「きつい仕事なのに賃金が低い」は甘えである
2025年8月6日の朝日新聞朝刊に掲載された、最低賃金引き上げに関する労働者のコメントが目に留まりました。
そこには、「きつい仕事なのに賃金が低い。自分が果たしている責任や努力が正当に評価されていない。政府には、正規と格差のない時間給の設定を、と求めた」とあった。

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きつい仕事なのに賃金が低い。自分が果たしている責任や努力が正当に評価されていない。政府には、正規と格差のない時間給の設定を、と求めた。
この言葉に共感する人は多いことでしょう。
しかし、私はこの記事を読んで、違和感を感じました。「甘え」と「勘違い」が透けて見えるんです。日本中の苦労して働く人々に塩を塗るような発言であることは承知の上で、あえて厳し目に書いちゃいます。
この発言は、労働者側の勝手な思い込みと、都合のいい責任転嫁に満ちていると感じました。このような感情的な発言には、労働者側の一方的な視点が強く反映されています。経営者側、すなわち給与を支払う側の視点がまったくないのです。
この短い文章に3つの誤りがあることに気付きました。
間違い1:きつい仕事だから賃金が高くなるわけではないこと
間違い2:正当に評価されてないと思っているのは労働者だけで、経営者からみたら正当に評価している
間違い3:政府に、正規と格差のない時間給の設定を求めるのはお門違い
今日は、この3点について考えてみます。
間違い1:きつい仕事だから賃金が高くなるわけではない
きつい仕事と賃金の因果関係は幻想なんですよ。「きつい仕事」だから「賃金が高くなる」という考え方は、根本的に間違っています。
これは、労働者側の主観的な感情ですよね。ビジネスの世界では、感情や努力の多さで給料が決まるわけではないからです。
給料とは、会社が生み出した利益の一部を、従業員に分配する仕組みですよ。その分配の基準は、仕事の「きつさ」ではなく、「生み出す利益」なんです。どれだけ汗水たらして働こうが、それが会社の利益に直結していなければ、高賃金は望めないってことです。
例えば、建設現場の肉体労働は「きつい仕事」の典型ですよね。炎天下での重労働です。しかし、その給料は、会社の経営状況、資材費、人件費、そしてその仕事が最終的に生み出す収益によって決まります。
一方、自宅でパソコン一つでできる簡単な仕事でも、会社の利益に大きく貢献していれば、高賃金を得られるケースはいくらでもあることはご存知の通り。
「きついからもっと給料をくれ」という発想は、市場原理を無視した子どもじみた論理です。もし仕事がきついと感じるなら、それはあなたの問題であり、その仕事が利益を生み出していない、あるいはその会社の経営がうまくいっていない可能性を疑うのが筋です。
間違い2:経営者からみたら正当に評価している
間違いの二つ目としては、正当に評価されてないと思っているのは労働者だけなんですよ。経営者からみたら、つまり給与を払う側からしたら、正当に評価していますよ。
では、経営者から見た「正当な評価」とは?
