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【読書レポート】『脳科学で解く心の病』- エリック・カンデル

以下は、大学の課題になっていた読書レポートである。
エリック・カンデル著『脳科学で解く心の病』のレポートになっている。

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表題「社会性と感情の神経基盤に関する一考察 ― カンデル著『脳科学で解く心の病』を読んで ―」

私が本レポートの題材に選んだのは、エリック・カンデル著の『脳科学で解く心の病』である。本書は、「人間(脳や精神)の本質は、神経・精神の不調が教えてくれる」をコンセプトに、様々な精神疾患や神経疾患の神経学的・遺伝学的知見から、人間の心理現象に迫ることを目的としている。私が本書を題材に選んだのは、脳の障害から心の本質に迫るという視点に惹かれたからだ。私は、以前から、特定の脳領域や神経回路の役割を調べるためには、その領域や回路に異常が生じた際の変化を調べるのが合理的で効果的だと考えていた。本書は、まさに私の考えていたアプローチが体現されており、これからの私の学びや研究に示唆を与えてくれると考えた。

 本書の第一章では、まず精神疾患を神経回路や遺伝などの生物学的基盤と結び付けて説明されるようになるまでの歴史が説明される。昔は、脳に明らかな外傷を負い、機能的障害が見られる場合のみが医学的な障害とみなされ、精神的な疾患は医学的な疾患として認められなかった。しかし、フィリップ・ピネルやエミール・クレペリンなどの尽力により、精神疾患が魔力や患者の怠惰によるものではなく、生物学的基盤の上に発症するものであるという考え方が浸透していく。また、フィネアス・ゲージの症例は、前頭葉の損傷が性格や行動に影響を及ぼすことを示した。他にも、ブローカやウェルニッケの研究によって、言語機能が脳の特定の領域に局在していることが明らかになった。このように、人間の精神的機能が脳の特定の領域によって生まれていることが分かるようになった。さらに、ニューロンの発見により、特定の精神的機能を司る脳領域だけでなく、それらがどのように行われているかが明らかになった。そして、現在では、ニューロン内の活動電位とニューロン間の神経伝達物質によるコミュニケーションによって、それらの機能が果たされているという考え方が一般的になっている。このような精神医学の歴史について触れた後、現代の脳障害へのアプローチとして、遺伝学的研究、脳イメージング研究、そしてモデル動物を用いた研究が挙げられている。2章以降では、これら3つの研究アプローチによってこれまでに得られた、様々な精神疾患や神経疾患の神経学的基盤を基に、人間の行動や認知、感情などの本質に迫りつつ、これからの治療の可能性についても触れている。例えば、ASDの症状やその神経基盤、遺伝的素因の研究からは社会脳がどのように形成され、我々のコミュニケーションをどのように支えているかの解明が試みられている。また、うつ病や双極性障害、不安症・PTSDなどの研究によって、脳内で感情がどのように生み出され、制御されているのかが明らかになっていく。さらに、認知症の研究は短期記憶と長期記憶がそれぞれどのように形成されるか、それらの記憶はどこに貯蔵されるのか、そしてなぜ加齢とともに衰えるのかについて示唆を与えてくれる。加えて、アルツハイマー型認知症はタンパク質の折り畳み異常によってできた老人斑や神経原線維変化が原因で前頭前皮質や海馬のニューロンが死滅することで生じる。このことから、記憶の形成において前頭前皮質や海馬が重要な役割を果たしていることが分かる。本書では、これら以外にも統合失調症や依存症、パーキンソン病などの精神疾患・神経疾患が紹介されている。さらに、精神疾患や神経疾患からは少し外れるが、創造性や性自認、意識の神経機能についても解説がなされている。しかし、その中でも私が特に関心を抱いたのは、社会性についての神経学的研究と、感情の生成と制御を担う脳機能についての研究である。特に、恐怖の生成に関わる脳機能と潜在記憶の役割が興味深いものだと考える。

