見出し画像

【知新察来】同盟国は、道具じゃない──戦略資本を目減りさせない築き方


◆今回のピックアップ記事◆

Sheila A. Smith, "The Asian Anchor" (Council on Foreign Relations, 2026年5月20日) 

  • 概要: 米国のインド太平洋戦略は、豪州・日本・韓国という同盟国との相互依存によって支えられており、同盟国を一方的に守られる存在や交渉の道具として扱うべきではない、と論じる一篇。過去の負担分担論の歴史を辿りながら、公平な負担分担と軍事・経済・技術の統合深化を組み合わせることを提言している。



米国は同盟国を守っている。これは長らく当たり前の前提として語られてきました。ただ、CFRに掲載されたシーラ・スミスの論考を読むと、この前提が少しぐらつきます。米国の太平洋艦隊も、戦闘機も、日本や韓国の基地がなければ思うように動けない。重要な鉱物や技術、対米投資でいえば、オーストラリアや日本、韓国から流れ込んでいるものも少なくない。守っているつもりの側が、実はかなり支えられている。

今回は、この逆転を出発点に、富良野とPhronaが話を広げていきます。負担分担という言葉がなぜ何度も政治の舞台に戻ってくるのか、トランプ政権の取引的な外交姿勢がこの構図にどんな緊張を持ち込むのか、そして日本や韓国はこれから何を自分の手で積み上げていくべきなのか。守られるだけの立場から、支える側へ。その転換は、思っているよりも手前まで来ているようです。


守っているつもりが、支えられている

富良野: 普通、米国のアジア戦略っていうと「米国が守って、同盟国が守られる」っていう構図で語られるじゃないですか。基地を貸す代わりに核の傘に入れてもらう、みたいな。CFRに載ったこのシーラ・スミスの論考では、その矢印を逆方向にも引いてるんですよ。

Phrona: 逆方向、というのは。

富良野: 米国の太平洋艦隊は、日本や韓国の基地や港がないと、そもそも動けない。米空軍の戦闘機も同じです。重要鉱物とか製造力とか対米投資の面でも、豪州や日本、韓国から入ってきてるものがかなりある。つまり、米国の側も同盟国に依存してる。

Phrona: それ、頭では知ってたはずのことなんですけど、改めて言われると、輪郭が変わりますね。守ってもらう側だと思い込んでいた場所が、実は向こう側からも支えられている場所だった、みたいな。

富良野: で、これはただの美談じゃなくて、政治的にはちゃんと緊張がある話でもあって。今、トランプ政権が「負担分担」って言葉をまた持ち出してきてる。もっと払え、もっと自分で守れ、っていう。

Phrona: 負担分担、なんだか聞き覚えのある響きです。

富良野: ですよね。実はこれ、初めてじゃないんです。論考によると、米国は過去に少なくとも3回、アジア戦略を後退させてる。朝鮮戦争の後、アイゼンハワー政権が核戦力に頼る方向に転換したとき。ベトナム戦争の終わり、ニクソン・ドクトリンで地上戦をやらないと宣言したとき。そして1980年代、負担分担論が議会から吹き上がって、日本が在日米軍への財政支援を増やしたとき。

Phrona: 1980年代のって、今のホスト・ネーション・サポートに繋がってるんですか。

富良野: そうです。5年ごとに日米で交渉してる協定で、今も年17億ドルくらい日本が出してる。韓国も似たような枠組みで年10億ドルくらい。だから今回の負担分担論も、まったく新しい話じゃなくて、繰り返し戻ってくるパターンの一つなんですよね。

Phrona: 繰り返し戻ってくる。それは、もう季節みたいなものなんでしょうか。

富良野: 季節、って言い方はいいですね。ただ、この論考が強調してるのは、負担分担そのものが悪いわけじゃない、ということなんです。問題は、それをどう扱うか。同盟国を単なる道具として見た瞬間に、この構図全体が壊れる、と。

