『勇者様はどこにいる?』 第一章:異世界召喚、失敗?
――眩しい光が、瞼の裏を灼くように差し込んでくる。
まるで照明を至近距離で浴びたような、そんな不快な感覚に眉をしかめながら、響介はゆっくりと目を開けた。
「……あれ?」
思わず漏れた声は素っ頓狂なものだった。目に映る光景が、教室でも自宅の部屋でもなく、まるで中世の城の一角のような場所だったからだ。
三方を石の壁に囲まれ、足元には幾何学的な模様――魔法円が描かれている。真上からは、ステンドグラスを通して差し込む陽光。だが、それ以上に彼の目を奪ったのは、壁のない方角に並び立つ数名の少女たちだった。
ドレス姿、鎧を纏う少女――一様に美しく、そして非現実的な存在感を放っていた。
「ああ、神様! どうして勇者様じゃなくて普通の人間が召喚されてくるのですか?!」
真っ先に声を上げたのは、ひときわ目を引く豪奢なドレスの少女だった。栗色の長い髪にティアラを載せ、まさに絵本の中の王女様そのもの。その隣では、もう一人の少女が慌てて制止に入る。
「落ち着いてください、お姉さまっ。今回はあの方が“選ばれた勇者様”なのかもしれないですしっ!」
「そっ、そんなことあるわけ……はわわっ」
――何が起きている?
響介は状況を理解しようとするが、情報が圧倒的に足りない。ただ、ここが自分のいた世界ではなく、なにかの“召喚”によって呼び出されたらしいことだけは直感的に理解した。
彼が半歩前に出たその時、少女たちの前に立ちはだかるように、一人の女性が剣を構えて進み出る。
「それ以上王女殿下に近寄るな、無礼者め!」
長い銀髪を後ろで束ねた女剣士。精悍な顔立ちに、鍛え抜かれた体躯。目つきは鋭く、いかにも軍人といった風情だ。
だが、響介は怯むことなく彼女を睨み返す。
「うるさい! 自分たちに手に負えない事態が起こったから勇者を召喚して押し付けようなんて、他力本願な考えで失敗した結果、俺がこんなところに召喚されたんだろう? それについて謝罪されるならまだしも、居丈高に無礼者呼ばわりされる筋合いはないっ!」
「なっ……! 貴様……ッ!」
女剣士の顔が怒りに染まり、剣の柄に手をかける。
が――
「やめなさい、ジェシカ!」
先ほどまで王女である姉を制止していた少女が、今度は凛とした声で剣士を制止した。
「――ッ! しっ、しかしエレナ様!」
「……悔しいですが、その者の言うとおりです。それに、ここは女王のおわします玉座の間。この場で剣を抜くなどもっての外です」
「……はっ、失礼しました」
ジェシカと呼ばれた女剣士は、自らがエレナと呼んだ少女に謝罪をし、肩を落としながら一歩下がった。
エレナは軽くうなずいてジェシカの謝罪を受け入れると響介に向き直り、冷静な眼差しで問いかける。

「ところで、勝手に呼び出しておいてこんな事言うのも何だけど、あなた何者なの? というか私の言葉、通じてる?」
「ああ、俺のいた世界の言葉に近いから、一応話は通じる。俺は小笠原響介。ただの高校生だ」
「……やはり“選ばれた勇者様”ではないのですね」
「残念ながらな。なんの力もない、ただの高校生だ」
「そんな……。せっかくの召喚が……」
エレナの隣にいた王女ががっくりと膝をつく。響介は冷ややかな視線を彼女に投げかけ、再び溜息を吐いた。
「落ち込みたいのはこっちだって同じだ。勝手に人をこんなわけわからんところに喚び出しやがって……。ちゃんと元の世界に還してくれるんだろうな?」
「それは無理な相談ね」
「……そうなのか?」
「イシュタルト小国には、勇者を召喚する術は伝わっていても、帰還の術は存在しないの。ましてやどこの誰とも知れぬあなたじゃ、送り還そうにも送り還せないわ」
エレナの言葉に響介は溜息を吐いた。
「……そうか、やっぱ駄目か」
そんな彼に、エレナが微笑む。
「あなた、案外冷静なのね。それに、さっきのジェシカへの啖呵――まるでこの世界の事情を理解してるみたい」
「まあ……俺の世界のゲームや小説じゃ、こういう展開はありがちだからな」
「フフフッ、面白い人ね。あなた、気に入ったわ」
くすくすと笑うエレナ。
「あなた、どうせ帰れないんだし、次回勇者様を召喚できるようになるまで、この国で勇者様のフリをしてみるつもりはない?」
エレナの突拍子もない提案に、響介は眉をひそめて聞き返した。
「……何だその『次回勇者様を召喚できるようになるまで』ってのは?」
「この国の王族はね、男女問わず14歳になると生涯に一度だけ勇者様を召喚できるの。ただし召喚できるのは満月の夜に限られちゃうんだけどね」
「だったら……」
「あ、ちなみに一晩に召喚できるのは一人だけだから、今晩はもう召喚はできないわ」
響介の言葉を遮ってエレナが答える。なるほど。だから『せっかくの召喚が……』なのか。
「そうなると今回俺を召喚したのは誰だったんだ? あと誰が召喚を――」
「王女殿下に申し上げます!」
突然の闖入者によってふたたび響介の言葉が遮られる。エレナは落ち着き払ったまま兵士に語りかけた。
「どうしたの? 火急の用事?」
「はっ、先程隣国トリスティアが我が国の国境を侵犯したとのことです。その数約三千!」
「……よりによってこんな時にトリスティアは何を考えてるのかしら……。まあいいわ、迎撃に向かうわ」
エレナが兵士に答え、再び響介の方に向き直る。
「あなたも来なさい。どうしてこの世界に勇者様が必要か、教えてあげるわ」
* * *
2011年(14年前!)に書いていたものを、ちょこっと修正して掲載してみました。ほんと私どこに向かってるんだろ……?
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