となりの億万長者【第2話】失敗しないように支え合う仲間は 失敗したら去っていく
「なんでこうなっちゃったの?」
──誰よりも、私が一番そう思っていました。
もうすぐ30歳になるころ。
私は、どこにでもいる普通の子育てママでした。
フリーランスで仕事をしていて、結婚もして、
日常はちょっと不安定だけど、なんとか暮らせている。
そんなふうに思っていました。
でも、突然すべてが崩れました。
夫の父──舅が急死し、家族の中心がぽっかり空いて。
そこからまるでドミノのように、家族が壊れていったのです。
跡取りだった舅(息子)を亡くした 大舅と大姑の落胆はひどいもので、ふさぎ込んで家にこもるようになりました。
ほどなくして大舅はインフルエンザにかかり、治ったころには起き上がれなくなってそのまま寝たきりに。
大姑は認知症を発症しました。
夫を失たうえに、さらには義両親2人の介護に疲れ切った姑は、やがてうつ病を発症。
それまで若い私と夫にとって
「頼りになる 支えてくれる存在」だった家族が、
一気に「抱え込まなければならない荷物」になってしまった。
私と夫ふたりで、その全てを背負うことになりました。
夫の会社には介護支援制度なんてなくて休めないし
私の仕事も繁忙期は家に帰れないし ヒマな時は収入ゼロの月もある フリーランスで不安定。
子どもは小さく、これからお金はどんどんかかる。
時間も お金も 人手も 何もかもが致命的に足りていない。
「なんとかしなきゃ」
「この現実を変えられる自分にならなくちゃ」
そう思って、自己啓発セミナーに通いました。
“強くなりたい”の先に待っていたもの
お金がないのに、参加費をどうにか捻出して申し込んだセミナー。
「家族を守れる強さを手に入れたい」
「もっと安心したい」「変わりたい」
その願いを胸に、何度も通いました。
会場では勇気が出た。心の深いところが癒されて、いっぱい泣いた。
「できる気がする」とやるきがどんどんわいてきた。
変われるような気がした。
でも、家に帰ると現実はひとつも変わっていないのです。
むしろ、悪化していくばかりでした。
介護の時間は増え、家の空気は重くなり、
夫との会話も減って、話せばケンカ。
そして、収入はどんどん減っていって──
ついに健康保険すら払えなくなりました。
無保険のまま働き続け、
食事も適当になって、
夜中に何度も目が覚める。
「誰かに相談したい」と思って携帯を手に取っても、
「でも、これ話してどうなるんだろう」と思って閉じる。
そうして過ごす日々の中で、
人が離れていく感覚が始まりました。
“優しい人たち”は、誰もなくいなくなった
あんなに仲が良かった友人たちが、
少しずつ、そっと距離を置いていきました。
最初は返信が遅くなるだけ。
「ごめんね、ちょっとバタバタしてて」
「また今度、ゆっくり話そう」
その言葉に、私は希望を持っていました。
でも、「またね」は──二度と来ませんでした。
ふと気づいたとき、
私はひとりになっていたんです。
助けがほしかったわけじゃなかった
「なんで、こんなことに?」
その答えを探すように、私はまたセミナーに通い、
また感動し、また泣いて、「今度こそ、できる!」と思って帰ってきて、
でもやっぱり、現実は変わらない。
その繰り返しのなかで、ある日、ふと気づきました。
私は“どうしたらいいか”を本気で聞いていたんじゃなかった。
ただ、
「あなたは悪くないよ」
「それは大変だったね」
「あなたはよくやってる」
そんなふうに言ってもらいたかっただけだったんです。
本当にほしかったのは、アドバイスでも解決策でもなく──
同情だった。
「相談」という名前の、正当化だった。
それに気づいたとき、情けなくて、恥ずかしくて!!
・・・・・・・・・でも納得しました。
彼女たちは、私を見捨てたのではない
誰も、私を見捨てたわけじゃなかった。
私自身が、
お金がないの、何もかもが大変なの
でもそれは どうしようもない事情があって・・と繰り返しながら、
不満と苦しみばかりを垂れ流し、
「どうしたらいい?」と聞きながら、何ひとつ変えようとしないんだもの。
そんな話、私だって、されたら困る(笑)
何もしてあげられないのだし
そんなこと言われたって 何も言えないし。
それじゃあ、たれ流す話を聞いてあげるくらいはできるかもしれないけど
あの頃の私と話したいことはなーんにもないと思うもん(笑)
そしてようやく、意味がわかった言葉
それでも私は、誰かの優しい言葉を待ち続けていました。
気遣ってもらえることが、愛情だと信じていた。
でも、本当の愛情って、
「変わらないあなたを”そのままでいいよ”と肯定すること」じゃなくて
「変われるあなたを信じること」だったんです。
そのことに気づいたとき、私は──
あのときのおじさんの言葉を、思い出しました。
「たくさん失敗して、
それでも立ち上がって、
次のチャレンジを生み出せる場でないのなら──」
「いい人たちでも、一緒にいちゃいけない」
あのときは、血も涙もない残酷なように聞こえたその言葉が、
いまの私には、痛いほど真実でした。
優しさに見えるものが、私を止めていた
「変わらない」ことを受け入れてくれる関係は、
たしかに安心できる。
でもそれは、“これ以上 失敗しないように支え合う関係”だった。
その関係の中で、本当に失敗したら──
誰も残っていなかった。
失敗しないように、優しさで支え合う関係は、
失敗した瞬間、機能を失う。
そしてその 支え合いのかたちを、
私は無意識に選びつづけていたのです。
第3話へ──“誇らない人たち”との出会い
次回、第3話。
「失敗を笑わない・誇らない人たち」と出会う日がやってきます。
私はどんなふうに立ち上がっていくのか?
その兆しは、静かに始まっていきました。
──つづく
