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第15回「龍拳」

第1章 これまでにないシリアスクンフー映画「龍拳」

コミカルクンフー映画で、
ブレイクしたジャッキーであったが、
そんなジャッキーを主演に、
なぜか制作された
シリアス路線のクンフー映画。
それが「龍拳」である。

監督は、「拳精」と同じロー・ウェイ。
「酔拳」がヒットした後(もしくは並行して)
撮影され公開されている。

ロー・ウェイが作り出した
シリアス路線のジャッキーは、
この当時の観客が見たかった
ジャッキーだったのか?
香港で「龍拳」が
ヒットしなかったことが
その答えになっている気がする。

「龍拳」の見どころは、ズバリ
悩めるジャッキーが見られるところだ。

今回のジャッキーは、とても
ナイーブな青年なのだ。
しかし、それとは正反対に
劇中、無敵に近い「龍拳」を使う
ジャッキー史上、稀に見るくらいの
強さを誇る男でもある。

そのギャップに、
チグハグな印象を持ってしまう。

実は、私は、「龍拳」のお話が、
あまり好きでない。
全編通して、どうしてもモヤモヤ感を
抱いてしまうのだ。

あらすじとしては、こうだ。
映画冒頭で、武道大会で優勝した
ジャッキーの師匠が殺される。
殺したのは、ある武道家の男チュン。
ジャッキーの師匠が、
昔、自分の奥さんと恋仲だったことを
恨みに思い、武道の試合にかこつけて
殺してしまったのだ。
(すごい理由だな)

そして、ジャッキーは師匠の復讐を誓う!

という単純なお話ではなく、
師匠を殺した男チュン。
この後、奥さんが自殺してしまう。
「私が好きなのはあなただけ」
みたいな遺書を残して。

ここで、今回のラスボス的な役回りだと
思っていたチュンは、アッサリ改心する。

そう、本当のラスボスは、
改心したチュンと対立している
ウェイ一家だった。

3年後、そんなこととはつゆ知らず、
龍拳を修得したジャッキーと師匠の家族は、
仇討ちをするために、チュンに会いにくる。

ここから本格的に話が進むのだが、
物語の序盤から目まぐるしい展開である。

以前にも触れたが
「蛇拳」「酔拳」がヒットするまでの
クンフー映画は、誰かの仇討ち、
復讐がメインとなる話が多かった。

おそらく制作サイドは、
「龍拳」について、シリアス路線ながらも、
これまでのクンフー映画とは
一線を画すような
そういう作品を目指したのだと思う。
それが、この序盤の展開に出ている。

単なる復讐劇に終わらず、
主人公の仇に対する葛藤と、
村全体の抗争を絡めて
複雑な人間ドラマが展開していく。

この今までにない展開を目指してみた!
と思われる話が、どうにも好きになれない。

いや、「龍拳」が大好きだと言う方が
たくさんいるのは知っている。
もちろん私もTV吹き替え版だが
何度も繰り返し見たし、
「龍拳」の好きなところもある。

でも、ここから、しばらく「龍拳」の
悪口みたいになってしまうので、
「龍拳」大好きの方は、
第3章からお読み下さい。

第2章 悩めるジャッキーに感情移入できない私

師匠を殺した仇。その仇を狙う悪い男たち。
そこに「龍拳」を修得したジャッキーが登場。
チュンとウェイの争いに巻き込まれる形で
ジャッキーは苦悩キャラとなっていく。

結局、私は、このジャッキーの
苦悩キャラが好きではないのだ。

実は、チュンと再会する前から、
ジャッキーは1人悩んでいた。
チュンと戦い、万が一、自分が破れ
死ぬことになったら、
誰が師匠の家族の面倒を見るのか。
こういうことを真剣に考え
悩んでしまう男なのである。

ウェイ一家に、いいように利用されてしまうのも
このような性格故というところもあるので、
後の展開には必要なシーンだとは思う。

でもね・・・この後、
必殺の「龍拳」が飛び出し、
チンピラ共を、ボコボコにしてしまうのである。

いや、ジャッキー強いやん。
それだけ強いのに、敗れた時のこと考える?
純粋で繊細。だけど、すごく強い。

どうにも私の中で、ジャッキーの強さと
この性格が、かみ合っていかないのだ。

仇討ちの相手は改心して
いい奴になっていた。
しかし、今までの気持ちに
どう整理をつけていいのかわからない。
そのうち、チュンと対立している
ウェイ一門に仕事を頼まれる。
病気である師匠の奥様の
薬代のためだということもあり、
悪いことと薄々気づきながらも
悪に加担していく。

ウェイに力を貸す中で、
チュンの娘が会いに来た時には、
憎まれ口をたたいて、逆に自分を悪く見せようとする。
その一方で、追い込まれたチュンの弟子たちに
気遣いを見せ、逃がすようなことをしたりもする。

もちろん、それは正義と悪のはざ間で揺れる
主人公というのを意図してたんだとは思う。

だが、見てる側としては、
なんだかハッキリしない主人公に見えてしまう。

一番納得いかないのは、
ジャッキーが正義に目覚めるシーンだ。
チュンの一門だった男が、
実はウェイ一家のスパイだったことが発覚。
そしてチュンの一門も残りわずかになった時に、
いきなりジャッキーは、チュンの味方につく。
一見、名場面のようだが、私は、心の中で
どないやねん!とツッコミたくなる。
そのスパイが登場しなかったら、
どうするつもりだったのか。
今まで散々ウェイに協力しておきながら、
この心変わりの動機がすごく弱く感じる。

しかも、この「行き当たりばったりの寝返り」のせいで、
激怒したウェイに先手を打たれ、
大切な師匠の奥様と娘を人質に取られてしまうのだ。
案の定、奥様は自分のせいでジャッキーが
動けないことを悟り、自ら命を絶つことになる。
いや、味方につくなら、せめて人質の安全を
確保してから計画的にやってくれよ!と、
ジャッキーの無計画さにモヤモヤが止まらなくなってしまう。

師匠の奥様が亡くなり
怒りに燃えたジャッキーが
ウェイ一門を全滅させてしまう。
この展開に素直に
ジャッキーやったね!と思えない。
とにかく、主人公に共感できないのである。

第3章 戦いのシーンは見応えあり。ジャッキー渾身の連打!!

