戦争を始める理由と条件 (全文)
戦争を始める理由と条件(2026年5月)
目 次
1 調査・考察の目的
2 調査の方法等
(1)調査対象
(2) 調査方法
3 調査結果
(1)先制国及び相手国
(2) 先制国による開戦理由
( 3 ) 先制相手国の状況
4 考察
参考とした資料
別表 開戦理由一覧表
1 調査・考察の目的
日本はここ数年で急速に防衛予算を増額し、2026年4月には敵基地攻撃能力を持つミサイルの運用を開始した。その他にも防衛装備品輸出三原則の緩和、いわゆる同志国との共同軍事演習の実施、外国とのミサイルや戦闘機の共同開発、安保三文書の改訂前倒し、継戦能力の確保、さらには武力攻撃を受けたときのための避難シェルター確保基本方針の閣議決定など、戦後の日本がとってきた「専守防衛」という基本方針を大きく変える防衛政策が進められている。なお、これには年間9兆円を超える巨額の予算がつぎ込まれることになる。
こうした防衛政策は大部分が、日本に対する武力行使の抑止を目的としたものと思われるが、日本に戦争が起こった場合に備えるためのものも多く見られる。その根底には、「我が国を取り巻く安全保障環境は戦後最も厳しく複雑になっている」(防衛大学校卒業式での高市首相の言葉)という危機意識があると考えられる。そのような認識が正確なものであるかはさておいて、隣国である北朝鮮、中国、ロシアがいずれも権威主義的な国家であり、軍事力を強化していることは事実である。
しかし、ただ周辺国が軍事力を強化していることだけを見て、条件反射的に軍事力を抜本的に強化するのは、日本の安全にとって最良の選択であろうか。戦争は、物理的な軍事力の存在だけではなく、他国を攻撃する意思がなければ発生しない。その意思があるのかどうかは、その国が置かれている状況と政権の目的を理解しないと判断できない。周辺国が軍事力を強化している理由や戦争を起こしている理由を十分に分析した上で、日本のとるべき方向を議論するべきであろう。
しかも、日本の安全を確保し続ける上で本当に必要なのは、日本に戦争が起こらないようにすることである。戦争が起こった場合に備えるより前に、戦争が起こらないような国内及び国外の環境づくりへの努力が優先されるべきであると考える。なお、効果が実証できない上に軍拡競争をもたらす軍事的抑止力の整備が本当に必要であるかどうかは、先に述べた周辺国の状況と意思を十分に分析した後で判断することが重要である。
ここでは、そのような問題意識の下、これまでに起きた戦争はどのような理由で始められたのか、また、どのような条件を背景に発生したのかを調査し、戦争の起こりやすい条件・環境について考察した。あくまで表面的な事象を取り扱ったものではあるが、ある程度の傾向は明らかになると思われるので、日本の安全保障政策の方向性について今後の冷静な議論に資することができれば幸いである。
2 調査の方法等
(1) 調査対象
日清戦争以降に発生した主な戦争及び国際紛争(以下、「戦争等」と記
す。)とした。ただし、内戦など一国内での軍事衝突は除いた。日清戦争
以降としたのは、日本初の対外戦争であり我が国にとって本格的な戦争は
ここから始まったこと、ほぼ20世紀以降という時代性を反映できると期待
したことによる。なお、内容がわかる資料が見当たらなかった戦争等を除
外した結果、調査対象の戦争等は89件となった。
(2) 調査方法
文献により調査した。文献が不足しているものについては、インターネ
ットによる情報を参考とした。
調査項目としては、各戦争等の発生年月、先制国名、相手国名、先制国
による開戦理由を中心に行った。なお、開戦理由は、宣戦布告文や政権に
よる発表の内容が把握できた場合は、それが建前や名目的なものであって
も、そのままそれを開戦理由として扱った。宣戦布告等の内容が把握でき
なかった場合は、先制国の実質的な目的を開戦理由として扱った。
3 調査結果
調査した89件の戦争等について発生年月順にまとめたのが別表(開戦理由一覧表:本稿末尾に掲載)である。
発生年月では、第一次世界大戦終了の1918年11月までに発生したもの13件、それ以降第二次世界大戦終了の1945年8月まで15件、ソ連崩壊の1991年12月まで30件、それ以降現在(2026年1月)まで31件である。
(1)先制国及び相手国
先制国となった回数は、多い順に、アメリカ15、イスラエル12、日本
9、ソ連6、中国5、イギリス5、ロシア4、フランス4、南ベトナム
3、イラク3、ドイツ3、イタリア2、エジプト2、シリア2、北朝鮮
2、ベトナム2、トランスヨルダン1、レバノン1、オーストリア1、カ
ンボジア1、グルジア1、セルビア1、ソマリア1、ワルシャワ条約機構
1、タイ1、トランスバール共和国1、トルコ1、パレスチナ1、ブルガ
リア1、ポーランド1、南スーダン1、NATO1、アゼルバイジャン1、サ
ウジアラビア1、UAE1、アルゼンチン1、イラン1、いずれが先制国か
不明5となっている。なお、先制国が多数に上る戦争等では代表的な先制
国のみをカウントしている場合もあるため、この数字は大まかな傾向を示
すためのものである。また、複数国で同時参戦している場合もあるため、
合計数は戦争等の件数よりも多くなっている。これらの点は次に述べる相
手国でも同じである。
相手国となった回数は、多い順に、イラク6、シリア5、中国5、アフ
ガニスタン4、イギリス4、ソ連4、ドイツ4、パレスチナ4、台湾3、
スーダン3、イスラエル3、カンボジア3、ロシア3、フランス2、イラ
ン2、ウクライナ2、エジプト2、エチオピア2、レバノン2、韓国2、
