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自分がやりたい推進力と、周りとの調和の対峙について

自分の意思としては、とてもやりたいと思う強い推進力が、場合によっては、周囲のネガティブな感情を生み出すことについて、考えてみたいと思います。

1つ目の例

1つ目の例としては、高額な趣味嗜好品を購入することについて。 購入することによって大きな満足感が得られ、豊かな人生の1つとなります。しかし、そのことが家族や親友から見ると購入を止められたり、否定的なコメントが寄せられることがあります。

この場合、自分の意思を尊重することで、周囲との調和が乱れるのなら、購入を控える行動に出たとします。そのことで周囲の関係が保たれます。一方、自分を犠牲したこととなります。

2つ目の例

2つ目の例としては、転職を考えてみたいと思います。将来の自分の可能性に挑戦したい転職を決意していたとします。しかし、家族や友人はそのことについて反対しているとします。

この場合、先ほどとは逆で、自分の意思を尊重して、転職する行動に出ることによって、本人は自分の意思で行動したので満足です。しかし、周囲との調和は乱れる可能性があります。

自分中心? 相手中心?

自分のやりたいことに、相手からネガティブな感情が抱かれる場合、やりたい事を実行するか、周囲との調和を考えてやりたい事をやめるか、どちらか一方で、2択だと思っています。

いやいや、自分がやりたいことを周囲の人に納得してもらうという選択肢もあるのでは?  もちろんありますが、とても難易度が高い交渉です。 仮に周囲の方が表面上納得したとしても、内面では反発しているので、調和がさらに乱れる可能性も秘めていたりします。

多くの日本人が変化を嫌い、保身を1番に考え、反対することが多いことを経験しています。その周囲の意見に反して、自分の意思を貫き通すことによって、調和が乱したことは、今まで何度も体感しました。 ただ、この調和が乱れることは一時的です。 

コンフォートゾーンを抜けるまで

一時的っていうのは、もしかすると1日とか1週間ですし、あるいは1年ということもあると思います。一時的とは、コンフォートゾーンを抜けるまで意味している気がしています。


人それぞれ、固有のコンフォートゾーンを持っています

コンフォートゾーン(英語:Comfort zone)とは、「快適な空間」を意味する語である。 心理学などでは、ストレスや不安が無く、限りなく落ち着いた精神状態でいられる場所を指す。

Wikipedia

コンフォートゾーンの大きさも、壁の厚みも、個々違うので、親しいもの同士だと、コンフォートゾーン擦り合わせが合致せず、対峙が起きるのではないかと考えてます。

1つ目の例だと、趣味を興じることで、その人の新しい良い個性が周知され、後ほど評価につながることがあります。

2つ目の転職の例だと、一時的には反対されていても、数年後に優秀な成績を収め、良い会社に就職できたと言われることで、調和がもどることもあると思います。


これからの私

私は現在退職して、セカンドライフ始まったところです。振り返ってみて、今までの会社員人生の中で、自分の意思を前に出して行動してきたことが多かったと思います。もちろん、そのことによって周囲との調和が乱れたこともありました。

それでも、自分の意思で、仕事に取り組めたことが、後悔の少ないビジネスができました。また、自分の決定で行動を決める事で、良い成果を達成し続けたと振り返っております。 

逆に、人の意見で行動した時は、失敗した時などに他責の念が前面に出て、言い訳が増え、次のアクションにつながらなかったことが多く経験しました。

(調和を乱して退職したわけではありません。真逆で、調和をとりすぎるようになったことで、自分を犠牲にしていることに気付いたからからもしれない)

今後、セカンドライフが始まった私の人生において、家族に迷惑をかけない程度に、自分自身の意思で行動を決定して、自分の人生を考えていきます。


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まこさん NPO法人DaredemoHeroへ寄付します。 私の人生に大きな転機となった団体で里親支援を続けています。 子どもたちの教育資金に活用させていただきます。あなたのチップをお届けします。ご協力お願いします! ホームページ→ https://daredemohero.com