ただし、アクションは見ごたえある。
先程、「龍拳」を使ってチンピラ共を
倒すシーンを紹介したが、
ここのジャッキーのアクションは
何度見ても飽きない。見ていて気持が良い。
それくらい良いシーンなのだ。

敵が攻撃をしかけてくるが、
ジャッキーは、体の軸がぶれない。
敵に対してジャッキーが
手刀も蹴りも繰り出すが
体の重心が安定しているから
まっすぐキレイな姿勢のまま戦う。
要するにリアクションが小さいのだ。

酔拳やヤングマスターでは、
敵の強さを強調するために、
様々受けのアクションを重ねてきたが、
今回は、それを封印している。

この動作が、ジャッキーの
圧倒的な強さとして
観客の目に映るのである。
また殺陣のリズムも良い。

この3年間で、
ジャッキーがどれだけ強くなったのかが
よくわかるし、その後の展開を考えても
この場面は、すごく重要だ。

次に私が、
この映画最大の見せ場だと思っている
ジャッキー怒りの連打シーンも
素晴らしい。

ラストバトル直前。これまで溜め込んだ
ジャッキーの感情が爆発するシーンである。

この怒り爆発の鉄拳連打のシーンは、
他のジャッキー映画の
クンフーアクションと比べても
ベストだと思うくらい好きだ。

この場面のすごいところは、
感情の爆発をアクションで
表現しているところではないだろうか。

ここまで怒りの感情むき出しの
ジャッキーアクションは、
他にないかもしれない。
敵に反撃の隙を一切見せることなく、
よどみなく最後までジャッキーの攻撃がつづく。
このシーンがあることで
「龍拳」という映画の価値が
数段高くなったように思う。

思えば、ここに至るまで、
モヤモヤするような
展開が続いたからこそ、
このジャッキーの怒りの攻撃に
観客も感情を乗せて見ることができる。

と考えると、私が感じていたモヤモヤも
ローウェイ監督の演出意図だとしたら、
思う壺にまんまとハマってしまったことになる。
少し悔しい気持ちになってしまう。

第4章 主題歌含めて、日本公開版が最高の理由

「龍拳」は、いくつものバージョンが
存在すると言われている。
ここでは、いつものように
日本公開版と香港版を比べてみたい。

まずはオープニングの違いだ。
香港版は、ジャッキーの師匠が武道大会で
次々と勝ち進んでいく場面から始まり、
師匠の優勝をきっかけに、日本公開版でも
おなじみの本編冒頭へとつながっていく。

一方、日本公開版は、日本版主題歌
「ドラゴン・フィスト」が流れる中、
ラストでウェイ一家の次男と対決する
バトルシーンを抜き出して見せている。
本編の映像を流用した、日本独自編集のオープニングである。

「酔拳」と同じ手法だが、
「龍拳」には演武シーンがないため、
クライマックス一歩手前の死闘を、
いきなり観客にぶつけてくる構成になっている。
この作品は何よりジャッキーのアクションが命なので、
オープニングから全開の強さを見せるこの作りは、
個人的には大正解だと思う。
冒頭の数十秒で、
観客の期待は一気にピークまで引き上げられる。

本編の長さも違う。
香港版が約97分なのに対し、
日本公開版は約87分と、かなりタイトな編集になっている。
では、その差を生んでいるのはどんな場面なのか。
代表的なのが、ウェイ一家の悪行のために
殺人を犯した男を捜し出し、捕らえ、
結果的に死なせてしまう一連のくだりだ。

たしかに、ラストの戦いにつながる
エピソードではある。
だが、この流れにジャッキーは一切関わらない。
もしラストの怒りの連打を
この映画最大の見せ場だとするなら、
その直前にジャッキー不在の重いドラマを
長々と見せることで、こちらのモヤモヤや
高ぶった感情が少しずつ冷えてしまう。
上映時間も、そのぶん長く感じられるだろう。

ここがポイントで、
日本公開版の「龍拳」は、
物語が破綻しないギリギリのところで、
ラストの連打がもっとも映えるよう、
うまく不要なシーンをカットしたように思う。
どこをどう削るか考え抜いたうえで、
日本の配給会社のスタッフが編集してくれたのではないか、
というのが私の勝手な想像だ。

オープニングで流れる
主題歌「ドラゴン・フィスト」のかっこよさ。
クライマックスに向けての
ほどよい本編カットの加減。
そしてテレビ放映で繰り返し見てきたのが、
この日本公開版だったこと。

その全部が重なって、
私にとっての「龍拳」は、
今でも日本公開版こそが決定版であり、
最高の一本になっている。


※画像はAI(Gemini)を使って
当時のポスター風に再現・作成したものです。


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ゆうぴち お気持ちだけで、とてもうれしいです。