セルビア2、ポーランド2、ラオス2、アメリカ1、アルツァフ共和国
1、ヨルダン1、オーストリア1、オスマン帝国1、北ベトナム1、クウ
ェート1、グレナダ1、清1、スペイン1、タイ1、チェコスロバキア
1、チュニジア1、日本1、パナマ1、ハンガリー1、ベトナム1、マリ
1、リビア1、不明5となっている。
(2)先制国による開戦理由
開戦の理由として発表されたものとしては、「相手国を侵略するため」
とか「領土を奪うため」などというものはまれであり、やむを得ない事情
で仕方なく先制攻撃をしたという理屈付けをしているものがほとんどであ
る。
以下、理由別に分類し、件数が多いものから順に述べていく。なお、宣
戦布告文等の内容は、簡易な表現とするため意訳して記載する。また、一
つの戦争等が複数の理由を謳っている場合は、それぞれの理由別に重複し
て記載した。
ア 自国の安全を図るため(すなわち自衛のため) 21件
言い回しは多様であるが、意味としては「自衛のため」としているもの
が最も多い。ほぼ全ての戦争等がこれに相当すると考えられるが、実際に
これを理由として謳っていると見なした戦争等は次の21件である。( )
内は開戦年。
(ア) 日露戦争(1904)
先制した日本の「露国に対する宣戦の詔勅」は、「韓国の存亡が日本
の安危にかかわる問題であること、ロシアの満州占領は韓国の保全を危
うくするものである」という点を強調している。
(イ) 第一次世界大戦:ドイツのロシアに対する参戦(1914)
ドイツの参戦理由は「ロシアの脅威から自国を防衛するため」とされ
ている。なお、ドイツはロシアの先制を受けたオーストリアと同盟を結
んでいた。
(ウ)第一次世界大戦:フランスのドイツに対する参戦(1914)
フランスの参戦理由は「ドイツの脅威から自国を防衛するため」とさ
れている。なお、フランスはロシアと露仏同盟を結んでいた。
(エ)第一次世界大戦:日本のドイツに対する参戦(1914)
日本の「宣戦の詔書」は、「極東の平和と日英同盟の利益を守るた
め、ドイツの軍事的脅威を除去する必要」を強調している。
(オ)第二次世界大戦:ドイツのポーランドに対する侵攻(1939)
ヒトラーの宣言では「東方の生存権をめぐるもの」という言葉が使わ
れ、国防軍への布告では「ポーランドによる国境侵犯に対する防衛」が
謳われている。この他にも、国民向けには「ヴェルサイユ条約で奪われ
た地域を取り戻す」と述べ、帝国議会演説でヒトラーは「ポーランドの
正規軍が我が領土に向けて発砲をした。我々は発砲のお返しをしてき
た。」と述べている。
(カ)第二次世界大戦:日本のアメリカ・イギリスに対する攻撃(1941)
日本の「宣戦の詔書」は、「自存自衛のため」という理由を謳ってい
る。
(キ)第二次中東戦争(1956)
イスラエルは「パレスチナゲリラの基地を破壊する」という名目でエ
ジプトに侵攻した。(イスラエルの自衛のためと解釈。以下(ク)、
(コ)等も同じ。)
(ク)第三次中東戦争(1967)
イスラエルは「エジプトがチラン海峡の封鎖を宣言したため」、攻撃
を受ける前にエジプトに対し先制攻撃(予防攻撃)に踏み切った。
(ケ)ベトナムのカンボジア侵攻(1978)
南部の安全を確保して中国の脅威に備えるための措置であり、「ポル
ポト政権の恐怖政治からカンボジア民衆を救う」という大義名分も掲げ
られていた。
(コ)イスラエルのイラク原子炉攻撃(1981)
イラクの大量破壊兵器保有の阻止を目的としたもの。
(サ)レバノン戦争(1982)
イスラエルは、駐英イスラエル大使暗殺未遂事件とPLOによる北イ
スラエル砲撃再開を受けて、PLO掃討作戦の名目でレバノンに侵攻し
た。
(シ)アフガニスタン戦争(2001)
アメリカ・イギリスは、タリバン政権とアルカイダのテロ組織を壊滅
させウサマ・ビンラディンを捕らえるため、アフガニスタンに侵攻し
た。9.11テロへの報復の面が強い。
(ス)イラク戦争(2003)
アメリカ・イギリスは、「イラクが大量破壊兵器を所有しアルカイダ
のテロリストをかくまっている」と疑い、また、「フセインを殺害し残
忍な政権からイラク国民を解放するため」との名目を謳い、イラクを攻
撃した。
(セ)イランのイラク北部攻撃(2007)
イランに反抗するクルド人組織拠点の存在を理由に、イラク国内のク
ルド勢力を砲撃した。
(ソ)イスラエルのスーダン空爆(2012)
「スーダンがハマスに活動拠点を提供している」との疑いから、スー
ダン国内の軍需工場を爆撃した。
(タ)シリア及びイラク空爆(2014)
アメリカ・サウジアラビア・UAEは、シリア及びイラク国内のIS
等イスラム過激派に対する空爆を行った。
(チ)アフガン空爆(2017)
アメリカは、IS施設の破壊とアメリカの軍事力誇示のため、アフガ
ニスタンを空爆した。
(ツ)ナゴルノ・カラバフ衝突(2023)
アゼルバイジャン国防省は「ナゴルノ・カラバフにおける対テロ活
動」として、アルツァフ共和国に武力行使した。
(テ)パレスチナ・イスラエル戦争(2023)
パレスチナのハマスは、イスラエルによるパレスチナへの入植、侵
攻、封鎖への抵抗としてイスラエルを砲撃した。
(ト)イスラエルのシリア侵攻(2024)
イスラエル陸軍司令官は「シリアとの国境を強化するため」と述べて
いる。
(ナ)イラン・イスラエル戦争(2025)
イスラエル政府は「イランの核開発への対応として同国の核施設など
に対し先制攻撃を開始」と発表している。
イ 相手国による措置に対する報復 18件
報復のためという理由も多い。この中では、開戦の理由を作るために事
