっと潰れてよく見えないなー』 『気になるね……。よし、各自スマホやタブレットでこれ以上ないくらい拡大して、何か発見があったら明日部室で報告し合おう。あ、そうそう』
しおりが思い出したようにペンを回す。 『そうたにもちゃんとメールして、どれか1枚を徹底的に観察するように宿題を出しておいて。あのままだと本当に置いていっちゃうから』 『了解! 「サボったら呪われる」って送っとく!』



翌日の放課後。 部室に集まった3人は、昨日とは明らかに違う熱量で机を囲んでいた。まどかに半ば脅される形で宿題をやらされたそうたも、寝不足気味の目でしおりの後ろにぴったりくっついている。
「じゃあ、昨日の夜の成果を報告し合おう!」 まどかが手元のスマホを掲げる。
「まず私から! 昨日気になってた3枚目の力強い男の人の絵、タブレットで限界まで拡大してみたの。そしたらやっぱり、この人の腕時計の針、ちゃんと時間を指してた! 『16時45分』。これ、絶対に何かの時間だよ!」
「16時45分……。ちょうど下校時刻の少し前、夕方が本格的に始まる時間帯ね」 しおりが深く頷き、自分のタブレットをみんなに見せる。
「私は背景の夕日の位置に注目してみたの。理科の先生に『1年のうちで、夕日の沈む位置がこんな風に変化する時期っていつですか』って、今日のお昼休みにさりげなく聞いてみたの。そしたら……」

しおりがホワイトボードに短い直線を引く。 「太陽の軌道がちょうどこの絵の位置とぴったり一致するのは、1年のうちで2回だけ。春分の日と、秋分の日。つまり『春分か秋分の日の、夕方16時45分』。これが、榊原朔太郎が指定したタイムリミットよ」
「うわあ……! 季節と時間まで指定してくるなんて、本当におしゃれな仕掛け!」まどかが声を弾ませる。
すると、後ろで聞いていたそうたが、おずおずと手を挙げた。 「あの……僕も、宿題言われたから、4枚目の子どもの絵をずっと見てたんだけど……」
「お、そうた! 何か見つけた?」 「う、うん……。あの子どもが被ってる麦わら帽子とか、空に浮かんでる雲って、どう見ても『夏』っぽいんだよね。でも、1枚目の本を読んでる女の人の背景は、なんかちょっと寂しい感じがして……あれ、秋か冬なんじゃないかなって。春分と秋分って、ちょうど季節の変わり目でしょ? だから4枚の絵で、それぞれの季節を表現して、その真ん中の日を教えてるのかなって……」
そうたの意外な鋭さに、まどかとしおりは顔を見合わせた。
「そうた、天才じゃん!」 「自分で言って怖がってたのに、すごく冷静に観察できてるじゃない」
「ひえっ、褒めないでよ! 僕はただ、その『秋分の日』がいつなのか気になってカレンダーを見たらさ……」 そうたがガタガタと震えながら、スマホの画面を指差す。 「ちょうど来週の9月23日、秋分の日で学校休みなんだよ……! 」
「凄い、完璧なタイミングじゃない!」 まどかはパッと笑顔になり、拳を握りしめた。 「来週の秋分の日、16時45分。場所はあの山の中腹。条件はすべて揃ったよ!」

そこへ、部室の入り口から「おーい、なんか盛り上がってるね」と、昨日助っ人に来てくれた神田くんがひょっこり顔を出した。 「まどかさんに言われた内容でネットで調べてみたら、榊原朔太郎はその山に行くことが度々あったらしいってさ。古い何かが設置されてるっぽいよ?」
神田くんの追加情報に、3人の緊張感とワクワク感は最高潮に達しようとしていた。


「よし、決定! 来週の9月23日、秋分の日の16時45分に、あの山の中腹へ突撃するよ!」 まどかがホワイトボードを叩いて宣言する。
「でも、いくら神田くんが場所を絞ってくれたからって、やっぱり中学生だけで夕方の山に入るのは危ないよね。それに、うちの学校って一応、生徒だけでの山登りは禁止されてるし……」 しおりが現実的な問題を口にすると、まどかはニカッと不敵に笑って、しおりの肩に手を置いた。
「そこで、しおりの出番! しおりのところの直樹おじさんに、一緒についてきてくれるように頼めない? おじさんなら、こういう面白そうなこと、絶対にノリノリで引き受けてくれると思うんだよね!」
「ええ……お父さんに? まあ、確かにあの人、こういう謎解きとか昔の学校の話とか大好きだけど……。わかった、今日の夜、おねだりしてみる」



