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【知新察来】オウムの雛は、口の中で独り言をつぶやく──「まだ意味のない声」の価値


◆今回のピックアップ記事

Virginia Morell, "Wild parrot chicks babble like human infants" (Science, 2026年5月31日)

  • 概要:野生のミドリコシジロインコの雛が、巣の中で一羽だけで発声練習のような行動をとることを報告した研究。人間の乳児の喃語と機能的に似ている可能性が指摘されている。



野生のインコの雛が、巣の中で一人、声にならないような声を出している。兄弟が眠っているあいだに、くちばしを開けずに、小さな音をいくつも並べている。求愛でもなく、警戒でもない。何のための声なのか、しばらくはっきりしなかった。

今回紹介するのは、この行動が人間の赤ちゃんの「喃語」に近いのではないか、という研究です。オウムの雛と人間の乳児は、進化的には6億年も離れているのに、同じような発達の道筋を辿っているらしい。今回は富良野とPhronaが、この一見かわいらしい発見をきっかけに、声はいつ、何のために生まれるのかという話へ広げていきます。読み終わる頃には、「まだ意味のない声」の価値について、少し見方が変わっているかもしれません。


巣の中で、誰にも聞かせない声

富良野: 今回の話、地味に面白いんですよ。野生のオウムの雛が、一人で喃語みたいな声を出してるという研究があって。

Phrona: 喃語って、人間の赤ちゃんがやる、あの「あーうー」みたいなやつですよね。

富良野: そうそう。ミドリコシジロインコっていう、ベネズエラからブラジルにかけて分布する小さいオウムなんですけど。研究チームがベネズエラの研究施設で、人工の巣箱にカメラを仕込んで観察したんです。

Phrona: カメラ、巣箱の中に?

富良野: 100個以上ある巣箱のうち、十数個に設置して。そしたら生後21日くらいから、雛が変な声を出し始めるのが分かった。1週間くらいでその声がどんどん複雑になっていくらしいんですよ。

Phrona: 「変な声」っていうのが気になります。何て鳴くんですか。

富良野: ピープ音とかクリック音とか、うなり声みたいなのとか。論文の筆者によると、27種類くらいの異なる鳴き声が確認されたそうです。

Phrona: それだけ種類があると、もう何かを伝えようとしてる感じがしますけど。

富良野: それが面白いところで。研究者は、この声は兄弟や親への伝達じゃないと見てるんです。多くの場合、兄弟が寝ているときに、一羽だけで声を出してる。

Phrona: 誰にも聞かせるつもりがない、ってことですか。

富良野: しかもくちばしを開けずに発声してることもあったらしくて。人間の赤ちゃんが、ベビーベッドの中で一人ぶつぶつ喃語言ってるのと似てる、と研究者は言ってます。

Phrona: それ、すごく想像しやすいです。姪っ子が、寝る前に布団の中で一人で何か喋ってる時期がありました。誰に向けてでもなく。

富良野: そうそう、それに近い。で、この研究のポイントは、それが野生環境で確認されたっていうところなんです。

ポイント解説

喃語という現象は、以前から鳥でも報告例があった。キンカチョウのような鳴禽類、それにサックウィングコウモリやマーモセットなど一部の哺乳類でも見つかっている。だが、野生のオウムでここまで詳しく確認されたのは初めてに近い。

なぜオウムなのか。理由は一つではない。まず、この鳥は巣立ち前の、まだ親に完全に依存している段階で喃語的な発声を始める。多くの鳴禽類が巣立ってから歌を練習するのに対して、オウムはもっと早い。しかも雄雌どちらの雛も声を出す。キンカチョウの歌がほぼ雄の専売特許であることと比べると、この違いは小さくない。

比較心理学者のアイリーン・ペッパーバーグは、ヨウムのアレックスを30年以上研究してきた人物である(アレックスは、オウムも概念操作に近いことができることを示した個体として知られる)。彼女はアレックスにも似た行動があったと見ていたが、それが別種で、しかも野生の環境で確認されたことに、この研究の意味を見出している。一羽の特殊な事例ではなく、オウムという分類群に広く根を持つ性質かもしれない、ということだ。

すでに揃っていたレパートリー

Phrona: さっきの27種類の声って、どこから来てるんでしょう。生まれつき知ってる音なんですか、それとも聞いて覚えた音?

富良野: そこもちゃんと分析されてて。餌乞いの声とか、警戒音とか、接触コールとか、成鳥が使う鳴き声の要素が、雛の喃語の中に混ざってたらしいんです。

Phrona: つまり、外の世界で聞いた音を、巣の中で一人で練習してる。

富良野: 共著者のカール・バーグって研究者が「巣にいる雛が、成鳥の発声レパートリーをすでにかなり知っていた」って驚いてるんですよ。

Phrona: それ、面白いですね。まだ使う場面もないのに、先取りして声だけ揃えてる。

富良野: 研究チームは、キンカチョウを使った先行研究とも比較してるんです。キンカチョウの若い雄って、これまで人間の言語学習のモデルとしてずっと使われてきた種で。

Phrona: でも、さっき言ってた通り、キンカチョウは巣立ってから練習を始めるんですよね。

富良野: そう。オウムはそれより早く始めるし、雄雌両方がやる。あと、人間もオウムも、生涯にわたって声を学び続けられる。キンカチョウとかの鳴禽類は、学習できる時期が割と決まってるんです。