件を故意に創出したケースも複数見られる。なお、次に掲げた18件の戦争
等のほかにも、2001年の9.11テロ以降にアメリカやイスラエルが行った先
制攻撃など、実質的には報復の要因が強いと思われるものが3件ある。
(ア)第一次世界大戦:オーストリアのセルビアに対する攻撃(1914)
皇位継承者をセルビア人に暗殺されたことから「セルビア打倒」のた
めに開戦。第一次世界大戦の端緒となった。
(イ) 満洲事変(1931)
日本の関東軍は、「奉天軍閥の張学良が柳条湖付近の鉄道線路を爆破
した(著者注:実際は日本軍の自作自演)ことに対する反撃」として満
洲各地で攻撃を開始した。
(ウ)第一次上海事変(1932)
日本は、「上海で日本人僧侶が中国人に襲撃され死傷した(著者注:
実際は日本の謀略)ことに対する反撃」として中国を攻撃した。「日本
人居留民保護」も謳われた。
(エ)第二次上海事変(1937)
「上海で日本の海軍軍人2名が射殺された(著者注:日本の謀略だっ
たという説も有力)こと」をきっかけとし、日本の米内海軍大臣が「居
留民保護のため」陸軍に派兵準備を要請した。そして日本政府は「支那
軍の暴戻を膺懲し、以て南京政府の反省を促すため、断固たる措置をと
る。」との声明を出した。これにより日中戦争が本格化した。
(オ)ラオス爆撃(1964)
アメリカは、米軍偵察機撃墜に対する報復を名目としてラオスを爆撃
した。
(カ)ベトナム戦争(1965)
ジョンソン大統領は、「トンキン湾を軍事行動中のアメリカ艦船が北
ベトナムの攻撃を二度受けた(著者注:実際には、二度目はアメリカの
でっち上げ)ことに対する報復として爆撃した。」と発表した。
(キ)中越戦争(1979)
中国は、「ベトナムに教訓を与える」と称してベトナム北部に侵攻。
ソ連と関係を強めたベトナムがカンボジアに侵攻したことに対する「懲
罰的軍事行動に成功した」と宣言した。
(ク)レバノン戦争(1982) 再掲
イスラエルは、駐英イスラエル大使暗殺未遂事件とPLOによる北イ
スラエル砲撃再開を受けて、PLO掃討作戦の名目でレバノンに侵攻し
た。
(ケ)イスラエルによるチェニスのPLO爆撃(1985)
レバノン戦争後のテロへの報復として爆撃。
(コ)アメリカによるアフガニスタン・スーダンのアルカイダ拠点爆撃
(1998)
駐ケニアと駐タンザニアのアメリカ大使館爆破事件への報復として爆
撃。
(サ)アフガニスタン戦争(2001) 再掲
9.11テロを受け、アメリカ・イギリスは、タリバン政権とアルカイダ
のテロ組織を壊滅させウサマ・ビンラディンを捕らえるため、アフガニ
スタンに侵攻した。
(シ)イスラエルのガザ・レバノン侵攻(2006)
ガザでは、入植者殺害等への関与を疑われていたハマス隊長を殺害。
レバノンでは、シーア派組織ヒズボラに捕われた兵士の奪還のためとし
て侵攻した。
(ス)ガザ紛争(2008)
イスラエルは、ハマスへの報復としてパレスチナのガザを攻撃した。
(セ)北朝鮮の延坪島砲撃(2010)
北朝鮮軍司令部は、「韓国軍が北朝鮮の領海に砲弾を撃ち込んできた
ため」「韓国軍の海上射撃訓練実施に対する断固たる措置として」砲撃
を行ったと報道している。
(ソ)イスラエルのガザ大規模空爆(2012)
ガザからのロケット弾打ち込みに対する報復として空爆。
(タ)ガザ空爆(2014)
イスラエルは、ユダヤ教神学生3人の誘拐・殺害に対する報復として
ガザを空爆した。
(チ)ナゴルノ・カラバフ衝突(2023) 再掲
アゼルバイジャン国防省は「ナゴルノ・カラバフにおける対テロ活
動」として、アルツァフ共和国に武力行使した。
(ツ)パレスチナ・イスラエル戦争(2023) 再掲
パレスチナのハマスは、イスラエルによるパレスチナへの入植、侵
攻、封鎖への抵抗としてイスラエルを砲撃した。
ウ 同盟や条約等に基づく参戦 13件
世界大戦時に多く見られたのは、同盟や条約等に基づく参戦である。逆
に言うと、軍事同盟や条約等が多数の国の間で締結されていたため、小さ
なきっかけでも瞬く間に世界規模の戦争に拡大されたという面があったと
も考えられる。なお、ここでは他国からの要請に基づく参戦も含めて記載
する。
(ア) 第一次世界大戦:ロシアのオーストリアに対する参戦(1914)
汎スラブ主義に基づきロシアがセルビアを保護・支援する緊密な関係
にあり、オーストリアの攻撃を受けたセルビアを防衛するために参戦し
た。
(イ)第一次世界大戦:ドイツのロシアに対する参戦(1914) 再掲
ドイツはロシアの先制を受けたオーストリアと同盟を結んでいた。
(ウ)第一次世界大戦:フランスのドイツに対する参戦(1914) 再掲
フランスは参戦したロシアと露仏同盟(イギリスを合わせて三国協
商)を結んでいた。
(エ)第一次世界大戦:イギリスのドイツに対する参戦(1914)
イギリスは、「中立のベルギーを防衛するため」対ドイツ戦に参戦し
た。なお、イギリスは既に参戦していたロシア、フランスと三国協商を
結んでいた。
(オ)第一次世界大戦:日本のドイツに対する参戦(1914) 再掲
日本の「宣戦の詔書」は、「極東の平和と日英同盟の利益を守るた
め、ドイツの軍事的脅威を除去する必要」を強調している。
(カ)第二次世界大戦:イギリス・フランスのドイツに対する参戦(1939)
イギリス・ポーランド相互援助条約及びフランス・ポーランド相互援
助条約による義務的参戦であった。
(キ)第二次世界大戦:ソ連のポーランドに対する侵攻(1939)
スターリンは、「国家崩壊が差し迫ったポーランド在住のウクライナ
系住民とベラルーシ系住民の保護」を謳いポーランドに侵攻したが、実