その日の夜、岸本家のリビング。 しおりが恐る恐る、タブレットの画面(4枚の絵のデータと神田くんの計算マップ)を父親の直樹に見せながら事情を話すと、直樹は持っていたマグカップを机にドスンと置いた。
「榊原朔太郎の、あの偏屈画家の絵にそんな秘密が……!? 面白いじゃないか!」
直樹は予想通り、いや予想以上に目を輝かせて身を乗り出してきた。「あの人、俺が子供の頃に地元でも有名だった変人画家だけど、まさか学校全体を使ってそんな壮大な悪戯を仕掛けていたとはな。よし、パパが保護者兼、登山隊長として同行してやろう。車も出すぞ!」
直樹のノリノリな快諾を得て、しおりはすぐにまどかとそうたに「許可、出たよ!」とメッセージを送った。



翌日の放課後、部室に集まった3人は、中学生なりに綿密な計画を話し合い始めた。
「秋分の日の日の入りはだいたい17時半くらいだから、16時45分には現地に着いてなきゃダメだよね。逆算すると、山の麓に16時過ぎには着いておきたいな。神田くんの計算だと、麓から中腹までは大人の足で徒歩20分くらいらしいから、私たちの足なら30分は見ておこう!」 まどかがノートに一生懸命タイムスケジュールを書き込んでいく。
「あのさ……」 そうたが、おずおずとリュックの中からノートを取り出した。 「多少の山登りになるんだよね? おやつとかジュースは持って行っていいのかな。やっぱり登山ってエネルギー消費するし、もし幽霊に遭遇して追いかけ回されたら喉が渇くと思うんだ。ポカリスエットと、カロリーメイトは必須だよね?」
「そうた、幽霊はいないし遠足じゃないんだから」としおりは苦笑しつつも、「でも、水分補給は大事だね」とノートに『おやつ・飲み物』と書き足してあげる。
学校が休みの日ということもあり、3人はどこか「ちょっとしたドライブ旅行」のようなワクワク感を抱き始めていた。しかし、それと同時に、自分たちが本物の謎の核心に迫ろうとしていることへの、心地よい緊張感が胸を満たしていた。



そして迎えた9月23日、秋分の日。 天気は快晴。最高の秋晴れの中、直樹の運転する車は順調に滑り出し、目的の山の麓へと到着した。
「よし、ここからは徒歩だ。みんな、足元に気をつけてな」 直樹隊長を先頭に、まどか、しおり、そして大きめのリュックを背負ったそうたが続く。少しひんやりとした山の空気が肌を刺し、木々の隙間から差し込む木漏れ日が、夕方の気配を帯びて少しずつオレンジ色に変わり始めていた。

「はぁ、はぁ……結構きついね……」 まどかが額の汗をぬぐいながら、神田くんに書いてもらった地図を見つめる。 「角度的にも、距離的にも、そろそろこの辺りのはずなんだけど……」
草木をかき分け、少し開けた斜面に出たそのとき、そうたが「あ、あれ……!」と声を上げた。
生い茂る草むらの奥に、ひっそりと佇む古い木製の構造物があった。
「……百葉箱? いや、なんか違う。折りたたみ式の、観測所みたいな箱……?」
それは、普段なら誰も気にも留めずに通り過ぎてしまうような、古ぼけたただの木箱だった。しかし、4枚の絵の視線が交わるまさにその場所に、それは確かに存在していた。
「これかな……? どうかな!?」 まどかはゴクリと息を呑み、しおりとそうたと顔を見合わせた。時計の針は、間もなく16時45分を指そうとしていた。