Phrona: その「生涯学び続けられる」っていうのは、地味に大きい違いな気がします。

富良野: 僕もそこが一番効いてると思う。単発の記憶じゃなくて、更新し続けられる仕組みだから。

ポイント解説

鳴禽類、とくにキンカチョウは、これまで音声学習研究の定番モデルだった。神経回路の研究が進んでいて、実験もしやすい。ただし限界もある。歌はほぼ雄に偏り、求愛や縄張りという文脈に結びつきやすく、学習できる時期も巣立ち後の一定期間に限られる。

オウムはこの型に収まらない。雌雄ともに学び、巣立ち前から始まり、成鳥になっても声を更新し続ける。今回の論文が示したのは、こうした複数の点で、オウムが鳴禽類モデルの弱点を補う存在らしい、ということである。

ここで注意しておきたいのは、これはオウムが鳴禽類モデルに取って代わる、という話ではないということだ。むしろ両者は補い合う関係にある。鳴禽類研究の蓄積があるからこそ、今回の発見の意味も分かる。研究というのは、たいてい一つのモデルだけで完結しない。

声は、意味の前から働いている

富良野: ここまでが研究の中身なんですけど、僕はここからちょっと話を広げたくて。

Phrona: どこに広げるんですか。

富良野: さっきの「一人で声を練習してる」って話、あれ、すぐ役に立つ声じゃないですよね。誰にも伝わってないし。

Phrona: そうですね。伝達としては、成立してない。

富良野: でも無意味でもない。将来の社会生活で使う声を、先に試してる。

Phrona: それ、聞いてて思ったんですけど。声って、意味を伝えるための道具、っていうふうに考えがちじゃないですか。私もそう思ってました。でも赤ちゃんの喃語とか、今回のオウムの話を聞くと、声ってもっと手前の段階から、何かをしてる気がして。

富良野: 手前の段階、というと?

Phrona: リズムとか、間合いとか。意味が分かる前から、赤ちゃんは声のやりとりの中に、もう入ってるじゃないですか。親も、意味のある文を話す前から、声で赤ちゃんと関係を作ってる。

富良野: ああ、それは分かる。声が先で、意味は後から乗ってくる。

Phrona: オウムの雛も、たぶん同じ構造なんじゃないかって思うんです。求愛の歌とか縄張りの主張とかだけじゃなくて、接触コールとか群れの維持とか、社会的な関係の調整に声を使ってる種もいる。だとすると、複雑な声が必要なのは、複雑な社会を生きてるからだ、っていう順番になりますよね。

富良野: 声の複雑さが先にあって社会がついてくるんじゃなくて、社会の複雑さが声を要求する。

Phrona: はい。そう考えると、喃語って「言葉の練習」というより、「社会に入っていく練習」なのかもしれません。

富良野: それ、けっこう射程が長い話になりますね。

ポイント解説

今回の研究では、雛に少量のコルチコステロンを与えると、発声のレパートリーが増えるという結果も出ている。コルチコステロンは鳥類のストレス関連ホルモンで、人間でいうコルチゾールに近い働きをする。

ここで誤読しやすいのは、「ストレスが多いほど学習が進む」という読み方だが、これは正確ではない。コルチコステロンは主観的な苦痛そのものではなく、発達初期の生理的な覚醒シグナルに近いと考えたほうがいい。慢性的な強いストレスが発達を助けるという話ではまったくない。

言えるのは、声の学習が単なる遊びや快適な状態だけで進むわけではなく、身体の発達システムと結びついている可能性がある、ということだ。

誰にも聞かれない時間の価値

Phrona: さっきの「まだ使えない声」の話、私、人間の子どもの遊びとか独り言とかにも似てる気がしてます。

富良野: 遊びも、直接何かの役に立ってるわけじゃないですもんね。すぐに成果に繋がる活動じゃない。

Phrona: はい。独り言もそうですし、模倣も。目的にきっちり従属してない時間が、後から効いてくる。

富良野: 現代の学習観って、それをどんどん削ってく方向にある気がします。語彙、文法、点数、スキル、アウトプット。測れるものだけ残していくというか。

Phrona: 効率を求めるのは分かるんですけど、その分、何かを試して失敗する余白が、先に削られてる気がして。

富良野: これ、今のAIの話ともちょっと繋がりません? AIって、完成した答えをすぐ出してくれるじゃないですか。便利なんだけど、人間側が「試す」「迷う」「下手に真似る」っていう過程を、飛ばしすぎるとどうなるんだろうって。

Phrona: それこそ、喃語みたいな時間が消える、ってことですよね。まだ意味にならない声を、誰にも聞かれずに出す時間。

富良野: そう考えると、あの雛が兄弟の寝てる隙に一人で声を出してた場面、けっこう象徴的だったんだなと思えてきます。

Phrona: 見られてない、聞かれてない、評価されてない。そういう時間があったから、あとで使える声になった。

富良野: 完璧な答えを最初から出せる必要はない、ってことですよね、たぶん。

Phrona: ……そう思うと、自分の下手な独り言も、ちょっと大事にしたくなってきました。


この記事は、Projeteam, Inc. ウェブサイトで先行公開された

声は、意味になる前から働いている──オウムの喃語と学習の余白

を素材として対話形式で再構成したものです。

元記事では、対話で触れきれなかった理論的な背景や、学習・教育をめぐる論点を、より深く展開しています。腰を据えて考えてみたい方は、是非こちらもあわせてどうぞ。



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