ポイント解説

シーラ・スミスの論考が扱っているのは、単なる予算の話ではない。

米国のインド太平洋戦略が、豪州・日本・韓国との同盟によって成り立ってきた、その歴史そのものだ。冷戦初期、米国は各国と個別に安全保障上の取り決めを結んだ。それが冷戦後、地域全体を結ぶ安全保障のネットワークへと編み直されていく。日本とオーストラリアの部隊が互いの領域で演習し、フィリピンのような国が両者に海洋能力の構築を求める。米国を中心に置きながらも、同盟国同士が横につながる構造が育っていった過程として、論考はこの変化を描いている。

負担分担(バーデン・シェアリング)という言葉が繰り返し政治の舞台に戻ってくるのは、偶然ではない。朝鮮戦争後の核戦力への依存転換、ベトナム戦争後のニクソン・ドクトリン、そして1980年代の対日圧力。いずれも、米国の対外関与のコストが国内で問題視される局面において、この言葉が浮上している。1980年代の圧力が生んだホスト・ネーション・サポートの枠組みが、現在も年間およそ17億ドル規模で継続していること、韓国が特別協定を通じて年間およそ10億ドルを負担していることは、この構造が一過性の政治的パフォーマンスではなく、制度として定着してきたことを示している。

つまり、負担分担そのものは、繰り返し現れる季節のようなものだ。問題はその中身であり、同盟国を道具として扱うか、相互依存する当事者として扱うか、その一点にかかっている。

同盟国は、道具じゃない

Phrona: さっきの、負担分担が悪いわけじゃないっていう話、もう少し聞きたいです。悪くなるとしたら、どこからなんでしょう。

富良野: 論考が名指ししてるのは、同盟国を「必要な時に使える道具」として扱う発想そのものなんです。米国から見て都合よく形を変えられる存在みたいに捉えると、実態を見誤る、と。

Phrona: 実態というのは。

富良野: 同盟にはそれぞれ歴史的な経緯があって、制度的な妥協があって、各国の国内政治がある。簡単に取り替えが利くものじゃない。しかもここ数年、この同盟網が強化されてきた最大の理由が、中国の行動の変化なんです。

Phrona: 行動の変化、というと。

富良野: かつての中国は、貿易を通じて経済的に統合していく方向だった。今は、その経済的な結びつきを、逆に相手への圧力の材料として使うようになってる。だから米国、豪州、インド、日本が、貿易とかサプライチェーンとか技術革新の面で連携を深めてる。海洋安全保障でも足並みを揃えようとしてる。

Phrona: リスクを、一緒に抱えないと持ちこたえられない、ということですね。

富良野: そう。あともう一つ、この論考が丁寧に扱ってるのが核不拡散の話で。中国とロシアはもう核不拡散条約とか軍備管理の枠組みにあまり熱心じゃなくなってる。北朝鮮の核とミサイルは進化し続けてる。この状況で米国がやろうとしてるのは、日本と韓国が独自に核武装する方向に走らないようにすることなんです。

Phrona: つまり、米国の拡大抑止(エクステンデッド・ディターレンス)が信じられるかどうかが、核不拡散そのものを左右する。

富良野: そうなんです。あと個人的に面白かったのが、この論考、同盟国を「守られるだけの存在」として描いてないところで。湾岸戦争のとき、日本は戦闘には参加できなかったけど、戦後に掃海艇を派遣してる。9.11の後は米国のアジア同盟国が全員、国連承認のイラク戦争に加わってる。アデン湾の海賊対処でも一緒に動いてる。

Phrona: グローバルな安全保障にも、ちゃんと関わってきた歴史がある。

富良野: で、論考の結論はシンプルで。同盟国への依存に見えるものは、実は相互依存だ。米国太平洋艦隊は動けなくなるし、米空軍は基地を失うし、米国経済も重要鉱物や製造力や投資を失って弱くなる。だから、これからの戦略は、単なる負担増要求じゃなくて、公平な負担分担と、軍事・経済・技術の統合を組み合わせるべきだ、と。

ポイント解説

論考の後半で強調されるのは、この相互依存が一方通行ではないという事実そのものだ。米国が同盟国を失えば、太平洋艦隊は作戦行動を維持できず、米空軍は日本・韓国の基地を失い、米国経済は豪州・日本・韓国からの重要鉱物・製造力・対米投資を欠くことになる。同盟は米国が一方的に供給する安全保障サービスではなく、米国自身の国力を構成する要素の一部にほかならない、というのが筆者の立場である。