「おいおい、気をつけろよ。何十年も前の木製だ、下手に力を入れたら壊れちまう」
直樹はそう言いながら、慎重に手を伸ばした。雨風にさらされてすっかり灰色に変色した木箱の表面を指先でなぞり、固定されていた錆びついた金属のラッチを外す。
「ひ、ひぃぃ……何が出てくるの? やっぱり呪いの呪物とか、そういうやつ……?」 そうたはもはや恐怖と緊張で心臓がバクバクといっており、まどかの服の裾をぎゅっと握りしめたまま、祈るようにその手元を見守っている。
直樹がゆっくりと木製のパーツを上に引き上げ、横へとスライドさせていく。 カチャ、カチャ、と小気味いい木の擦れる音が静かな山の中に響いた。それはまるで、精巧に作られた大きな知恵の輪が解けていくかのようだった。
「よし、これでどうだ……?」
直樹が組み立てを終えると、そこには奇妙な構造物が完成していた。 地面にしっかりと固定された台座から、ニ本の支柱が伸びている。その先に取り付けられたのは、長年の雨風でボロボロに朽ちかけた、木製の「額縁(フレーム)」だった。 まるで、学校の美術室にある古い椅子の背もたれから座面を抜き取り、その背もたれの枠だけを垂直に立てて、麓の街の方角へ向けて固定したような――そんな奇妙で不格好な佇まいだった。額縁の中には何もなく、ぽつんと空いている。
「……え? これだけ?」
まどかが拍子抜けしたように声を漏らした。 もっと金ピカの宝箱や、画家の遺言状のようなものが出てくると思っていたのだ。
「うーん、ただの古びた木枠だね。他に何か、隠し引き出しでもあるのかな……」 しおりも訝しげな表情を浮かべ、周囲の地面や木箱の裏側に何か文字が刻まれていないか、しゃがみ込んで調べ始めた。
直樹も「榊原朔太郎の奴は、何を考えて……」と腕を組んで首を傾げている。
そんな中、まどかはふと探索の足を止め、数歩後ろへと下がった。 何気なく、そのボロボロの額縁がちょうど自分の視界の正面に入るように、ぽつんと立った。
時計の針が、チクタクと音を立てて16時45分を指す。
その瞬間、山を吹き抜ける風がピタリと止んだ。 「……あ」
まどかは言葉を失った。声を出そうとしても、喉の奥が震えて何も出てこない。ただ大きな目をさらに見開いて、その光景に釘付けになっていた。
「まどか? どうしたの、何か落ちてた?」 怪訝に思ったしおりが顔を上げると、まどかは震える指先で前方を指差したまま、絞り出すような小声で言った。
「し、しおり……ここに来て。ここ、この私の後ろに立ってみて……っ」
その尋常ではない様子に、しおりが足早にまどかの隣へと並ぶ。そしてまどかと同じ目線で、正面の額縁を捉えた。
「――っ!?」 しおりの息が止まった。眼鏡の奥の瞳が、驚きと感動でみるみるうちに潤んでいく。 「嘘……すごい……綺麗……っ」
「な、何!? 今度は何が出たのぉ!?」 半泣きで二人の後ろに割り込んだそうたも、そして直樹も、同じ場所に立った瞬間、言葉を無くして立ち尽くした。
ボロボロの、ただの椅子の背もたれに見えた額縁。その「枠」の中に切り取られていたのは、息をのむほどに完璧な構図で収まった、夕暮れの街の景色だった。
16時45分。 沈みゆく燃えるような夕日の光が、山の稜線にちょうど重なり、麓を流れる川の表面を一本の眩しい黄金の帯のように照らし出している。その光の直線の先に、遠くに見える自分たちの通う中学校の校舎の屋根が、まるで絵画の主役のようにぴたりと収まっていた。さらに、夕闇が迫る街のあちこちで、オレンジ色の街灯がポツポツと灯り始める――。
川の反射、校舎のライン、街灯の瞬き、山の稜線、そして夕日。 バラバラだったはずの現実の景色が、その時間、その角度から額縁を覗いた瞬間だけ、世界で一番美しい「一枚の生きた絵画」として完成していた。

