母と娘と赤ちゃんを見つめながら
娘が里帰りしてから、たくさんの時間が流れた。
最初の頃を、今でも鮮明に覚えている。
母、妻、娘が、約15年ぶりに同じ家で過ごす朝。
外はまだ少し肌寒かったけれど、家の中にはやわらかな日差しが差し込んでいた。
三人でフルーツを食べ、コーヒーを飲みながら、これから生まれてくる赤ちゃんの話をしていた。
その時間には、希望と期待が満ちていた。
娘は、赤ちゃんの頃から大学進学で東京へ行くまで、母と同じ家で暮らしてきた。
だからこそ、母にとって娘は、ただの孫ではなく、ずっと近くで見守ってきた大切な存在だったのだと思う。
二年前、娘が結婚したときも、母への感謝があふれる式だった。
そして今年の三月末、母の91歳の誕生日を家族で祝ったとき、母は私の作った動画を見ながら、とても幸せそうな顔をしていた。
けれど、その頃から母の体調に変化が見え始めた。
ふらつき、めまい、強い疲れ。
病院で貧血とわかり、通院して鉄剤の注射を受けることになったが、車で病院へ行くだけでも母には大きな負担だった。
私自身も、母にどう接すればよいのか分からない日が続いた。
娘はきっと、自分が帰省したことで母に無理をさせてしまったのではないかと、自分を責めていたと思う。
その後、母の体調はさらに悪化し、緊急入院することになった。
すると、まるで母の入院を待っていたかのように、娘の陣痛も強くなった。
そして入院から5日後、娘は無事に女の子を出産した。
かなりの難産だったようだ。
それでも娘は、「おばあちゃんに赤ちゃんを抱っこしてほしい」という一心で、一番苦しい時間を乗り越えたと言っていた。
一方で母も、「自分のせいで娘につらい思いをさせてしまった」と申し訳なさそうに話していた。
お互いに、お互いを思いやっていた。
そして、お互いの存在に救われていた。
母は、娘が里帰りして、赤ちゃんに会える日を希望にして生きてきた。
だからこそ、入院中も治療を受け、病院食も自分から食べようと頑張っていたのだと思う。
以前の入院では、病院食が合わず、「このままでは死んでしまう」とまで言っていた母だった。
その母が、今回は娘と赤ちゃんに会いたい一心で、食べることにも向き合っていた。
その姿を見て、私は思った。
人は、会いたい人がいると、もう一度生きる力を取り戻すのかもしれない。
そして五日前、母は退院した。
ようやく家に帰り、娘と赤ちゃんに会うことができた。
今、私が日記を書いている目の前で、あの里帰りした日の朝と同じような、温かな時間が流れている。
フルーツを食べ、コーヒーを飲みながら、母、妻、娘が会話を楽しんでいる。
でも、あの頃とは大きく違うことがある。
娘は、母になった。
そばには、赤ちゃんがすやすやと眠っている。
母は、大きな病気を乗り越え、娘と赤ちゃんを愛おしそうに見つめている。
妻は、母の介護をしながら、娘に赤ちゃんのお世話を教え、家族みんなを静かに支えてくれている。
庭には、ピンク色の西洋シャクナゲが咲いている。
まるで、この家族の再会を祝ってくれているようだった。
娘は毎日のように言う。
「赤ちゃんって、なんでこんなにかわいいんだろう。
赤ちゃんがいてくれて、本当に幸せだね。」
その言葉を聞きながら、私は思う。
母にとっても、子どもとはそういう存在だったのだろう。
私にとって娘がそうであるように。
妻にとって娘がそうであるように。
母になったあなたも、私たちにとっては、
今でも大切な娘であり、子どもであることに変わりはない。
けれど今、その姿はひと回り大きく、頼もしく見える。
新米ママ、今日もがんばれ。
お母さん、今日も元気でいてね。
この時間が、少しでも長く続きますように。
