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涙(なだ)そうそう

 もう師走なんですね•••
 時の過ぎるのって年々早くなっているような気がします•••💦
 特に年末は、いろいろと忙しいことが重なり、ついつい後回しにしてしまうことも多く、後で後悔することが多い”Pro Bono さの”です( ̄▽ ̄ll)ゞエヘヘ
 みなさんはいかがでしょうか?

 特に、自分を支えてくれている人たちに、素直に「ありがとう」という言葉さえ、きちんと言えてないような気もします💦
 こういう感謝の気持ちって、「今すぐ言わなくてもいいかな」と思ってしまいがちですが、いざ改めて伝えようとすると、照れくさくて素直になれない自分がいたりします

 それってきっと、「いつでも会える」「まだ大丈夫」と、どこかで思い込んでいるからなのかもしれませんね

 ということで、今回のテーマは
 「身近な人に感謝を伝えることがなぜ大切なのか」です
 今回も最後までご覧くださいね<(_ _)>

今回の週末noteは「身近な人に感謝の気持ちを伝えることの大切さ」です
最後までご覧くださいね〜

■「また今度」はいつ来る?

 街中でばったり旧友や知人に会ったりすると、別れ際によく
 「また今度会おうな〜」
 「また飲みに行こうな〜」
なんて言ったりしますよね
 でも、結局それっきりで、約束して会うことも、飲みに行くこともなかった•••そんな経験、みなさんにもありませんか?w
 そんな曖昧あいまいで不確実な約束を、人はよくします
(”Pro Bono さの”だけでしたらすみません💦)
 それってどういう理由なんでしょうね?

 冒頭で触れたように、
 「いつでも会える」
 「まだ大丈夫」
そうと思い込んでいるからなのかもしれません

 でも、「また今度」と言いながら、それが最後になることも、決して珍しいお話ではありません
 実際、”Pro Bono さの”自身も、学生時代の友人に「また飲みに行こう」と言ったまま、ついに会うことすら叶わなかってしまった経験があります•••

「また今度」と言っても、会いたいときに会うことができなくなることもあります

なだそうそう

 その学生時代の友人が早逝そうせいしたことを知ったのは、亡くなってから1ヶ月後の12月のことでした
 知らせを受け取ったのが遅かったこと、そして相手の自宅が分からなかったこともあり、今もお参りも行くことができていません
 そんなある日、テレビから流れてきたのが、夏川りみさんの「涙そうそう」でした

 どこか懐かしくて、そして胸の奥に静かに刺さる歌詞とメロディにかれ、調べてみると、この曲にはこんな背景があることを知りました

 歌手の森山良子さんが、BIGINから沖縄の方言である「涙そうそう」が、
「涙がポロポロこぼれる」
という意味だと聞いたことをきっかけに、早くに亡くなった大好きだったお兄さんをしのんで生まれた歌詞なのだそうです

 この背景を知った瞬間、「また今度」という言葉の重みを、改めて考えさせられました
 「また今度」は、次に会えることを前提にした言葉であって、決して「永遠の別れ」を想定した言葉ではないはずです

 「涙そうそう」は、大切な人を失ったあと、伝えられなかった想いがあふれる歌
 「会いたくても、もう会えない
 だからこそ流れる涙であり、
生きている“今”にしかできないことがある
 そんな大切なことを、静かに教えてくれる一曲かもしれません

大切な人を失ってから伝えられない想いが込み上げるという気持ちを
歌い上げたのが「涙そうそう」です

■親孝行したいときに親はなし

 ことわざで「親孝行したいときに親はなし」があります
 これは、「親が亡くなってから親のありがたみに気づき、孝行したいと思っても、もう親はこの世にいないため、生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔する」という意味だそうです
 「また今度」という言葉も、実はこれとよく似ています