 まず、自閉スペクトラム症(ASD)は社会性に関連する脳機能や遺伝子について教えてくれる。特に、ASD患者を調べることで、他者との交流に特化した脳の領域の解明につながる。自閉症は、1940年代にカナーとアスペルガーによって記述された疾患であり、カナーは自閉症の特徴として、孤立を好み、変化を嫌い、創造的能力に長けるという3つを上げた。一方で、アスペルガーは自閉症の性質は一貫しているわけではなく、患者によって知的能力や言語能力が平均よりも低い人と、逆に非常に賢く、言語活動に問題がない人がいることを発見した。このような違いはあるが、共通しているのは他者との関係を築き、維持することが困難であるということなので、ASDの研究によって社会性の神経基盤の解明が期待できるのだ。例えば、ASD患者は、手を差し出したり、お辞儀をするなどの生物学的な動きの社会的意味を理解することが困難であり、この問題に上側頭溝の機能不全が関わっていることが分かっている。ケビン・ペルフリーの研究(2008)でも、ASDの子供の脳内では、生物学的な動きを見ている時でも上側頭溝の活動が強くならないことが示されている。つまり、生物学的な動きとして認識できていないということである。また、社会脳を形成する神経回路もかなり分かっている。主に、顔の認識を司る下側頭皮質や感情の統合を行う偏桃体、さらに心の理論に関わる側頭・頭頂接合部など、複数の領域がネットワークを形成して成り立っているが、ASD患者の脳ではこれらのネットワークがうまく繋がっていないようだ。また、言語に関係する領域や知覚と運動の相互作用に関係する領域ともうまく繋がっていないため、表情や行動から感情を読み取ったり、自分の感情を言葉にしてコミュニケーションを取ることが難しくなるのかもしれない。さらに、ASDの発症の遺伝的要因も特定されてきている。本書では、7番染色体上(7q11.23)の特定の遺伝子が重複するコピー数変異が紹介されている。また、同じ領域のDNAが欠失した場合、ウィリアムズ症候群になることも分かっている。ウィリアムズ症候群の子供は、ASDの子供とは正反対で、非常に社交的で他人とコミュニケーションをしたいという欲求を制御できない。さらに、他人の感情や意図を推察する能力にも大きな問題がない。これらのウィリアムズ症候群の症状から、7番染色体上の特定の遺伝子が社会性の制御に関連していると考えることができる。本書では、7q11.23領域のコピー数変異がどのように影響するかについて記されていないが、それが顔の認識や心の理論を司る脳領域に影響を与えている可能性が考えられる。さらに興味深いのは、人間の脳が生物学的な動きとそうでない動きを区別しており、それが単一の脳領域によって担われているかもしれないことである。つまり、上側頭溝の活動を強くすることで生物学的運動の意味が理解できるようになり、ASDの社会的な症状の軽減に繋がるかもしれない。私は、条件付けなどによって、生物学的な動きに対する適切な理解と反応を学習させることで上側頭溝の活性化を図ることができるか、またそれによってASD患者の社会的能力の向上に寄与できるかという点は、今後の研究課題として非常に興味深いと考える。

