ゴミ捨てしてるだけで「家事やってる」と思ってた。育休で気づいたパパの勘違い
ゴミ捨てをしただけで「家事やってる」気になっていた、あの頃の自分へ
育休を取る前の僕は、正直に言うと
「家事、ちゃんとやってる方でしょ?」
と思っていました。
・ゴミ出しは自分
・たまに洗い物もする
・頼まれたら動く
――今振り返ると、これは**“やっているつもり”の典型例**だったなと思います。
ゴミ捨て一つでも、実は工程だらけ
育休に入って、毎日家事を“主担当”としてやるようになって気づいたことがあります。
それは、
ゴミ捨てって、ゴミ袋を出すだけじゃないという事実。
実際には、
部屋中のゴミ箱を回って集める
分別を確認する
ゴミ袋にまとめる
口を縛る
収集場所まで持っていく
新しいゴミ袋をセットする
……ここまでやって、ようやく「ゴミ捨て」。
でも育休前の僕はというと、
玄関に置かれた縛り済みのゴミ袋を、捨て場に出すだけ。
それだけで
「今日、家事やったな」
って思っていました。
今思うと、なかなかの勘違いです。
「家事やってるつもりパパ」は、悪気がない
この話、きっと多くのパパが
「わかる…」
って思うんじゃないでしょうか。
でもこれ、悪気がないんですよね。
見えている“最後の工程”だけをやっているから、
そこに至るまでの作業量が、そもそも見えていない。
洗濯も同じです。
洗う
干す
取り込む
畳む
しまう
「洗濯やったよ」と言えるのは、どこまでやった時なのか。
育休に入って初めて、考えるようになりました。
育休で初めて知った「家事のリアルな重さ」
1年間の育休で、家事を“やる側”に回ってみて感じたのは、
家事って
時間よりも、思考と気配りの連続なんだということ。
ゴミの日を覚えておく
次のゴミ袋を切らさない
洗剤や日用品の残量を把握する
「今やらないと後で困る」を先回りする
これまで妻が、当たり前のようにやってくれていたことが、
どれだけ多かったか。
正直、頭が下がりました。
育休は「収入」だけじゃなく、「視点」が変わる
以前投稿した
「育休=収入激減」は本当?
という記事では、お金のリアルを書きました。
でも育休で得た一番大きなものは、
家事や育児を“外から見る側”ではなく、“中に入ってやる側”の視点だったと思います。
もし育休を取っていなかったら、
僕は今もきっと、
「ゴミ出してるし、家事やってる方でしょ?」
と言っていたはずです。
家事は「手伝うもの」じゃなく「一緒に回すもの」
育休を経験して、考え方が変わりました。
家事は、
誰かを助けるためにやるものじゃなくて、生活を一緒に回すための仕事。
そして、その仕事量は
“見えない工程”を含めると、想像以上に多い。
この感覚を知れただけでも、
1年間育休を取った価値はあったと、今は本気で思っています。
もしこの記事を読んで、
「ゴミ捨て、最後しかやってなかったかも」
と少しでも感じたなら。
それは、責められることじゃなくて、
気づけた一歩目だと思います。
僕自身がそうだったように。