際には独ソ不可侵条約の秘密議定書に基づくものであった。
(ク)第二次世界大戦:イタリアのイギリス・フランスに対する参戦
(1940)
イタリア・ドイツ同盟もあり、ドイツの優勢を見てから参戦した。
(ケ)第二次世界大戦:日ソ戦争(1945)
ソ連は、1945年2月にアメリカ、イギリスとの三国間で締結された
「ヤルタ秘密協定」に基づき満洲に侵攻した。
(コ)ハンガリー動乱へのソ連介入(1956)
ハンガリー国内の反政府民衆デモの鎮圧のため、ハンガリー政府はソ
連軍に出動を要請。これを受けてソ連軍がハンガリーに派遣された。
(サ)アメリカのグレナダ侵攻(1983)
アメリカは、クーデタを起こした共産軍事政権から約1000人のアメリ
カ人の安全を守ることを表向きの任務として、グレナダに侵攻した。グ
レナダ総督はアメリカに軍事援助を要請していた。
(シ)マリ空爆(2013)
マリ(内戦中)のクーデタ政権からの支援要請に基づき、旧宗主国の
フランスとマリ政権等はマリ国内のイスラム勢力に対して攻撃した。こ
れは、国連安保理の承認に沿った介入であった。
(ス)シリア空爆(2015)
ロシアは、内戦中のシリアのアサド政権から支援強化の申し入れを受
けたため、内戦相手に対する空爆を行った。
エ 国境地帯等の領有権争い 11件
国境紛争と係争地の領有権争いを理由とした戦争等も多く見られる。こ
れらは、いずれの交戦国が先制攻撃を行ったか不明のものが多いのが特徴
である。なお、ここでは後述する「領土奪回」に該当するものを除いてい
る。
(ア)第二次ボーア戦争(南アフリカ戦争)(1899)
トランスバール共和国は、国内の金鉱割譲を要求するイギリスに対す
る抵抗としてイギリス軍を攻撃した。
(イ)ノモンハン事件(ハルハ河会戦)(1939)
日本・満洲国とソ連・モンゴルによる国境付近での戦闘。(先制国は不
明確)
(ウ)第一次台湾海峡危機(1954)
中国は、偶発事件を契機に、領有権を主張する金門島を砲撃した。な
お、中国の真意は、このころ東南アジア条約機構を創設したアメリカに
対する抵抗と「二つの中国」の否定であった。
(エ)中印国境紛争(1959)
カシミール地方を巡る国境紛争。中国は、イギリスが設定した国境線
を認めようとしなかった。(先制国は不明確)
(オ)インド・パキスタン戦争(1965)
カシミール地方を巡る国境紛争。(先制国は不明確)
(カ)イラン・イラク戦争(1980)
イラクは、自国の地域大国化、イスラム革命の伝播防止、シャット・
アル・アラブ川の帰属を巡る争いのため、イランを攻撃した。
(キ)カルギル戦争(1999)
インド・パキスタン間の、カシミール地方を巡る国境紛争。(先制国
は不明確)
(ク)タイ・カンボジア国境紛争(2008)
タイは、カンボジアの領有とされていたプレアビヒア寺院遺跡の世界
遺産登録に反発してカンボジアを攻撃した。
(ケ)南北スーダン国境紛争(2012)
南スーダンは、油田地帯の帰属を巡る対立から北スーダンを攻撃し
た。
(コ)ナゴルノ・カラバフ紛争(2020)
アゼルバイジャンとアルメニアの間で係争地になっているナゴルノ・
カラバフ共和国を巡る衝突。(先制国は不明確)
(サ)タイ・カンボジア国境紛争(2025)
カンボジアは、チョンボックとよばれる係争地の領有権争いのためタ
イを攻撃した。
オ 相手国内にいる自国民の保護のため 10件
「相手国内にいる自国民の保護のため」という理由付けも多く見られ
る。これらの多くは、先制攻撃のための名目を謳ったものに過ぎなかっ
た。
(ア) 第一次バルカン戦争(1912)
セルビア、モンテネグロ、ブルガリア及びギリシアは、バルカン半島
に残されたトルコ領奪回のため、国民(キリスト教徒)がトルコ人(イ
スラム教徒)に虐待されているという口実でオスマントルコに最後通牒
を発した。
(イ)第一次上海事変(1932) 再掲
日本は、「上海で日本人僧侶が中国人に襲撃され死傷した(著者注:
実際は日本の謀略)ことに対する反撃」として中国を攻撃した。「日本
人居留民保護」も謳われた。
(ウ)日中戦争(1937)
日本の「盧溝橋事件に関する政府声明」は、「全中国の日本人居留民
の生命財産が危殆に陥るに及び、支那軍の暴戻を膺懲し以て南京政府の
反省を促すため断固たる措置をとる」と述べ、中国に対する武力行使を
追認した。
(エ)第二次上海事変(1937) 再掲
日本の米内海軍大臣が「居留民保護のため」陸軍に派兵準備を要請し
た。これにより日中戦争が本格化した。(日中戦争の一部でもある)
(オ)第二次世界大戦:ドイツのポーランドに対する侵攻(1939) 再掲
ヒトラーの宣言では「東方の生存権をめぐるもの」という言葉が使わ
れ、「ポーランドにいる80万人のドイツ人はひどい抑圧にさらされてい
る」と報道していた。
(カ)第二次世界大戦:ソ連のポーランドに対する侵攻(1939) 再掲
スターリンは、「国家崩壊が差し迫ったポーランド在住のウクライナ
系住民とベラルーシ系住民の保護」を謳い、ポーランドに侵攻した。
(キ)アメリカのグレナダ侵攻(1983) 再掲
アメリカは、クーデタを起こした共産軍事政権から約1000人のアメリ
カ人の安全を守ることを表向きの任務として、グレナダに侵攻した。グ
レナダ総督はアメリカに軍事援助を要請していた。アメリカの本当の目
的は共産化の阻止であった。
(ク)アメリカのパナマ侵攻(1989)
アメリカは、アメリカ人の生命とパナマの民主主義を守ること及び麻
薬取引の撲滅を侵攻の表向きの理由としたが、実際にはアメリカ人に生
