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私の数秘

生きづらさに、名前がつくときがあります。

正解かどうかは分からないけれど、
「ああ、それかもしれない」と
少し息がしやすくなる瞬間。

最近、数秘33について書かれた、
まったくタイプの違う2つの記事に出会いました。

ひとつは、
数秘33を説明しようとしながら、
最後は「結局よく分からない人たちだよね」と
軽やかに着地する…。

自由で、つかみどころがなくて、
良いところと厄介なところが極端で、
説明しようとすると、するりと逃げていく。

読んでいて、
「分からないままでいい」
そう言われた気がしました。

灰色の空さん

数秘33について


もうひとつは、
数秘33として生きてきた人生そのものを、
静かに辿る物語。

違和感、転職、身体の不調、立ち止まり。
そして、自分を理解し、許していく過程…。

数秘33を
「痛みを光に変える人」
と表現していて、
胸の奥がじんわり温かくなりました。

同じ33なのに、
こんなにも切り口が違う。

片方は「説明できなさ」を肯定し、
もう片方は「生きてきた証」を語っている…。

Samk/数秘33さん

数秘33が歩んだ「痛みを光に変える物語」― 数秘で自分を取り戻すまで ―


どちらも正しい気がして、
どちらにも強く頷いてしまいました。

そして、読み終えたあとに、
ふと残った感覚があります。

否定できない自分と、
「そうかもしれない」と思う、半信半疑な自分。

数秘33と言われると、
確かに心当たりはあります。

でも同時に、
もしかしたら私は、
3+3=6の基質も、
無意識に併せ持って生きているのかもしれない、
とも思うのです。

家族や日常や、
目の前の現実に手を伸ばしながら、
ふと遠くを見てしまう感じ…。

きっと私は、
どちらかに決めなくていい場所にいるのかな。

説明できなくてもいい33と、
ちゃんと地に足のついた6。
その間を、行ったり来たりしながら…。

この2つの記事に出会って、
そう思えるようになっただけでも、
今の私には、十分でした。


※ちなみに、数秘は…
生まれた日を数字に分けて全部足し、二桁になったらさらに足す。たとえば「1983年3月3日」なら…1+9+8+3+3+3=27 → 2+7=9。

ただし、11・22・33のようなマスターナンバーは、この段階でそのまま残します。


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