【行雲流水】バラバラだけど、崩れにくい──MAGAという矛盾だらけの連合
ある政治運動が、自由貿易の支持から保護主義へ、財政の引き締めから積極的な支出へと大きく方向を変えたとします。普通なら、ついていけない人が抜けて、組織は割れます。ところがMAGAでは、そういう転換が何度か起きているのに、目立った離脱が起きていません。
今回はここから始めます。富良野は運動を成り立たせている分業の形を追いかけ、Phronaは熱狂している人と実際に得をしている人がどこでずれるのかを見ます。3回シリーズの第1回で、今回は良い悪いの判断には立ち入らず、仕組みだけを見ます。
主義を変えても、誰も抜けない
富良野: MAGAって、政策の中身がかなり動いてるんですよね。共和党って長いこと自由貿易の党だったのに、いまは関税を前面に出してる。財政は締めるものだったはずが、必要なら出す方向に振れた。海外に軍を出すことに積極的だった党が、もう関わりたくないという方に寄った。
Phrona: 全部、けっこう大きな転換ですよね。
富良野: 大きいです。しかも一部は正反対に近い。それでも支持者が「話が違う」と言って抜けた形跡があまりない。
Phrona: 私、そこは逆に納得しちゃうかもしれません。支持してる理由が政策じゃないなら、政策が変わっても関係ないわけで。
富良野: そこなんです。ただ、そう言い切ると今度は別の疑問が出てきて。じゃあ何が運動の同一性を支えてるのか。
Phrona: 人、ですか。
富良野: 人です。トランプへの態度が、そのまま運動の一員かどうかの基準になってる。だから彼が方向を変えると、運動全体が一緒に動ける。
Phrona: 原則が軸だったら、原則を変えるのは裏切りになりますもんね。忠誠が軸なら、忠誠さえ残ってれば中身は動かせる。
富良野: そうです。ここまでは分かりやすい。でも僕が引っかかってるのはその先で、じゃあMAGAは上から下まで一人が決めてる運動なのかというと、それも違うんですよ。
Phrona: 違うんですか。
富良野: 現場はかなり勝手に動いてます。地方の活動家、宗教団体、ポッドキャスター、州の共和党組織、保守系の法律家。それぞれが自分の場所で言い方や争点を作ってる。トランプがそれを全部設計してるわけじゃない。
Phrona: つまり、決めてるのは一人なのに、作ってるのは大勢。
富良野: その二つが同時に成り立ってるところが、この運動の変なところなんです。
ポイント解説
MAGAを「分散型の運動」と規定すると、すぐに矛盾にぶつかる。運動の統一がトランプ個人への忠誠に依存しているという事実と、うまく噛み合わないからだ。かといって中央集権型と呼ぶには、現場の自律性が高すぎる。
この緊張は、生産と認証を分けて考えると解ける。運動の内部には、おおよそ四つの役割がある。不満や言説や象徴を生み出す層には、インフルエンサー、宗教団体、地方の活動家、保守系メディア、オンラインの集まりがいる。戦術と政策を実験する層には、州政府、訴訟を担う団体、選挙運動、シンクタンク、法律家のネットワークがある。人材と資金と専門知を供給する層には、共和党の組織、資金提供者、政策団体、行政経験者が並ぶ。そして最後に、何が運動の正統な路線で誰が裏切り者かを認証する役割があり、ここだけがトランプ個人に集中している。
したがって、多中心的に生産され、人格的に裁定されるヘゲモニー形成のシステム、と規定するのが実態に近い。分散か集中かという問い自体が、この運動には合っていない。周辺では絶えず新しい主張や戦術が生まれ、中心がそれを選別して公認する。政策の中身が大きく動いても運動が割れないのは、政策そのものが同一性の根拠ではないからである。
熱狂の下で、お金はどこへ流れているか
Phrona: さっきの四つの役割の話、聞いてて気になったことがあります。作る人と決める人は分かれてる。じゃあ、支える人と得する人はどうなってるんですか。
富良野: いい質問だと思います。そこもずれてます。
