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「命の使い方」~mission~ 日本人として知っておきたいこと

 明日8月15日は、一般的に「終戦の日」とされている日です。理由は1945年(昭和20年)8月14日、日本政府はポツダム宣言を受諾し、翌15日の正午に昭和天皇による玉音放送によって日本が無条件降伏したことが国民に伝えられ、第二次世界大戦が終結したから。

 実際にはこの後に、当時『日ソ不可侵条約』を結んでいたはずのソ連軍が、北海道の占領を目的に占守しむしゅ島に侵攻してきていますが。



 今日(8/14)午前中は、先月7月25日に参加した水江卓也さんの講演会『すごい行動力』のアーカイブを見ていました。


今でもアーカイブ買えるのかな?
最後の撤収まで、シェアタイムを除き3時間ほどの動画が収録されています。
後半、観覧席の後ろの方に映っている、オレンジのポロシャツを着ているのが私です(笑)


 水江卓也さんの講演の中盤で流れたのが、上にある『神風特攻隊 「命の使い方」~日本人として知っておきたいこと~』。ま、『キミガタメ』なんですけどね。

 『キミガタメ』、聞くのは久しぶりでしたが、泣いたのはこの講演会の時が初めてでした(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)  アーカイブ見てたときはもっと泣きましたけど。





『命の使い方』文字起こし風まとめ


動画はまず、戦争という時代の中で、自分の命を差し出して飛び立っていった若者たちの存在を静かに提示します。

彼らは、決して「死にたかった若者たち」ではありません。

家族がいて、好きな人がいて、やりたいことがあって、本来ならこれから長い人生を生きていくはずだった若者たちでした。それでも、自分たちの後に生きる人たち、日本という国、家族や故郷を守るために、自分の命をどう使うのかという選択を迫られました。