だから筆者は、負担分担の要求そのものを否定しない。否定しているのは、負担分担を同盟の再設計ではなく、同盟国からの一方的な回収として扱う発想だ。論考の最後に置かれているのは、公平な負担分担と、軍事・経済・技術の統合深化を組み合わせよ、という提案である。米国のアジアにおける力は、最終的には同盟にかかっている。

ここまでが、シーラ・スミスの論考が描いた構図だ。ここから先は、この構図を現実の政治にぶつけたとき、何が起きるかという話になる。

時間軸が、ズレている

富良野: で、ここからなんですけど。この論考の見立てって、基本的に中長期の視点なんですよね。同盟は制度として蓄積される資本だ、という前提。

Phrona: それ自体は、納得できる話ですよね。

富良野: ただ、トランプ政権の発想って、多分そこと噛み合わない。実際、2025年には、在日米軍や在韓米軍の駐留経費の話を、関税交渉と結びつける動きが報じられてます。安全保障を長期の制度として扱うより、複数の交渉カードを一緒くたにして、短期のディールにまとめる発想に近い。

Phrona: ディール。取引。

富良野: そう。で、これがやっかいなのは、短期の取引でも、ある程度は成果が出てしまうってことなんです。日本も韓国も豪州も、中国や北朝鮮への懸念があるから、米国との関係を簡単には壊せない。だから強く要求すれば、ある程度は相手が応じる。

Phrona: 応じてしまう、というのは。応じないと、もっと困るから、ですよね。

富良野: そうです。でも、その裏で起きてるのが、信頼の目減りなんです。日本や韓国は表向き協力を続けても、内心では「本当に危機のときに米国は来るのか」って疑いを強めていく。

Phrona: 目に見えるものと、見えないものの差、っていう感じがします。駐留経費や関税は数字で見えるけど、信頼が減っていくのは、数字に出てこない。

富良野: まさにそこです。政治的な報酬の非対称性、って言い換えてもいい。「同盟国から金を取った」は国内向けに説明しやすい。でも「同盟の信頼を維持した」は、成果として見せにくい。だから短期的には、取引型の政治の方が得票的には強い。

Phrona: 得票的には強いけど、長い目で見ると、削っているのは同盟そのものの根っこ、ということになりますよね。

富良野: ……根っこ、っていう言葉もちょっと出来すぎな気がしますけど、まあ、近いことだと思います。目減りしていくのは、共同作戦計画とか、指揮系統の連携とか、政治的な予見可能性とか。数字に出てこないけど、実際の抑止力を作ってるのはそっちなんですよね。

ポイント解説

同盟の実体は中長期の制度資本であるにもかかわらず、それを評価する政治過程は往々にして短期の収支計算で動く。この時間軸のズレは、同盟政治に特有の病理というより、民主政治一般が抱える構造的な困難、すなわち可視的な成果を求める選挙サイクルと、不可視のまま蓄積される制度的信頼との間の緊張として理解した方がよい。

政治的報酬は非対称に配分される。同盟国からの金銭的譲歩を引き出すことは、有権者に対して具体的な数字として提示できる。他方、共同作戦計画の精度や指揮統制の連携、政治的予見可能性の維持といった同盟の実質を保ったという事実は、それ自体としては選挙向けの成果になりにくい。この非対称性がある限り、短期取引型の政治は、長期的に同盟資本を毀損するとしても、政治的合理性を持ち続けてしまう。

だから、これは個々の政権の失策という話では終わらない。構造そのものが、そういう歪みを生みやすくできている。

戦略資本、という言い方をしてみる

Phrona: さっきから「同盟の資本」とか「根っこ」みたいな言葉を、微妙に避けながら使ってる感じがしますけど、じゃあ、それを何て呼べばいいんでしょう。

富良野: そこなんですよね。僕は「戦略資本」って呼んでみたいと思っていて。ただの防衛費とか兵器の数じゃなくて、危機のときに国がどれだけ選択肢を持てるか、その蓄積のことです。