命の危険はなかった。パナマのノリエガ軍事政権が麻薬密売組織とつな
がりを持ち、反米的姿勢を強めていたことが背景にあった。
(ケ)ウクライナ紛争(クリミア・ドンバス侵攻)(2014)
プーチン大統領は、「ウクライナの極右民族主義勢力からクリミア半
島内のロシア系住民を保護する」との名目を謳い、ウクライナに軍事介
入した。
(コ)ロシア・ウクライナ戦争(2022)
ロシア政府は、「ウクライナ政府によって8年間虐げられてきたロシ
ア系住民を保護するための特別軍事作戦」であると発表している。
カ 相手国や第三国又はその国民のため 10件
相手国や第三国又はその国民のために開戦したと謳うケースも見られ
る。しかし、そのほとんどは建前に過ぎないと考えられる。
(ア)日清戦争(1894)
「清国に対する宣戦の詔勅」では、「独立国家である朝鮮に対する清
国の内政干渉は不当であり、日本は朝鮮の独立確保のために戦う」と謳
っている。
(イ)米西戦争(1898)
アメリカは「キューバ軍事介入承認の合同決議」で、「キューバの独
立、キューバからのスペイン軍の撤退の実現のため」と謳い、スペイン
軍を攻撃した。
(ウ)第一次世界大戦:イギリスのドイツに対する参戦(1914) 再掲
イギリスは、「中立のベルギーを防衛するため」対ドイツ戦に参戦し
た。
(エ)対ソ干渉戦争(シベリア出兵)(1918)
日本は、内閣告示「シベリア出兵宣言」で、「シベリアにいるチェコ
スロバキア軍捕虜の救済のため。アメリカの友好に報いるため。」との
理由を謳い、ソ連に派兵した。
(オ)第二次世界大戦:日ソ戦争(1945) 再掲
ソ連は、「平和の到来を早め、今後の犠牲及び苦難より諸国民を解放
し、かつドイツが無条件降伏拒否後に体験したような危険と破壊から日
本国民を免れるようにするため」との建前で満洲に侵攻した。実際に
は、アメリカ、イギリスとの間に締結された「ヤルタ秘密協定」に基づ
く参戦であった。
(カ)第一次中東戦争(1948)
エジプト、シリア、トランスヨルダン、レバノン、イラクは、「パレ
スチナ人の救済」、「パレスチナ軍を支援するため」との大義名分を掲
げ、イスラエルの建国に抵抗し宣戦布告した。
(キ)ベトナムのカンボジア侵攻(1978) 再掲
ベトナム南部の安全を確保して中国の脅威に備えるための措置であ
り、中国の支援を受け国交断絶を宣言したポルポト政権を転覆させるた
めカンボジアを侵攻したが、ポルポト政権の恐怖政治からカンボジアの
民衆を救うという大義名分も掲げていた。
(ク)アメリカのパナマ侵攻(1989) 再掲
アメリカは、アメリカ人の生命とパナマの民主主義を守ること及び麻
薬取引の撲滅を侵攻の表向きの理由としたが、実際にはアメリカ人に生
命の危険はなかった。
(ケ)NATOのコソボ空爆(1999)
コソボにおけるアルバニア人に対するセルビア軍の迫害を抑止するた
めの人道的介入との名目でNATOはユーゴスラビアとセルビアを空爆
した。
(コ)イラク戦争(2003) 再掲
アメリカ・イギリスは、「イラクが大量破壊兵器を所有しアルカイダ
のテロリストをかくまっている」と疑い、また、「フセインを殺害し残
忍な政権からイラク国民を解放するため」との名目を謳い、イラクを攻
撃した。
キ 領土の奪回のため 6件
領土奪回の目的で開始された戦争等も多い。全て、相手国の一部が過去
に自国の領土であったケースである。
(ア)第一次バルカン戦争(1912) 再掲
セルビア、モンテネグロ、ブルガリア及びギリシアは、バルカン半島
に残されたトルコ領奪回のため、国民(キリスト教徒)がトルコ人(イ
スラム教徒)に虐待されているという口実でオスマントルコに最後通牒
を発した。
(イ)第二次世界大戦:ドイツのポーランドに対する侵攻(1939) 再掲
ドイツは国民向けに「ヴェルサイユ条約で奪われた地域を取り戻す」
と発表している。
(ウ)第四次中東戦争(1973)
エジプトのサダト大統領は軍幹部に「この戦争の政治目的は中東和平
交渉の再始動である。戦争の軍事目的は被占領地の奪回であり、経済目
的はスエズ運河の再開である。」と発言している。
(エ)オガデン戦争(1977)
ソマリアは、ソマリ族の住むオガデン地域をエチオピアから分離させ
る(失地回復する)ためエチオピアを攻撃した。
(オ)フォークランド紛争(1982)
アルゼンチンは、フォークランド島領有権の奪回を主張しイギリス軍
を攻撃した。
(カ)イラクのクウェート侵攻(1990)
イラクは「クウェートが石油生産量や価格を不当に設定し、双方が領
有を主張する地区から不当採掘している」ことを表面的な理由としてい
るが、真の目的はクウェートの石油であり、それまで「歴史的にイラク
の一部であるはずのクウェートが、イギリスにより不当に切り取られ独
立させられた」と主張してきた。
ク 国連の決議または承認によるもの 3件
数は少ないものの、国連安全保障理事会の決議に基づく攻撃も見られ
る。
(ア)湾岸戦争(1991)
イラクのクウェート侵攻に対する制裁として、国連安保理決議に基づ
いて、アメリカを中心とする多国籍軍はイラクを攻撃した。
(イ)NATOのリビア空爆(2011)
リビア(内戦中)の反体制デモに対する政権側の攻撃に関し、国連安
保理決議に基づいて、フランス・イギリス・アメリカを中心としたNAT
O軍がリビアに軍事介入した。
(ウ)マリ空爆(2013) 再掲
マリ(内戦中)のクーデタ政権からの支援要請に基づき、旧宗主国の
フランスとマリ政権等はマリ国内のイスラム勢力に対して攻撃した。こ
れは、国連安保理の承認に沿った介入であった。