 次に、本書では、うつ病や双極性障害、不安障害などの感情の機能不全の状態についての研究から、脳内で感情がどのように生まれ、どのように制御されているかを教えてくれている。また、それらの知見から、より効果的な精神疾患の治療の可能性についても触れている。感情の生成において特に重要な脳領域には扁桃体や視床下部、線条体、前頭前皮質、島皮質などがあり、主に扁桃体によって調節されている。しかし、うつ病患者の脳内では、これらの領域に機能不全が生じ、さらにうまく接続されておらず、それによって抑うつ症状が生み出されていると考えられている。これまでの脳イメージング研究により、うつ病や不安障害の患者の脳内では、扁桃体が増大しており、それによって悲しみや絶望感などの原因となっている。その一方で、前頭前皮質や視床下部の活動が低下していることも明らかにされた。前頭前皮質は感情の強度を調節しており、特定の感情が強くなり過ぎないように抑制する働きをしている。しかし、うつ病患者の脳では扁桃体と前頭前皮質がうまく接続されておらず、扁桃体の過活性を抑制することができない。そのため、強い悲しみや不安に襲われると考えられる。さらに、エモリ―大学のヘレン・メイバーグはうつ病に関連する重要な中継地点の一つとして梁下帯状皮質の25野を特定した(Mayberg. H. S. 2009)。25野にはセロトニン再取り込みを担うセロトニントランスポーターを産生する神経細胞が多数存在し、セロトニントランスポーターが過剰に活動することで25野内のセロトニンレベルを低下させる。セロトニンは気分の調節を担う神経伝達物質で、セロトニン量が低下することで気分が落ち込みやすくなる。そのため、現在使われている抗うつ薬は主にセロトニンに作用するものになっており、薬物治療と精神療法を組み合わせて治療するのが一般的である。精神療法はジークムント・フロイトの精神分析やアーロン・ベックの認知行動療法などが一般的で、それらの治療によって脳内の生物学的基盤に変化が生じることが分かっている。つまり、精神分析の対象となる「無意識に抑圧された記憶や感情」が実際脳内のどこかに保存されている可能性が考えられる。それらがどこに、どのようにして保存されているのか、またそれらを言語化して意識化するということが神経学的にどういうことかを明らかにすることは非常に重要だと考える。さらに、うつ病患者の脳内で増大している扁桃体は、感情の中でも「恐怖」に敏感である。そのため、不安障害や恐怖症、PTSDなどに強く関係していると考えられる。ジョセフ・ルドゥ―は古典的条件付けを用いて、ラットに音 (CS) と電気ショック (US) の関連付けを学習させた。それによって、ラットは音に対して恐怖反応を示すようになった。このような条件付けは、音と電気ショックの関連付けが扁桃体内の外側核に記憶として保存されることで成立する。CSに対して活性化した外側核から中心核に情報が伝えられ、身体的な恐怖反応が生起されるのである。よって、この外側核に保存された条件付けの記憶が恐怖症やPTSDの一因であると考えられる。つまり、外側核に働きかけ、その潜在記憶を無効化することができれば、PTSDや特定の不安障害の改善が見込めるのではないかと考える。また、どうしてこれらの条件付けの記憶が意識上に昇ってこないのか、無意識下で処理されることにどのような意味があるのかを調べることは、意識研究においても意義があるのではないかと考える。

 以上のように、様々な精神疾患や神経疾患の神経機序を紐解くことで、我々の精神機能の生物学的基盤が明らかになる。ここまでで見てきたように、我々が社会の中で生きていく上で欠かせない人間関係やコミュニケーション、またそれらを円滑に進めるために必要な相手の意図や感情を読み取る能力は、様々な脳領域によって構築された「社会脳」と呼ばれる神経ネットワークによって支えられていることがASDの研究によって明らかになった。また、それらの脳機能に関わる遺伝子は、ASD患者に見られる遺伝子変異を解明することで発見されてきた。そして、我々に備わる複雑な感情がどのように生まれ、制御されているのかについても、気分障害や不安障害などの精神疾患について理解を深めることで、かなり分かるようになった。うつ病や不安障害の患者の脳内を調べることで、感情に関わる神経ネットワークが同定され、それらがどのような機能を担っているかが明らかになった。その中でも、扁桃体が重要な役割を果たしており、悲しみや絶望感、恐怖の感情に関連している。特に、恐怖刺激が無意識的に記憶されることで不安障害やPTSDの症状を引き起こすと考えられる。我々の思考や感情、行動は単一の脳部位で担われているわけでなく、また環境などによっても変化する非常に複雑なものなので、完全に特定することは難しい。しかし、ある特定の機能不全によって生じる精神機能の変化を調べることは非常に有効だと考えており、そのような研究に従事していきたい。さらに、現在では自閉症の発症率の上昇 (CDC 2024) や、2025年問題として取り上げられる超高齢社会に伴う認知症患者の上昇が懸念されており、治療法の確立が急がれている。これらの神経学的・遺伝学的研究は、それらの治療法の確立にも繋がる重要な研究であると考える。

【引用文献】
エリック・カンデル 著、大岩(須田)ゆり 訳、「脳科学で解く心の病」(築地書館)、2024年、築地書館


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