となりの億万長者【第5話】「やさしくしなきゃ」から自由になるまで
「変わっちゃったね」と言われる私に
「なんか冷たくなったね」
「前はもっと、やさしかったのに」
そう言われるようになったのは、私が“変わってしまった”頃から。
そう言われると 普通に胸が痛むなあ。やさしくない自分は、悪いことのように思えたし、自分としては 冷たくしているつもりはないので「誤解だよ。ほんとはね・・」と弁解していた。
でもいま、私は思うのです。
「変わってしまった」んじゃなくて、
やっと、本来の自分に戻ったのかもしれない。
「いい人」でいようとしていたあの頃
あの頃の私は、とにかく人にやさしくあろうとしていた。
相手の気持ちをくみ取り、誰かを怒らせたり、不快にさせないようにして、場を和ませてきた。
「いい人でいたい」とまでは思わないけれど、
気分を害さないようにふるまうのは
好かれる条件だと思っていました。
だって、わざわざイヤな気持ちになる人と
一緒にいたいとは思わないじゃない?
だから、一生懸命ご機嫌を取ったよ。
そういう「仲良くしてもらうために ヨイショしてへつらう」なんて
一番いっしょにいたくないタイプに自分自身がなってしまったとしても。
だから、相談されたら とことん聞いたし、
誰かが泣けば 一緒に泣いちゃう自分は
みんなと一体感を感じられてうれしかった。
(「ああ 卒業式で泣かないと 冷たい人と言われそう♪」っていう
斉藤由貴の古い歌があるよね)
「癒さない」関係のなかで立ち上がる
でも今は──
必要以上に“癒さない”自分がいる。
あのBBQで出会った人たちは、誰一人、私を癒そうとしなかった。
ただそこにいて、
「で、どうするの?」とだけ、言ってくれた。
最初は寂しく感じたけれど、あのとき、私は自分の足で“立った”。
それからというもの、人の感情のなかに沈み込むことは少なくなったし、「かわいそう」と言ってほしがる自分を、見つめられるようになった。
あれは、ひとつの通過儀礼だったんだと思う。
もう、その空気には戻れない
昔は居心地が良かったはずの場所。
「わかるよ」「つらいね」と言い合える関係。
でも今の私は、その空気に何も感じなくなっちゃった。
悪いことをしているわけじゃない。
誰かを否定したいわけでもない。
でも、“変わってしまった”私には、
その世界のルールが、少し合わなくなってしまったのです。
かつての仲間と、話が噛み合わなくなった
今の私は、かつて仲良しだった友人たちと、
前のようには付き合っていません。
「かわいそうと言ってほしがる自分」を見つめるように
誰かの「自分が苦しんでいると知ってもらいたい」という願いに
「うん」しか言えない。
そんなだから、久しぶりに会っても 話がかみ合わないこともあって。
それでも、罪悪感はないかなあ。
変わることは、贈り物を受け取ること
なぜなら、変わってしまうことを選んだのは私で、
その選択のせいで起こってしまうことは、どんなものでも
変化の先から贈られたギフトとして私は全部受け取ることにしているから。
関係が終わることは、悲しいことじゃない。
それは、ひとつの役目を終えたということなのです。
やりきったということで、ケリがついてしまったということで
新しい別の役目が始まってしまったということなのです。
未来の話しかしない人たち
私は、変わった。
そして、私のまわりにいる人も、変わった。
今、一緒にいる人たちは、
「今まで」ではなく「これから」に興味がある人たち。
話す内容が、悩み相談ではなく、未来の構想になった。
「どうしたらいい?」ではなく、
「こうしようと思ってる。もっとよくできるかな?」になった。
そうやって少しずつ、私の人生は、内側から質が変わっていった。
変わって、本当によかった
ちょっと思い描いていたような感じではなかったけど。
でも、後悔はまったくないなあ。
むしろ、「あのままでいなくてよかった」と、心から思ってます。
やさしさで自分をすり減らしていたあの頃。
気を遣うことで愛情を手に入れようとしていたあの頃。
もう、戻らなくていい。
「変わったね」と言われたら、笑って、こう返そうと思うのです。
うん、変わったよ。
思っていたよりも ずっとよくなった。
──つづく