「自分が果たしている責任や努力が正当に評価されていない」という嘆きも、一方的な思い込みに過ぎないんです。給料を支払う側の経営者は、社員の努力を評価していないわけではありません。むしろ、正当に評価しているからこそ、その賃金なんです。辛いですが、これが酷な現実です。
経営者の視点から見れば、給料は「人件費」というコスト。そのコストを支払うにあたって、従業員一人ひとりがどれだけの利益を会社にもたらしているかを厳密に計算して支払っています。
労働者の努力が、もし経営者から見て期待するほどの利益に結びついていなければ、それは「評価されていない」のではなく、「評価するに値しない」と判断されている可能性の方が高いと考えられます。
辛辣な言い方かもしれないが、事実だと思いますよ。あなたの頑張りが、会社の売上や利益に直結していないのであれば、経営者は「なぜこの人にこれだけのコストを払わなければならないのか」と疑問を持ちますよ。
給料は、頑張ったから与えられる「ご褒美」ではなく、会社への貢献度に応じた「対価」なんですから。
間違い3:政府への要求は筋違い
間違いの3つめとしては、政府に、正規と格差のない時間給の設定を求めるのは筋違いだと思います。こんな要求は、お門違いも甚だしい。
政府は、あなたの賃金を保証するために存在するわけではありません。市場経済の中で、企業と労働者が対等な立場で賃金交渉を行うのが原則のはずでしょ。
そもそも、「正規と格差のない時間給」とは、何を根拠に言っているのでしょう? 正規雇用と非正規雇用では、担う責任や業務内容が異なるのが一般的でしょ。正規雇用者は、長期的な会社の利益に貢献する役割を担い、会社の安定のために様々な業務をこなしています。一方、非正規雇用者は、特定の業務をこなすために短期間雇用されることが多いものです。
この違いがある以上、同じ時間単価で働くことは、そもそも公平ではないのはあたりまえ。政府が介入して一律の賃金設定をすれば、企業の経営は立ち行かなくなり、結果的に雇用全体が縮小する可能性すらあるんじゃないの。
政府に依存するのではなく、自らの市場価値を高める努力をすることが、賃金を上げるための唯一の道だと思いますよ。
息子が教えてくれた「稼ぐ力」
個人的な話ですが、このコメントを読んで、新型コロナウイルス禍での次男のアルバイト経験を思い出しました。
当時、彼は18歳。多くの企業が経営難に陥り、多くの人が職を失ったり、賃金が低下したりと、苦境に立たされていました。
次男の世代は、高校の卒業式もなく、大学の入学式もなく、大学1年生で同級生と会うこともないまま大学生活が始まりました。コロナ突入でしたからね。仕方ないとはいえ学生もとても辛い状況でした。そして世の中は労働環境の悪化でとても苦労していました。
そんなコロナ真っ最中、次男はアルバイトで驚くほどの収入を得ていました。そのアルバイトは、いわゆる「きつい」「単純」な仕事に分類されるものだった。彼は驚くほど簡単に、社会の低所得者の平均賃金をはるかに上回る金額を稼いでいました。
この時、私は、「なぜ多くの大人は、このアルバイトをやらないのだろうか?」って思いました。
その理由は、おそらく「大学生がやる仕事だ」「きつい仕事だ」「プライドが許さない」といった、勝手な先入観や甘えがあったからでしょう。
生活が苦しいと嘆いている日本人がいる中で、ちゃんと給与がもらえる労働環境は存在していたんですよ。だって、18歳の学生ができる仕事ですよ。それで、生活が賄えるのに、どうして、生活苦の人は行動しないのでしょうね?
次男の行動を見ていて、市場が求める価値を理解し、自らの能力を最大限に活かすことは、とても重要だと思いました。
「稼ぐ」とは、市場価値を高めること
私たちは、文句を言う前に、まず自身の市場価値を冷静に分析する必要があします。
「きつい仕事」で賃金が低いと嘆くのではなく、その仕事が本当に世の中に、そして会社に、どれだけの価値を提供しているのかを自問自答すべきなんです。そして、その価値を高めるための努力をしなければならないんです。
世の中には、「きつくない仕事」でも、高賃金を得られる仕事はたくさんある。しかし、そのためには、専門的なスキルや知識、あるいは人には真似できない能力が求められたりします。
賃金とは、労働者が提供する価値に対する社会からの評価そのものなんですよ。きつい、汚い、大変だ、と不満を言うのは自由だが、その不満を他者や政府にぶつける前に、「自分は市場でどれほどの価値があるのか」という現実を直視する勇気を持つことから始めたらいいのに。
他責思考の人には無理だと思いますが、もし、日本の労働者の多くがこんな思考だったら、日本の将来は暗いですね。
大昔の時代に、一部の大名や地主が富をすべて囲い込み、大部分の労働者は、せっせと働かされていたことみたいに見えます。
雇う側(経営者)と雇わられる側(労働者)の違いは、知識があるかないかどと思うんです。知識さえつけちゃえば、賢い労働者、そして、経営者側に回れると思いますよ。
◇ ◇ ◇
あとがき:
新聞の何気ないコメントに真剣に思いのままを書き連ねることに楽しさを感じています。上から目線になろうと、誰かに失礼な発言になろうと、気持ちを表現できるnoteの楽しさが趣味となっています。悪趣味ですねw
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