「……そうか」
しおりが、茜色の光に照らされながら、ぽつりと呟いた。 「榊原朔太郎は、これをずっと秘密にしてたんだ……。この日、この場所、この時間だけ、世界で一番綺麗な街の風景が完成することを、一人で知っていたんだわ」
「……これ、絵じゃん」 あれほど怯えていたそうたの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。恐怖なんてどこかへ吹き飛んでいた。
「いや、絵よりすごいよ……。本物の景色が、絵の額縁の中に閉じ込められてる……」直樹もまた、帽子を脱いで深く感嘆の溜息をついていた。夕日に照らされたその表情には、大人の、そして同じ地元で育った後輩としての深い敬意がにじみ出ている。
「もしかしたら、榊原朔太郎は……ここからの風景が最高すぎて、自分の筆と絵の具じゃ、どうしても描ききることができなかったんじゃないかな」 直樹の優しい声が、夕暮れの山に溶けていく。 「どんなに変人、天才と言われた彼でも、この刻一刻と変わる光の美しさは描くことができなかった。だから、絵にする代わりにこの『装置』を残したんだ。たまにここにこっそり訪れては、この景色を眺めていたんだろうな……ほら、あそこに俺たちの学校も見えるだろ? 自分が育った街を、一番いい形で見つめたかった。そんな不器用なイタズラ心があったからこそ、あんな手の込んだやり方をしたのかもな」
「画家の残した、未完の最高傑作……」
まどかは額縁の向こうで輝く街を見つめながら、胸いっぱいの感動に浸っていた。あの不気味だと言われていた4枚の肖像画のモデルたちの視線は、呪いなんかじゃなかった。ただ全員で、この最高の輝きを放つ未来の街の姿を、愛おしそうに見守っていたのだ。
やがて16時45分が過ぎ、太陽が山の向こうへ隠れると、魔法が解けたように景色は通常の夕闇へと戻っていった。
「これ、本当に最高の七不思議だね」とまどかが笑うと、「ううん、怖い話じゃなくて、すごくいい話。だから、学校の『一つ目の七不思議』にしちゃおう」としおりが答えた。
「解明されたから不思議じゃなくなったけど」まどかはニコッと答える。
そうたも「それなら僕も、みんなに自慢したいな」と嬉しそうに涙を拭いた。
直樹の手によって、額縁はまた静かに元の木箱へと折りたたまれ、元の静かな山の一部に戻っていく。 「よし、暗くなる前に下山するぞ。帰りはみんなで、美味いもんでも食べて帰ろうや」
おやつとジュースのペットボトルを抱えた中学生3人と、頼もしい父親の影が、すっかりオレンジ色に染まった帰り道を、それぞれの感動を賑やかに語り合いながら、ゆっくりと歩き始めた。



秋休みが明けた放課後。いつもの情報部室には、西日と一緒に、どこか前より少しだけ頼もしくなった3人の姿があった。
ホワイトボードには、あの山の中腹の地図や写真がそのまま残されている。
「ねえ、これ……やっぱり『街おこし』とかに教えてあげたら、すごい観光スポットになったりするのかな?」 まどかがホワイトボードの地図を指先でなぞりながら、ふと思いついたように呟いた。
「うーん……どうだろうね」 しおりはタブレットから顔を上げ、窓の外の山を静かに見つめる。
「あそこに行くにはちょっとした山登りもしなきゃいけないし、なにより、春分と秋分の日の、あの16時45分からの数分間だけしか見られない景色でしょ? 大勢の人が押し寄せたら、榊原朔太郎が作ったあの静かで完璧な額縁の世界が、壊れちゃうかもしれない」
「そうだね……」 そうたが、お気に入りのリュックを抱きしめながら、珍しくはっきりとした声で頷いた。
「あそこは、僕たちだけの秘密にしておこうよ。あの不気味だった4枚の絵が、実はあんなに素敵なプレゼントを隠してたって知ってるのは、学校中で僕たち3人と、しおりちゃんのお父さんだけ。……その方が、なんかすごくロマンがあるじゃん」
「そうた、言うようになったね!」 まどかが嬉しそうにそうたの背中をバシッと叩く。そうたは「痛いよぉ」といつものように縮こまったけれど、その表情はとても誇らしげだった。
「決まり。この謎は、私たちの心の中だけの『最高の思い出』として鍵をかけておこう。……でも、まどかが最初に言ってた計画は、ちゃんと実行に移さなきゃね」
しおりがニヤリと笑って、部室のノートを開く。そこには新しく『我が中学校・最初の七不思議』というタイトルが書かれていた。
「もちろん! タイトルは『昇降口の呪いの絵』。でもね、本当は呪いなんかじゃなくて、世界で一番綺麗な景色に繋がってる……っていう、私たちだけの『一つ目の七不思議』」
まどかは窓の外、あの額縁が眠る山の中腹を見つめながら、いたずらっぽく微笑んだ。

校舎の廊下では、今日も4枚の肖像画が、静かに壁に掛けられている。 通り過ぎる生徒たちは「なんか不気味な絵だな」と噂し合っているけれど、そのモデルたちの瞳は、いつまでも3人の未来と、この美しい街の姿を、優しく見守り続けているのだった。

End


あとがき

最初は怖系のミステリーにしたいと思ってたけど、3人のキャラや世界観が続くうちに、このようなラストになりました。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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