自己崇拝
6年前、俺は崇拝する立場にあった。
今、相手は違えど立場が逆になった。
そうするとその崇拝してる側の無言の圧力や圧迫感、勝手な責任感やそこから逃れたい気持ち、わかりやすく言えば孤独感。
きっと誰にもわからないものじゃなくて、それを痛みを共にしながら橋渡しできるような存在になること。
これも大きな夢のひとつだ。
だが、そこに辿り着くにはもっと今は鋭利に鈍く、
自分の魂の底上げを図る必要がある。
今のままでは足りないんだ。
一般教養、アート、作曲能力など。ほんとにまだまだ未完成。
6年前、俺は崇拝する立場にあった。
今、相手は違えど立場が逆になった。
そうするとその崇拝してる側の無言の圧力や圧迫感、勝手な責任感やそこから逃れたい気持ち、わかりやすく言えば孤独感。
きっと誰にもわからないものじゃなくて、それを痛みを共にしながら橋渡しできるような存在になること。
これも大きな夢のひとつだ。
だが、そこに辿り着くにはもっと今は鋭利に鈍く、
自分の魂の底上げを図る必要がある。
今のままでは足りないんだ。
一般教養、アート、作曲能力など。ほんとにまだまだ未完成。