Phrona: 選択肢を持てる、というのは、具体的にはどういう状態を指すんでしょう。

富良野: 4つくらいの力に変換されると考えると分かりやすいと思っていて。1つ目は抑止力。相手に「攻めても割に合わない」と思わせる力。2つ目は継戦能力。危機が長引いても、弾薬とか燃料とか通信とか、社会そのものが持ちこたえる力。

Phrona: 攻められる前の話と、攻められた後の話、両方ってことですね。

富良野: そうです。3つ目が対米交渉力。米国に対して「守ってもらってる側」じゃなくて、「米国の作戦にとって欠かせない側」として交渉できる力。

Phrona: それは、さっきの負担分担の話とも繋がってきますね。

富良野: ですね。単に駐留経費を積み増すんじゃなくて、共同で弾薬を作るとか、重要鉱物を安定供給するとか、そういう形にできれば、支払いが資本として残る。

Phrona: で、4つ目は。

富良野: 地域からの正当性。特にASEANとか太平洋島嶼国みたいな、米中対立に巻き込まれたくない国々から見て、「地域を支えてくれる存在」だと思われる力です。対中抑止だけを前面に出すと、包囲網だと警戒される。でも海洋監視とか災害救援とか、地域公共財を提供していれば、信頼は残る。

Phrona: 抑止と、継戦と、交渉と、正当性。……確かに、全部揃わないと、危機のときに動けない気がします。抑止力だけあっても、長く持ちこたえられなければ意味がないし、交渉力があっても、地域から孤立してたら、それはそれで危うい。

富良野: そうなんです。どれか一つだけ強くても、多分うまくいかない。

ポイント解説

戦略資本という語は、既存の安全保障論のなかで馴染みのない概念ではない。ただ、抑止力・継戦能力・対外交渉力・地域的正当性という4つの機能への変換可能性という形で整理し直すことで、この概念は初めて分析的な力を持つ。単に「厚みのある同盟」という漠然とした評価軸に留めず、危機の局面に応じてどの機能が試されるのかを問えるようになる。

たとえば軍事的な拒否能力は抑止力へと直接的に変換されるが、それだけでは継戦能力を保証しない。弾薬が尽きれば、拒否能力は絵に描いた餅になる。逆に、地域からの正当性がなければ、たとえ軍事的に優位であっても、危機の際に必要な協力を周辺国から得られない。

だから、4つの力は互いに独立ではなく、どれか一つが欠けると他が機能不全に陥る、相互補完的な構造を持っている。

日韓豪、三国三様

Phrona: ここまで聞いていて、ちょっと気になるのが、日本も韓国もオーストラリアも、なんとなく一つの塊として語られがちなことなんですけど。

富良野: そこ、大事なポイントですね。実際はかなり違う。

Phrona: どう違うんでしょう。

富良野: 日本は、在日米軍基地とか、海洋安全保障の能力とか、資本力とか、素材や部品の製造力とか、そのあたりが強い。地域のネットワークを設計する役回りに向いてると思います。米国、韓国、豪州、インド、フィリピン、ASEANを繋ぐ結節点、というか。

Phrona: 繋ぐ役割。

富良野: 韓国は、半導体とか電池とか造船とか、防衛産業の実装力がとにかく強い。あと北朝鮮という現実的な脅威に日々向き合ってきた経験値がある。オーストラリアは、重要鉱物とかエネルギー、地理的な位置、AUKUSを通じた先端技術協力の窓口としての価値がある。

Phrona: 似てるから連携できる、というより、違うから補い合える、ということですね。

富良野: そうです。日本の資本と技術、韓国の産業実装力、豪州の資源と地理。組み合わせると、米国の政権がどう揺れても残る、実体のある基盤になる。

Phrona: ただ……三国のうち、一番弱いところってどこなんでしょう。

富良野: 正直に言うと、日韓関係だと思います。日米韓は2023年のキャンプ・デービッドで、首脳・閣僚・高官級の協議を制度化する方向にかなり踏み込んだ。日豪の間でも、相互アクセス協定が発効して、部隊の相互訪問や訓練がやりやすくなってる。でも日韓は、首脳同士の雰囲気が良くても、国内政治で簡単に巻き戻される。

