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「肉には赤、魚には白」を信じすぎると、痛い目を見るという話

「肉には赤、魚には白」を信じすぎると、痛い目を見るという話


「魚料理には、白でいいですよね?」
これ、酒販店で働いていると本当によく聞かれる質問です。多くの方が「肉には赤、魚には白」というルールを信じていて、白ワインを選べばまず失敗しないと思っている。
でも実はこの質問、答えるのが意外と難しいんです。というのも、白ワインだからといって、必ずしも魚と相性が良いとは限らないから。「白なら安心」と思って選んだワインで、むしろ生臭さが出てしまうケースは、現場でも珍しくありません。
今日は、この「肉には赤、魚には白」がなぜ半分しか正しくないのか、化学の視点からちゃんと解き明かしていこうと思います。


まず、牛肉と赤ワインがなぜ美味しいのか


これは感覚だけの話じゃなくて、けっこう理屈が通ってます。
一つは、赤ワインのタンニン(あの渋み成分)が、口の中でタンパク質と結合する性質があること。単体で飲むと「うわ、渋い」ってなるタンニンも、牛肉のタンパク質や脂と結びつくと一気にまろやかになるんですよ。逆に肉側からすると、脂のしつこさがタンニンでキュッと締まって、後味がスッと軽くなる。片方だけだと成立しない「ちょうどいいバランス」が、合わせた瞬間に生まれるわけです。
もう一つは酸。赤ワインの酸味が、肉の脂を分解してくれるような感覚を作ってくれる。ステーキ食べた後にワイン飲むと、また次の一口が美味しく感じられませんか?あれ、口の中がリセットされてるんです。
あと地味に大事なのが香り。肉を焼いたときの香ばしさと、樽で熟成させた赤ワインの香りって、実は同じ系統の成分が多い。だから香りがぶつからずに、むしろ増幅し合う。これがいわゆる「マリアージュ」の正体です。

で、本題。なぜ白ワインでも魚が生臭くなるのか


ここからが今日一番言いたいところ。
長年、「赤ワインのタンニンが魚とぶつかって生臭くなる」って言われてたんですよ。でも実はこれ、ちゃんと解明されていて、原因はタンニンじゃなかったんです。
正体は「鉄イオン」。もっと言うと二価の鉄イオン(Fe2+)というやつで、これが魚の脂質の酸化を一気に進めて、あの不快な臭いの成分を発生させてしまう。国内の飲料メーカーの研究チームが特定しています。
問題は、この鉄イオンって赤ワインに多い傾向はあるけど、白ワインにもちゃんと含まれてるんですよね。つまり「赤か白か」の色の話じゃなくて、「鉄イオンが多いか少ないか」で決まる。実際、タンニンがほぼないタイプの白ワインでも、するめとかアジみたいな魚介と合わせると生臭くなるケースがあるんです。
「白ワイン選んだのに、なんか生臭い」って経験、あれは色を間違えたんじゃなくて、鉄イオンの多いワインを引いてしまっただけ、というのが真相です。専門店で相性の悪い組み合わせが出てこないのは、ソムリエやスタッフがこの"鉄分"まで含めてワインを選んでいるから。逆に言えば、家飲みではそのフィルターがないぶん、失敗しやすいということでもあります。

そもそも「鉄イオン」って何なのか


ここで少し補足しておきたいのが、この「鉄イオン」の正体。
ワインには、ブドウの栽培土壌や、醸造・熟成の過程(タンクや設備との接触など)を通じて、微量の鉄分が自然に溶け込みます。この鉄分は、水に溶けた状態では「イオン」という形で存在していて、実は2種類あります。
鉄(Ⅱ)イオン(Fe2+):酸化されていない状態の鉄。反応性が高く、不安定
鉄(Ⅲ)イオン(Fe3+):酸化された状態の鉄。比較的安定していて、反応を起こしにくい
ワインやビールのような飲料の中では、鉄(Ⅱ)イオンの状態で存在していることが多いとされています。この「不安定で反応性が高い」という性質がポイントです。
魚介類には、もともと脂質が酸化してできた過酸化脂質という物質がわずかに含まれていて(干物やボイルしたホタテなどは特に多い)、鉄(Ⅱ)イオンがこの過酸化脂質と接触すると、瞬時に反応して生臭さの成分((E,Z)-2,4-ヘプタジエナールという物質)を発生させてしまうわけです。
つまり鉄イオンは「量」だけでなく「状態(Ⅱ価かⅢ価か)」も重要で、同じ鉄分量でも、すでに酸化されてⅢ価になっているワインなら、この反応自体が起きにくいということになります。これが、後述するシェリーやマデイラのような酸化熟成タイプのワインが魚介と相性が良い理由の核心です。

じゃあどうすればいいのか


理屈がわかれば対策も見えてきます。
一番わかりやすいのは、シェリー(フィノ)とかマデイラ、フランスのジュラ地方のヴァン・ジョーヌみたいな、酸化させながら熟成させるタイプを選ぶこと。こういうワインは鉄イオンがすでに酸化された形(Fe3+)になってるので、生臭さの原因物質自体が発生しにくいんです。魚卵みたいな「ワインと相性最悪」と言われがちな食材とも、むしろ好相性になったりします。
品種で言うなら、日本の甲州はもともと鉄分が少ない傾向があるので、魚介との相性で失敗しにくい。シュール・リー製法(酵母と長く接触させる造り方)も、酵母のタンパク質が鉄分やタンニンを吸着してくれるので、結果的に鉄分が減ります。
ワイン選びが難しければ、料理側で工夫するのもアリ。カルパッチョやマリネにオリーブオイルを使うのって、実は美味しくするだけじゃなくて、油脂と酸が生臭さを抑える効果もあるんです。キャビアにシャンパーニュを合わせるとき、サワークリームが添えられるのも同じ理屈。

まとめ


牛肉×赤ワインが合う理由
タンニン×タンパク質・脂:渋みが和らぎ、まろやかになる
酸味:脂の重さを分解する感覚を作る
香り:メイラード反応由来の香りが赤ワインの樽香と共鳴する
鉄イオンとは
ワインには栽培・醸造過程で微量の鉄分が溶け込んでいる
鉄(Ⅱ)イオン(Fe2+):反応性が高く不安定。ワイン中で多い状態
鉄(Ⅲ)イオン(Fe3+):酸化済みで安定。反応を起こしにくい
魚が生臭くなる本当の原因
犯人はタンニンではなく「鉄(Ⅱ)イオン」
魚介の過酸化脂質と反応し、不快な臭い成分を瞬時に発生させる
赤ワインに多い傾向はあるが、白ワインにも含まれる → 色ではなく鉄分の量と状態が決め手
生臭さを避ける実践策
酸化熟成タイプを選ぶ:シェリー(フィノ)、マデイラ、ヴァン・ジョーヌ(鉄がⅢ価になっている)
鉄分が少ない品種・製法を選ぶ:甲州、シュール・リー製法のワイン
料理に油脂を加える:オリーブオイル、バター、サワークリームなど

「肉には赤、魚には白」は経験則としては間違っていない。ただ、その理由を「タンニンと魚の衝突」だと思っていたなら、それは半分だけの正解。本当の主犯は、色ではなく「鉄イオン」という目に見えない成分、しかもその"状態"だった。

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