Phrona: MAGAって「置き去りにされた労働者の反乱」みたいな語られ方をしますよね。
富良野: されます。それは半分本当なんですけど、資金の面から見ると話が複雑になる。トランプの資金基盤を分析した研究があって、非富裕層の新しい献金者を大量に動員した一方で、富裕層からの支援も相当な量を保っていたことが指摘されています。プルトポピュリズム、という言い方をされることもある。
Phrona: 大衆主義と富豪支配が同居してる、と。
富良野: はい。二つは対立する陣営じゃなくて、同じ連合の中で組み合わさってる。
Phrona: 私、この話でいちばん気になるのは、じゃあ誰の要求が実際に政策になるんだろう、というところなんです。集会に来て旗を振ってる人の要求と、大口の資金を出してる人の要求が食い違ったとき、どっちが通るのか。
富良野: そこは運動の熱狂とは別の回路で決まりますよね。動員の量と、政策形成への影響力は、比例しない。
Phrona: それって、誰かが隠してるんですか。
富良野: 隠してるというより、構造上そうなるんだと思います。異質な要求を一つの物語でまとめる働きは、要求どうしを政治的に等価に見せるだけで、連合の中の発言力まで平等にするわけじゃないので。
Phrona: 同じ旗の下にいることと、同じだけ声が届くことは、別なんですね。
富良野: 別です。しかも旗が大きいほど、そのずれは見えにくくなる。
ポイント解説
誰がMAGAを支持しているかを調べるだけでは、この運動の権力構造は見えない。少なくとも四つの主体を分けて問う必要がある。運動の社会的な基盤を構成するのは誰か。資金と組織と専門知を供給するのは誰か。政権獲得後に政策上の利益を受けるのは誰か。そして、運動の象徴的な正統性を裁定するのは誰か。
この四者は重なる部分もあるが、一致するとは限らない。非富裕層の支持者が大規模に動員されても、政策形成は資金提供者や政策専門家の影響を強く受けうる。労働者の文化的な要求が運動の前面で表象されても、経済政策上の利益がその人たちに優先して配分されるとは限らない。逆に、政策形成に大きな影響力を持つ組織であっても、MAGAとしての正統性はトランプの承認に依存する。
異質な要求を一つの物語で結ぶ働き、いわゆる等価性の連鎖が作り出すのは、要求どうしの political な共通性である。それは連合内部の発言力を均したり、資源の格差を解消したりはしない。どの要求が政策へ翻訳されるかを自動的に決めることもない。動員された要求と、実際に政策になった要求のあいだにどれだけの隔たりがあるかは、運動の分析としては別に確かめるべき論点として残る。
同じ言葉が、別の国で別の意味になる
富良野: ここまで一国の中の話をしてきましたけど、MAGAって国際的にも広がってると言われますよね。
Phrona: 言われますね。ヨーロッパの右派とか、ラテンアメリカとか。
富良野: その「広がる」を、アメリカから他の国へ輸出されている、と理解すると、たぶん取り逃がすものがあると思っていて。
Phrona: 順番が違う、ということですか。
富良野: 順番も違うし、方向も一つじゃない。ハンガリーの統治のやり方とか、ヨーロッパの反移民の政治とか、宗教保守の国際的なつながりとか、トランプ以前からあったものが多いんです。むしろそっちからアメリカへ流れ込んでいる要素もある。
Phrona: じゃあ、輸出じゃなくて何なんでしょう。
富良野: 僕は、翻訳という言い方がいちばん近い気がしてます。各国にもともとある不満や運動があって、MAGAがそれを世界的な流れの一部として見えるようにして、会議やメディアを通じて言い方や戦術が行き来して、それぞれの国が自分の歴史や宗教に合わせて置き換える。
Phrona: 置き換えるとき、意味も変わりますよね。
富良野: 変わります。同じスローガンでも、アメリカでそれが何を意味するかと、他の国で何を意味するかは、同じとは限らない。