動画の中心にあるテーマは、まさにタイトル通り、

「自分の命を何のために使うのか」

という問いです。



戦況が悪化していく日本


1944年6月15日、米軍がサイパン島への攻撃を開始し、その後、日本側はサイパンを失います。

サイパンを失ったことで、B-29による日本本土への本格的な空襲が現実のものとなりました。

さらに米軍は、日本にとって南方の資源や石油を確保するうえで重要だったフィリピン方面にも迫っていきます。

日本軍は追い詰められていました。

フィリピンを守る航空戦力も十分ではなく、通常の航空攻撃だけで圧倒的な米軍を食い止めることは極めて難しい状況になっていきます。



神風特別攻撃隊の編成


そこで登場するのが、大西瀧治郎中将です。

大西中将は、通常攻撃では敵艦隊を止められない状況の中で、爆弾を搭載した航空機ごと敵艦に体当たりする攻撃を提案します。

こうして編成されたのが、後に「神風特別攻撃隊」と呼ばれる部隊でした。

ここで動画が強く伝えようとしているのは、

「特攻=単純に死を美化した作戦」

という話だけではありません。

当時の日本がどれほど追い詰められていたのか。その中で、軍人や若者たちが何を考え、何を守ろうとしたのか。その背景まで見てほしい、という構成になっています。



大西中将が考えていたこと


動画では、大西中将自身が特攻を正しい戦術だと単純に考えていたわけではなかった、という点が強調されます。

むしろ大西は、特攻そのものを非常に異常な手段として認識していました。

彼が恐れていたのは、日本が完全に敗北し、民族として立ち直る力まで失ってしまうことでした。

戦争そのものに勝てる可能性はほとんど残されていない。

それでも、

「日本という国が滅びようとしたとき、自分の身を投げ出して守ろうとした若者たちがいた」

という事実だけでも後世に残れば、たとえ何百年、何千年先になったとしても、日本人はもう一度立ち上がることができるのではないか。

動画では、そうした大西の思想が紹介されています。

これは非常に重い部分です。

つまり、

「自分たちが生き残るため」だけではなく、
「自分たちがいなくなった後の日本人のため」

という視点です。



若者たちは何を思って飛び立ったのか


動画は、特攻隊員たちが残した言葉や手紙へと移っていきます。

そこに登場するのは、英雄的な言葉ばかりではありません。

むしろ目立つのは、

家族への思い。

母親への思い。

父親への感謝。

兄弟への言葉。

自分が死んだ後に残される人への心配。

そうした、とても普通の若者としての感情です。

ある隊員は、自分が亡くなった後、遺品を見るたび母親が悲しまないように、形見を残したくないという趣旨の言葉を残しています。

また別の若い隊員は、自分が20歳まで生きられたことを語り、残りの人生を父と母に分けて差し上げたい、という思いを遺しています。

そこには、

「死なんて怖くない」

という単純な姿ではなく、

家族を思う一人の青年の姿

があります。



「後を頼む」


そして動画の中には、後世に生きる人間へ向けたメッセージのような言葉も登場します。

自分たちはこれから行く。

あとの日本を頼む。

未来の日本が良い国であってほしい。

そう願いながら飛び立った若者たちがいた、ということが描かれます。動画を紹介した資料にも、未来の日本を託す趣旨の言葉が記録されています。

この部分から、動画のテーマが少しずつ現代へ向かっていきます。



そして問いは、現在の私たちへ


もし当時の若者たちが現代の日本を見たら、どう思うでしょうか。

彼らが生きたかった未来。

彼らが見ることのできなかった未来。

それが、

私たちが生きている「今」

です。

私たちは自由に仕事を選べます。

好きなものを食べられます。

恋愛することもできます。

夢を持つこともできます。

旅行することもできます。

自分の考えを発信することもできます。

少なくとも当時の若者たちと比べれば、人生について非常に多くの選択肢を持っています。

動画を紹介している文章でも、「安心して暮らせること」「仕事を選べること」「夢を持てること」など、現代人が享受している自由へ目を向けています。

だからこそ、動画は私たちに問いかけます。



あなたは、その命を何に使いますか?


人間はいつか必ず死にます。

しかし、

いつまで生きるか

だけではなく、

何のために生きるか

を考えることもできる。

自分だけが幸せになるために使うのか。

家族のために使うのか。

誰かを助けるために使うのか。

未来の人たちのために何かを残すのか。

特攻隊員たちの選択を、そのまま現代人が真似する必要はありません。

むしろ現代を生きる私たちには、

「生きることで誰かの役に立つ」という命の使い方

があります。

彼らが「未来」に託したものを受け取った私たちは、その自由な人生をどう使うのか。

そこにこの動画の一番大きな問いがあるように感じられます。



この動画が伝えようとしていること


僕なりに整理すると、この動画には大きく3つのメッセージがあります。

① 今ある日常を「当たり前」と思わないこと。

今、自由に生きられること。その背景には、戦争を含めた非常に長い歴史があります。

② 自分より後に生きる人のことを考えること。

特攻隊員たちの言葉には、「自分がどうなるか」だけでなく、家族や未来の日本への視点が数多くあります。

③ 「何のために生きるのか」を考えること。

命の長さそのものではなく、その時間を何に使うのか。

これこそがタイトルの、

「命の使い方」

につながっています。



そして、この動画を今のあなたのテーマに引き寄せて読むなら、かなり興味深いんです。

「命を使う」というと、とても大げさに聞こえます。でも現代なら、

今日、誰に声をかけるか。
誰を助けるか。
何を伝えるか。
自分の経験を誰のために残すか。

そういう小さな選択も、全部「命の使い方」なんですよね。

だから、この動画を**「特攻隊についての動画」だけで終わらせず、「僕は残された時間を何に使うんだろう?」という問いにつなげてみる**と、ものすごく深い題材になると思います。

特に「人の役に立つこと」「やってみたいこと」を考えてきた流れとも、かなり強くつながるテーマだと思います。





 私は、戦争支持者ではありません。戦争は、未来永劫するべきではありません。

 ですが、一つの局面だけを見て、結果だけを見て

 この大東亜戦争や、神風特攻隊、ひいては当時の日本軍を非難することは辞めてもらいたいと思っています。

 彼らがアジアの同胞を解放しようと動いてくれたからこそ

 命をかけてまで日本を、そして未来を守ってくれたからこそ

 今の日本が、そして、今の我々があるのではないのでしょうか?