Phrona: 歴史問題が、いつまでも横にいる感じがします。

富良野: ですね。だから僕は、この協力を首脳外交だけに頼らせちゃいけないと思っていて。官僚とか、軍とか、企業とか、大学とか、そういうレベルまで接続を落とし込まないと、政権が変わるたびに揺れ続けてしまう。

Phrona: 上の方だけで握手しても、根っこが繋がってなければ、風が吹いたら倒れる、ということですね。

富良野: その表現、いいですね。

ポイント解説

日韓豪を一括りに論じる誘惑は強いが、この一括りこそが議論を粗くする最大の要因である。三国は地理的な脅威認識、産業構造、軍事的資源、対米関係の歴史において、それぞれ異なる位置を占めている。日本は在日米軍基地・海洋安全保障・資本・製造装置において、韓国は半導体・電池・造船・防衛産業の実装力において、オーストラリアは重要鉱物・エネルギー・地理的接続において、それぞれ比較優位を持つ。同質性ではなく、非対称性こそが補完関係を生む条件である。

その中でも、日韓関係の制度的脆弱性は際立っている。首脳間の合意は、国内政治の風向きひとつで容易に巻き戻される。2023年のキャンプ・デービッド合意が示した協力の制度化を、一過性の政治的成果に終わらせないためには、官僚機構、軍種間の実務協議、防衛産業、大学・研究機関といった、政権交代の影響を受けにくい層にまで協力を落とし込む必要がある。

政治は変わる。実務は、変わりにくい。

揺れる米国と、二重の錨

Phrona: ここまでの話をまとめると、日本や韓国、オーストラリアが目指すべきなのは、米国から離れることではない、ということになりますよね。

富良野: そうですね。かといって、米国に言われるがまま、というのでもない。

Phrona: その間に、何があるんでしょう。

富良野: 相互依存の再設計、というのが一番近い言い方だと思います。米国との協力は維持しながら、米国だけに戦略の回路を集中させない。横の接続を太くして、産業とか技術とか制度とか、国内政治の安定性とか、地域からの信頼とか、そういうものを自分たちで積み増していく。

Phrona: それは、結局、米国が揺れても揺れなくても、やっておいた方がいいことのようにも聞こえます。

富良野: ……それ、鋭いですね。実際そうだと思います。米国が安定していれば、その基盤があることで同盟の価値がさらに上がる。米国が揺れても、その基盤があることで、地域の秩序が急に崩れることはない。どっちに転んでも、無駄にはならない。

Phrona: 米国に守られるだけの立場から、米国を含めた秩序を、自分たちで支える側に回る。

富良野: そういうことだと思います。

Phrona: ……錨、っていうタイトルの意味、最初と今とで、ちょっと変わりましたね。守ってもらう側が繋がれている錨だと思ってたけど、実は、支えてる側にも錨が要る、という話だったのかもしれません。

ポイント解説

冒頭の比喩に立ち返るなら、錨という言葉は二重の意味で機能している。米国から見れば、日本・韓国・オーストラリアという同盟国が、自国の戦略を繋ぎ止める錨である。だが同時に、日本・韓国・オーストラリアの側から見れば、米国という揺れやすい大国を地域に繋ぎ止めておくための錨を、自分たちの手で用意する必要がある。

錨は、一方が他方に与えるものではない。双方がそれぞれの錨を持ち寄ることによってはじめて、船全体が嵐のなかでも流されずに済む。米国からの自立でも、米国への従属でもなく、米国を含んだ秩序をどう共同で支えるかという問いに行き着くのは、この二重の錨の構造を踏まえれば、ほとんど必然的な帰結だと言えよう。


この記事は、Projeteam, Inc. ウェブサイトで先行公開された

戦略資本という視点──揺れる同盟をどう厚くするか

を素材として対話形式で再構成したものです。元記事では、この対話で触れた戦略資本という視点をより精緻に掘り下げています。腰を据えて考えてみたい方は、是非こちらもあわせてどうぞ。



徐勝徹のマガジン