ケ その他 17件
上記のいずれにも直ちに該当しない戦争等は以下のとおりである。多様
な参戦名目が見られるが、帝国主義的な領土拡張戦争や東西陣営の対立に
よる戦争などが特徴的である。1991年のソ連崩壊以降は、ここに分類され
る戦争の件数は少ない傾向にある。
(ア) 第二次バルカン戦争(1913)
第一次バルカン戦争の勝者間の取り分に不満のブルガリアは、元同盟
国のセルビアとギリシアを攻撃した。
(イ) ポーランド・ソヴィエト戦争(1920)
ポーランドは、最大版図実現のため、内乱と外国による干渉で疲弊し
たソヴィエトに侵入した。
(ウ)ソ中戦争(奉ソ戦争)(1929)
中国の張学良は、東支鉄道の共同経営権を巡りソ連側勢力の一掃を図
ったが、ソ連は応じず中国を攻撃した。
(エ)イタリア・エチオピア戦争(1935)
イタリアは植民地獲得のためエチオピアを侵略した。
(オ)第二次世界大戦:独ソ戦争(1941)
ドイツは、ナチスのイデオロギーに根ざした反共主義と反ユダヤ主義
の「聖戦」として、また、東欧に"生存権"を拡大するための領土拡張戦
争としてソ連に侵攻した。
(カ)インドシナ戦争(1946)
ベトナムは、ベトナム統一のためハノイを占領したフランス軍に対し
て戦闘行動を起こした。植民地主義に対する解放を目指したもの。
(キ)朝鮮戦争(1950)
北朝鮮の金日成の声明では「韓国軍の全面侵攻に対する反撃」、「祖
国統一、独立と自由と民主のための正義の戦争」として、韓国に侵攻し
た。
(ク)第二次台湾海峡危機(1958)
中国の毛沢東は、ソ連の核の傘の信頼性をテストしようとするととも
に、アメリカの台湾への安全保障コミットメントが金門島まで及ぶのか
どうか試す目的で、金門島を砲撃した。
(ケ)ソ連・東欧5か国のチェコ侵入(1968)
チェコスロバキアの改革(プラハの春)の阻止・介入を目的にしたも
の。
(コ)中ソ国境武力衝突(1969)
中国は、反ソ感情を刺激して国民結束を図るため珍宝島でソ連軍を挑
発したことが発端となり、武力衝突に発展した。
(サ)アメリカのカンボジア侵攻(1970)
ベトナム戦争で戦っている相手(北ベトナム)への攻撃、カンボジア
共産党の打倒のため。
(シ)南ベトナムのラオス侵攻(1971)
南ベトナムとアメリカは、ベトナム戦争におけるアメリカの苦境挽回
及び反共勢力の支援のため、内戦中のラオスに侵攻した。
(ス)アフガニスタン侵攻(1979)
ソ連は、内戦中のアフガニスタンのアミン政権を打倒し親ソ連政権樹
立のため武力介入した。
(セ)第三次台湾海峡危機(1995)
中国は、台湾の李登輝総統の訪米と台湾総統選挙を国民投票で行うこ
とに対する批判として、核実験や台湾沖37kmの海域にミサイルを発射
する等、台湾海峡の大陸沿岸部で大規模な軍事演習を行った。これに対
し、アメリカは空母部隊2個を台湾周辺に派遣し中国を牽制した。
(ソ)トルコのイラク北部攻撃(2007)
トルコ国内でのクルドの分離独立を阻止するため、イラク北部のクル
ド労働党を攻撃した。
(タ)南オセチア戦争(2008)
ジョージアは、南オセチアの分離独立を阻止するため、ロシアが支援
している南オセチア地域に侵入した。
(チ)シリア空爆(2017)
アメリカ国防総省は、アサド政権が化学兵器を国内で使用したのに対
し「二度と化学兵器を使わないように抑止するため」との名目で、化学
兵器を貯蔵しているとしたシリアの空軍基地をミサイル攻撃した。
(3)先制相手国の状況
(2)では先制国の開戦理由について見てきたが、ここでは逆に、先制さ
れた国が当時どのような状況にあったかについて確認した。戦争を仕掛け
られやすくなる条件というものがあるとすれば、それを明らかにすること
は有意義であろうとの考えからである。
結果は別表(開戦理由一覧表)にまとめたが、次のア及びイの二つの状
況要因が多くの戦争等において共通していることが判明した。
ア 自国の領土の一部(又は全部)がかつて先制国の領土だった 20件
領土の一部が他国の領土だったという歴史がある場合は、その他国に
「領土奪還」という目標を抱かせやすくなることから、攻撃を受ける可能
性も高くなると考えられる。また、このような歴史がある場合、自国内に
他民族居住地域が広範に亘ることも多いため、その保護を理由とした戦争
も仕掛けられやすくなると考えられる。
(ア)第一次バルカン戦争(1912)
オスマン帝国の一部(バルカン半島内)はセルビア等の領土だったこ
とがある。
(イ)第一次世界大戦:フランスのドイツに対する参戦(1914)
ドイツのアルザス・ロレーヌ地方はフランス領だったことがある。
(ウ)第二次世界大戦:ドイツのポーランドに対する侵攻(1939)
ポーランド領ではないものの実際にはポーランドが管理していたダン
ツィヒは、第一次世界大戦の結果ドイツから分離された都市だった。
(エ)第二次世界大戦:ソ連のポーランドに対する侵攻(1939)
ポーランドの土地は、かつてロシア帝国やソ連の領土だったことがあ
る。
(オ)第二次世界大戦:日ソ戦争(1945)
南樺太や千島列島が以前はロシアの領土だったことのほか、遼東半島
はかつてロシアの租借地であり、過去にはハルビンや満洲の鉄道周辺地
も実質的にロシアが支配していた。
(カ)インドシナ戦争(1946)
ベトナムはフランスの植民地だった。
(キ)第一次中東戦争(1948)
イスラエルの国土は、その建国前の過去においてはパレスチナ、アラ
ブ諸国の土地であった。
(ク)朝鮮戦争(1950)
韓国は北朝鮮の領土だったわけではないが、日本による統治以前は一