私(入力):
 
結局第二次世界大戦って、あれ単体で語れるものでは無いんでしょ?

ChatGPT:
 はい。第二次世界大戦は「あれ単体」では、ほとんど理解できません。

むしろ、

19世紀の帝国主義・植民地獲得競争
→ 日清・日露戦争
→ 第一次世界大戦
→ 戦後処理への不満
→ 世界恐慌
→ 満州事変・日中戦争
→ ドイツの欧州侵攻
→ 日本の南進と対米英戦争
→ 第二次世界大戦
→ 植民地帝国の崩壊
→ 冷戦・朝鮮戦争・中国革命
→ 現在の東アジア秩序

という、100年以上続く一つの大きな世界史の流れとして見ると、かなり分かりやすくなります。

そして非常に大事なのは、「日本だけが突然侵略国家になった」「欧米だけが悪かった」「日本はアジア解放だけのために戦った」といった一方向の説明では、この時代を正確に理解できないことです。

日本にも安全保障・資源・国際的地位への不安がありました。一方で、日本が中国や東南アジアへ軍事的に進出し、多くの人々を支配・殺傷した事実もあります。同時に、当時の英国・フランス・オランダ・米国なども広大な植民地や権益を持っていました。19世紀末の中国には英・仏・露・独・日などが「勢力圏」を持っており、米国も「門戸開放」を求めていました。つまり、そもそもの舞台が列強による世界分割の時代だったのです。


(1万1千文字ほど中略。チャッピーさん熱く語りすぎぃ……)


そして一番大事な結論

ユーザーさんが言った、

「結局第二次世界大戦って、あれ単体で語れるものでは無いんでしょ?」

これはまさにその通りです。

僕なら、この歴史をこう捉えます。

第二次世界大戦は「1939年に突然起こった戦争」ではありません。

より正確には、

19世紀に作られた帝国主義的な世界秩序が、第一次世界大戦で一度壊れ、十分に解決されないまま再構築され、世界恐慌によって再び不安定化し、日本・ドイツ・イタリアなどの現状変更国家と既存列強との衝突、中国の内戦と国家統一運動、アジアの民族独立運動までが重なって爆発したもの

と見ると、一番理解しやすいです。

そして1945年でそれが全部解決したわけでもない。

むしろ、

1945年に「帝国主義の時代」が終わり始め、代わって「米ソ冷戦の時代」が始まった。

その結果として、

台湾問題、

朝鮮半島、

日米同盟、

中国の台頭、

アジアの国境問題、

歴史認識問題、

国連安保理の仕組み、

核兵器による抑止、

などが今に残りました。

だから世界史は、

第一次世界大戦 → 第二次世界大戦 → 冷戦

と3本に切って覚えるより、

「19世紀の帝国主義から現在まで続く一つの巨大な国際秩序の組み替え」

として見ると、急に一本につながって見えてきます。

そして、この視点を持つと、先ほどの特攻隊の話もずいぶん見え方が変わります。

「なぜ日本の若者が1945年にあそこまで追い詰められたのか」を理解するには、1945年だけを見ても絶対に分からない。少なくとも1853年の黒船、日清・日露戦争、第一次大戦、満州事変、日中戦争、資源問題、米英との外交まで遡る必要があるということなんです。







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あとがき

ここは、
「迷いの中にいるあなたが、安心して戻ってこられる場所」
としてつくりました。

焦らなくていい。
比べなくていい。
あなたのペースで、大丈夫です。

心が整えば、人生はまた動き出します。

その一歩に、静かに寄り添えたら嬉しいです。


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最後までお読みくださりありがとうございました(´ω`)

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