Phrona: 私、ひとつ整理しておきたいんですけど。「MAGAの国際化」って一言で言われるものの中に、実は違う種類のものが混ざってませんか。
富良野: 混ざってると思います。言葉やスローガンが広がることと、選挙やSNSの戦術を真似ることと、政党や活動家や資金が組織として結びつくことと、政府どうしが外交で協調することは、全部別のことですよね。
Phrona: それを全部まとめて「MAGAが広がった」と言うと、けっこう雑になる。
富良野: 雑になります。しかもアメリカ中心に見えすぎる。
ポイント解説
MAGAの国際的な広がりについて語るとき、少なくとも四つの異なる現象が一つの言葉に押し込められている。語彙やスローガンが国外へ拡散すること。選挙やSNSの戦術が模倣されること。政党、活動家、資金、メディアが組織として連携すること。そして、政権どうしが外交や政策で協調すること。これらは同じではないし、同じ理由で起きているわけでもない。
さらに、影響の向きも一方向ではない。ヨーロッパ政治学コンソーシアムの分析は、CPACのような国際会議を介して、アメリカ、欧州、ラテンアメリカの右派勢力が、主権を前面に出す言説と国境を越えたアイデンティティを組み合わせながら、言説や戦術を相互に学習している様子を描いている。オルバーン主義をはじめ、アメリカの外で発達した統治の手法がMAGAへ流れ込んだ面もある。
したがって、MAGAを国際急進右派の起源に据えるのは正確ではない。既存の国際的なネットワークを再編し、アメリカの政治的な影響力とメディアの力によって増幅した、規模の大きなハブとして位置づけるほうが実態に合う。そこで形成されているのは単一の世界的な人民ではなく、それぞれの国に固有の敵対線を持つ複数の人民が、共通の敵の像を通じて闘争の物語を翻訳し合っている構造である。
「成功した」と言うとき、何が成功したのか
Phrona: ここまで聞いてきて、最後にひとつ確認したいことがあります。私たち、さっきから前提として「MAGAは成功した」みたいに話してますよね。
富良野: 話してますね。
Phrona: でも成功って、何を指してるんでしょう。選挙に勝つことと、政策を実現することと、指導者がいなくなっても続くことは、全部違いますよね。
富良野: それ、分けて考えないといけないところだと思います。僕の見立てだと、はっきり成功したと言えるのは、選挙での動員と、共和党という組織を内側から作り変えたことと、何が政治の争点かを決めたことと、支持者に強い帰属の感覚を作ったこと。このあたりです。
Phrona: 逆に、まだ分からないところは。
富良野: 政策として一貫したものを持てているか、安定して統治できるか、支持者が求めたものが実際に政策として返ってきているか、そしてトランプがいなくなった後も続くか。ここは同じ意味で成功したとは言えない。
Phrona: 前半で話した、認証する役割が一人に集中してるという話と、つながりますね。
富良野: つながります。認証する人がいなくなったとき、誰が引き継ぐのかというルールが、どこにもないので。
Phrona: 周りでどれだけたくさんのものが作られていても、それを本物だと言える人がいなくなったら、束ねる基準そのものが消えてしまう。
富良野: そういうことになると思います。適応が速いことと、続くことは、この運動では別の話なんですよね。しかも同じ仕組みから出てきている。
この記事は、Projeteam, Inc. ウェブサイトで先行公開された
MAGAは、一つの主義でできていない──政治運動として見たMAGAの内部構造
を素材として対話形式で再構成したものです。
元記事では、「分散型」という規定そのものの検討から入り、四つの分業、資金と受益のずれ、国際化に含まれる異なる現象、成功の分解、という順に進みます。あわせてご覧いただけると、議論がより立体的に見えてくるかもしれません。
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