つの国家だったことから、ここでは広い意味でこの項目に該当するもの
とした。
(ケ)第一次台湾海峡危機(1954)
台湾は日清戦争の結果中国(清)から日本に割譲されたものであり、元
は中国の領土だった。
(コ)第二次台湾海峡危機(1958)
(第一次台湾海峡危機で記載のとおり。)
(サ)第四次中東戦争(1973)
イスラエルの国土は、その建国前の過去においてはシリアを含むパレ
スチナ、アラブ諸国の土地であったことに加え、イスラエルが占領して
いたシナイ半島は元々エジプトの領土だった。
(シ)オガデン戦争(1977)
正確にはソマリアの領土だったわけではないが、エチオピアの一部に
は伝統的にソマリ人が居住していた地方があったことから、ここでは広
い意味でこの項目に該当するものとした。
(ス)フォークランド紛争(1982)
イギリス領フォークランド諸島は、19世紀の一時期アルゼンチンが領
有していた。
(セ)イラクのクウェート侵攻(1990)
クウェート地域はかつてオスマン帝国の支配下にあり、イラクはオス
マン帝国のアラブ地域における後継者と主張していた。
(ソ)第三次台湾海峡危機(1995)
(第一次台湾海峡危機で記載のとおり。)
(タ)南オセチア戦争(2008)
ロシア革命後、南オセチア地域はグルジア(現ジョージア)に編入さ
れた経緯がある。
(チ)北朝鮮の延坪島砲撃(2010)
(朝鮮戦争で記載のとおり。)
(ツ)ウクライナ紛争(クリミア・ドンバス侵攻)(2014)
ソ連が崩壊する前まで、ウクライナはソ連邦を構成する共和国だっ
た。
(テ)ロシア・ウクライナ戦争(2022)
(ウクライナ紛争(クリミア・ドンバス侵攻)で記載のとおり。)
(ト)パレスチナ・イスラエル戦争(2023)
(第一次中東戦争で記載のとおり。)
イ 内戦中又は国内が社会的に不安定状態だった 42件
内戦中の場合、その一方または両方の勢力が優位に立ちたいため外国の
援助を要請することで他国の介入を招き、その攻撃を受けることになりが
ちである。また、国内に武力を持つ反政府勢力が存在するなど社会的に不
安定な状態である場合にも、国民の結束が弱っていると見込まれて他国か
らの侵攻を受けやすくなると考えられる。戒厳令発令中である場合や革命
中・革命直後である場合もこれに該当する。
ここでは、個別の戦争等についての記載は省略し、「内戦中」と「社会
的不安定状態」に分けて、これに該当すると考えられる戦争等を列記す
る。
(ア)内戦中だった 21件
日清戦争(1894)、米西戦争(1898)、満洲事変(1931)、第一次上
海事変(1932)、日中戦争(1937)、第二次上海事変(1937)、ラオ
ス爆撃(1964)、ベトナム戦争(1965)、アメリカのカンボジア侵攻
(1970)、南ベトナムのラオス侵攻(1971)、ベトナムのカンボジア
侵攻(1978)、アフガニスタン侵攻(1979)、レバノン戦争(1982)、
NATOのコソボ空爆(1999)、アフガニスタン戦争(2001)、NATOの
リビア空爆(2011)、マリ空爆(2013)、シリア及びイラク空爆
(2014)、シリア空爆(2015)、シリア空爆(2017)、イスラエルの
シリア侵攻(2024)
(イ)国内が社会的に不安定状態だった 21件
日露戦争(1904)、対ソ干渉戦争(シベリア出兵)(1918)、ポーラン
ド・ソヴィエト戦争(1920)、ソ・中戦争(奉ソ戦争)(1929)、第
一次台湾海峡危機(1954)、ハンガリー動乱へのソ連介入(1956)、
第一次台湾海峡危機(1958)、ソ連・東欧5か国のチェコ侵入(1968)、
オガデン戦争(1977)、イラン・イラク戦争(1980)、アメリカのグレ
ナダ侵攻(1983)、アメリカによるアフガニスタン・スーダンのアルカ
イダ拠点爆撃(1998)、イスラエルのガザ・レバノン侵攻(2006)、イ
ランのイラク北部砲撃(2007)、トルコのイラク北部攻撃(2007)、
ガザ紛争(2008)、イスラエルのガザ大規模空爆(2012)、ガザ空爆
(2014)、ウクライナ紛争(クリミア・ドンバス侵攻)(2014)、アフ
ガン空爆(2017)、ロシア・ウクライナ戦争(2022)
4 考察
以上の調査結果により、次のことが確認できる。なお、別表(開戦理由一覧表)を参照しながら見るとより理解が容易となる。
(1)今回の調査対象とした89件の戦争等のうち57件(概ね2/3)は、相
手国の状況が「領土の一部がかつて先制国の領土だった」または「内戦中
か社会的不安定状態だった」に該当する場合に起こっている。よって、多
くの戦争等は、自国の領土の一部が他国の領土だったことがある場合また
は自国が内戦中や不安定な社会情勢である場合に仕掛けられている。
(2)約半数の戦争等が、参戦類型として「同盟や条約等に基づく参戦」、
「国境又は資源を巡る紛争」、「報復戦争」のいずれかに該当している。
(3)89件の戦争等のうち、上に述べた相手国の状況(2つ)と参戦類型(3
つ)のいずれにも該当しないものはわずか12件と少なく、特に帝国主義の
時代が終わった第二次世界大戦後においては、イスラエル(4件)、アメリ
カ(3件)、中国(1件)が先制した8件だけである。
(4)ソ連崩壊後(1991年12月以降)に発生した31件の戦争等に限ってみ
ると、そのうち22件(71%)は、相手国の状況が「領土の一部がかつて先
制国の領土だった」または「内戦中か社会的不安定状態だった」に該当す
る場合に起こっている。
また、31件中19件(61%)の戦争等が、参戦類型として「同盟や条約等
