となりの億万長者【第3話】失敗を笑わない人たち
私が暮らす千葉県には、全国に名をとどろかす大経営者が何人もいます。
サイゼリヤ1号店があるのは千葉県船橋市。
その創業者・正垣泰彦氏に影響を受けて、県内ではサイゼリヤの哲学を学ぶ経営者の勉強会の活動も活発です。
千葉県松戸市を拠点にしているドラッグストア界の巨人・松本清雄氏(マツキヨココカラ&カンパニー代表)の経営戦略を研究・実践する勉強会もあるし、
前澤友作さんなんて、ZOZO本社がある海浜幕張あたりで 超高級車を走らせている姿を今でもたまに見かけます。
そんな土地柄だからか、
おじさんの周囲にもいわゆる“経営者”や“実業家”が多く集まっていたようです。
でも──その人たちは、よくある「成功者」のようなギラつきや競争心とは、まるで無縁でした。
BBQにいたのは、「普通の人」だった
畑で立ち話をしたある日、おじさんがふいに言いました。
「今度、うちのBBQ来てみなよ」
あまりにも気軽に誘ってくれたのもあって、なんとなく出かけたその場所。
都内のビルの屋上テラスで開かれていたその集まりには、
親切で穏やかで、どこか洗練された雰囲気の人たちがいました。
でも、見た目はふつう。
本当にふつう。
そこらへんのドブ川で釣りをしていそうな人もいれば、近所の商店街にいそうな人もいる。
なのに、話している内容は……すごかった。
「いや〜、去年、久しぶりに1億くらい飛ばしたわ」
「人員削減じゃなくて、事業の骨格から変えたのよ」
「海外に移した拠点を戻してみたんだけど、円安の今は逆にね……」
ケタが違う。
でも、もっと驚いたのは──
”話し方と空気の“静けさ”でした。
誰も誇らない。誰も笑わない。
その場では、誰も成功を誇らない。
自慢しないし、語りすぎもしない。
誰かが「去年、破産しかけてね」と言っても、
誰も驚かない。
誰も慰めない。
誰も「だから言ったじゃない」とも言わない。
ただ、こう聞くのです。
「それで、Bプランは?Cプランもあるんでしょう?」
「リカバリーは、どうかけるの?」
失敗をいじらず、笑わず、アドバイスもせず、
「次の一手」だけが問われる。
そんな場は、私は初めてで、そして心から感動しました。
私がいた世界では、失敗はネタだった
思い返せば、私がいた“普通の世界”では、
失敗はいつも笑われるか、慰められるものでした。
そして「いい人」であるほど、アドバイスしてくれました。
「次からこうすればいいよ」とか、「私も似たことあったよ」とか。
でも、ここにいる人たちは、
そういった“感情の処理”を一切しない。
失敗は誰でもするもの。
でも、どう立て直すかは、あなただけのテーマ。
この人たちにとって、
他人の失敗は、いじる対象ではなく、
語る必要もない「前提条件」だったんです。
「口を出す余裕がある人」がいない場所
BBQが終わるころ、おじさんが私の隣に来て言いました。
「いい場所だったろ?」
「あれが、“立ち上がるのが当たり前な場所”だよ」
私はうなずきながら、ひとつ聞いてみました。
「でも……困っている人がいるのに
なんで誰もアドバイスとかしないんですか?」
おじさんは軽く笑って答えました。
「他人の失敗に口出しできるって思ってるうちは、
まだ当事者じゃないんだよ」
「この人たちは、今も“現場”にいて、リスクをとってる」
「だから、他人のことを“処理”しようとしないんだ」
私は、静かに深く納得しました。
誰かの哲学を、黙って体現している人たち
その場にいた人たちが、特別に優れているようには見えませんでした。
でも、皆が自分の“現場”で、精一杯 静かに進化を続けているように感じました。
たとえば──
イエローハット創業者であり「トイレ掃除の神様」と呼ばれた鍵山秀三郎さんの哲学を受け継ぎ、いまも素手で会社のトイレ掃除を続けている経営者がいるように。
たとえば──
誰かの思想を経営に落とし込み、誰にも見えないところで実践している人たちがいるように。
サイゼリヤの正垣さんも、松本清雄さんも、前澤さんも、
みんな最初は「誰かの哲学」を手がかりに、自分の道を切り開いてきたのかもしれない。
そしていま、私のそばにいるこの人たちもまた、
そんなふうにして生きている人たちだったのだと、思いました。
この夜の空気を、私はたぶん、一生忘れません。
──つづく