 「今」できることを先送りにしてしまった結果、気づいたときには、会うことも、話すこともできなくなり、最終的には「できたはずのこと」さえできなくなってしまうのです

 「会う」や「飲みに行く」といったことは、相手との予定の調整が必要ですし、「今」動こうと思っても、相手の都合によっては叶わないこともあります
 でも、「気持ちを伝える」「感謝を伝える」ということはどうでしょうか?
 顔を合わしたときに、日頃思っていることを言葉にするだけ
 本当は、それほど難しいことではないはずです
 それでも、人はなぜか照れくさくて、素直に口にするのが苦手だったりします
 •••ちなみにこのタイプに、”Pro Bono さの”はしっかりと属しています笑( ̄▽ ̄ll)ゞエヘヘ💦

「親孝行したいときに親はなし」という諺があるように、
今しかできないこともあります

■感謝の気持ちを伝えるのに飾りはいらない

 人は相手に気持ちを伝えようとすると、普段使っている言葉ではなく、つい「ちゃんとした言葉」を選ぼうとしてしまいがちです
 その結果、いつもと違う言葉遣いになってしまい、かえって相手に伝わらず、
 「言うんじゃなかった•••」
と後悔してしまうことがあります

 以前、本で読んだ話ですが、実は自分の気持ちを伝えるときには、普段使っている言葉こそ一番伝わるのだそうです!
 これって目からうろこですよね〜

 普段、自分が何気なく使っている言葉には、その人らしさが自然とにじみ出ています
 一方で、綺麗すぎる言葉や、流暢りゅうちょうすぎる話し方は、意外と相手の心に残りにくいんだそうです
 たとえば、テレビやラジオのニュースですが、
 アナウンサーはとても綺麗な言葉で、よどみなく話していますが、多くの人は何かをしながら聞いているため、どれだけ内容が心に残っているかというと、実はそれほどもでもなかったりします

 この理由を知ると、少し納得しませんか?

 だからこそ、綺麗な言葉や上手な話し方を意識するよりも、
 照れくさくても、自分の普段使っている言葉で、
 自分の話し方のまま伝えること

 飾りつけられた言葉ではなく、
 自分の言葉で、自分の気持ちを伝えること
 
それが、感謝の気持ちを一番まっすぐ相手に届ける方法なのだと”Pro Bono さの”は思っています!

感謝を伝えたいのなら、自分の普段使っている言葉で伝えることが一番効果的です

■いま伝えることで救える自分の未来

 ここまでお話ししてきて、日頃の感謝の気持ちを伝えることのハードルを、かなり下げ切ったつもりでいる”Pro Bono さの”ですが•••いかがでしょうか〜👂🖐️

•••まだ行動に移せていない?

(`ロ´;)ハッ!

 伝え方がよくなかったのかもしれません•••反省します💦笑

 ”Pro Bono さの”自身も、過去に自分の気持ちを伝えきれず、今になって後悔していることは、一つや二つではありません
 今では良い思い出として心に残っているものもありますが、それでも、ふとした瞬間に後悔が顔をだすこともあります

 森山良子さんも、最愛のお兄さんを亡くされた悲しみが、「涙そうそう」の作詞につながったのだと語られています
 人生は、人生ゲームのように後戻りも、やり直しもできません
 自分たちにできるのは、
 未来に後悔を残さないために、「今」伝えたい言葉を伝えたい人に届けること
 
ただそれだけです

 そうすることで、どうしようも変えようのない過去に、必要以上に縛られずにすむようになります

 どんなに最善を尽くしたとしても、後から振り返れば
 「ああしとけばよかった」
と思うことは、きっと出てきます

 それでも、その時にできることを精一杯やったのなら、その時点では、それが最善だったはずです
 やらずに終わって後悔するより、たとえうまくいかなかったとしても、やるだけやったほうが、後悔の重さはきっと軽くなります

 最後に「涙そうそう」の歌詞の中から、未来への希望を感じさせてくれるフレーズを紹介して、今回の週末noteを終わらせていただきます
 最後までお付き合いいただき、ありがとうございます<(_ _)>

悲しみにも喜びも おもうあの笑顔
あなたの場所から私が 見えたらきっといつか 会えると信じ生きてゆく

「涙そうそう」の歌詞より引用
感謝の気持ちを伝えるのに、装飾はいりません
今すぐ、伝えるべき人に伝えてくださいね

※参考にした文献


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