に基づく参戦」、「国境又は資源を巡る紛争」または「報復戦争」のいず
れかに該当している。
さらに、上記の相手国の状況(2つ)と参戦類型(3つ)のいずれにも該当
しないものは31件中2件と極めて少なく、イスラエル(1件)、アメリカ
(1件)が先制したものだけである。
上記(1)から(4)で確認できたことによって、次のことが言えると考える。
◎ 戦争を仕掛けられないためには、
① 他国の領土を占領しないこと(国境問題を軍事力で解決しないこと)
② 内戦など国内を不安定な状態にしないないこと
③ 他国から報復されるような事件を起こさないこと
の3要件が重要である。
この要件がそろっていれば、戦争を仕掛けられる確率は極めて低いのが本調査結果からわかる現実である。
さらに、④軍事同盟を避けることは、無用な参戦を回避する上で重要である。
なお、現時点の日本は、①②③には該当していないことから、自らが先制攻撃を行わない限り、他国から戦争を仕掛けられる可能性は極めて小さいと考えられる。
しかし、事実上の軍事同盟を結んでいるため、無用な参戦を回避できない危険性は残っていると考えられる。
参考とした資料(順不同)
「日本史史料(4)近代」歴史学研究会編 岩波書店 1997.7.10
「アメリカ史『読む』年表事典(2)19世紀」中村甚五郎編著 原書房 2011.6.30
「新版 アフリカを知る事典」小田英郎・川田順造・伊谷純一郎・田中二郎・米山俊直監修 平凡社 2010.11.25
「改訂増補第2版 世界戦争事典」ジョージ・C ・コーン著 河出書房新社 2014.9.30
「現代の起点 第1次世界大戦 1 世界戦争」山室信一・岡田暁生・小関隆・藤原辰史編 岩波書店 2014.4.9
「新版 ロシアを知る事典」川端香男里・佐藤経明・中村喜和・和田春樹・塩川信明・栖原学・沼野充義監修 平凡社 2004.1.20
「<満洲>の歴史」小林英夫著 講談社現代新書 2008.11.20
「日中戦争」小林英夫著 講談社現代新書 2007.7.20
「昭和時代 戦前・戦中期」読売新聞昭和時代プロジェクト 中央公論新社 2014.7.10
「イタリアの歴史を知るための50章」高橋進・村上義和編著 明石書店 2017.12.10
「日本史史料(5)現代」歴史学研究会編 岩波書店 1997.4.24
「ノモンハン戦争」田中克彦著 岩波新書 2009.6.19
「1939年誰も望まなかった戦争」フレデリック・テイラー著 白水社 2022.4.5
「第二次世界大戦1939-45(上)」アントニー・ビーヴァー著 白水社 2015.6.10
「池上彰と学ぶロシア・ウクライナの歴史地図」(株)地理情報開発編 池上彰監修 平凡社 2024.6.23
「世界の歴史28 第二次世界大戦から米ソ対立へ」油井大三郎・古田元夫著 中央公論社 1998.8.25
「敗者の日本史20 ポツダム宣言と軍国日本」古川隆久著 吉川弘文館 2012.12.1
「図説 世界の歴史9 第二次世界大戦と戦後の世界」J・M・ロバーツ著 創元社 2003.9.20
「図説 中東戦争全史」渡辺義之編集 学習研究社 2002.10.1
「朝鮮戦争全史」和田春樹著 岩波書店 2002.3.11
「世界の歴史29 冷戦と経済繁栄」猪木武徳・高橋進著 中央公論新社 1999.4.25
「イスラエルを知るための62章 第2版」立山良司著 明石書店 2018.6.30
「図説 世界の歴史10 新たなる世界秩序を求めて」J・M・ロバーツ著 創元社 2003.10.20
「ラオスを知るための60章 第2版」菊池陽子・鈴木玲子著 明石書店 2025.11.15
「これならわかる戦争の歴史Q&A」石出法太・石出みどり著 大月書店 2020.9.15
「ロシアの歴史を知るための50章」下斗米伸夫著 明石書店 2016.11.30
「エチオピアを知るための50章」岡倉登志著 明石書店 2007.12.25
「一冊でわかるベトナム史」岡田雅志著 河出書房新社 2024.8.30
「アラブ・イスラエル紛争地図」マーティン・ギルバート 明石書店 2015.5.25
「現代イラクを知るための60章」酒井啓子・吉岡明子・山尾大著 明石書店2013.3.15
「世界の歴史30 新世紀の世界と日本」下斗米伸夫・北岡伸一著 中央公論新社 1999.5.25
「アフガン25年戦争」遠藤義雄著 平凡社 2002.2.20
「セルビアを知るための60章」柴宜弘・山崎信一著 明石書店 2015.10.25
「パレスチナ和平交渉の歴史」阿部俊哉著 みすず書房 2024.5.10
「シリア・レバノンを知るための64章」黒木英充著 明石書店 2013.8.31
「しんぶん赤旗」WEB版 2007.8.20
「トルコを知るための53章」大村幸弘・永田耕三・内藤正典著 明石書店 2012.4.1
「新版 北朝鮮入門」礒﨑敦仁・澤田克己著 東洋経済新報社 2017.1.26
「2012年のイスラエル情勢に関する報道」日本安全保障戦略研究所 WEB
「終わりなき戦争紛争の100年史」六辻彰二著 さくら舎 2020.10.10
「シリア情勢」青山弘之著 岩波新書 2017.3.22
「BBC NEWS JAPAN」WEB 2017.4.7
「日本経済新聞」WEB 2017.4.14
「ウィキペディア」WEB
「バルカン」マーク・マゾワー著 中公新書 2017.6.25
「新書アフリカ史 改訂新版」宮本正興・松田素二編 講談社現代新書 2018.11.20
「世界を変えた名演説集」サイモン・シーバッグ・モンテフィオーレ著 清流出版 2009.6.15
別表 開戦理由一覧表

