【サマソニ2026東京・Ado編】これがAdoだ――完全アウェイで見せた、ヘッドライナーの答え
8月15日、SUMMER SONIC 2026東京。
私はこの日、一つのライブを観た。
そして翌日になった今でも、興奮がまったく抜けていない。
Adoである。
先に結論を書いてしまう。
最高だった。
私がこれまで観たAdoの中でも、間違いなくトップクラスだった。
いや、7月の日産スタジアム公演を観たとき、私は「あれが自分にとってのAdoベストライブだろう」と思っていた。
それが、わずか1か月ほどで更新されそうになっている。
それぐらい、今回のAdoには凄まじい気迫があった。
そして何より、
「なぜAdoがSUMMER SONICのヘッドライナーなのか」
その問いに対して、90分のライブそのもので答えを叩きつけるようなステージだった。
まず、現場を観てから言ってほしい
少しだけ、最初に書いておきたい。
ライブ後、SNSを眺めていると、今回のAdoについてさまざまな批判が流れてきた。
特に目についたのが、Metallicaのカバーを最初と最後に披露したことへの冷笑だった。
「Adoファンが多いのに、なぜMetallicaなのか」
「ヘッドライナーなのに自分の曲じゃないのか」
そんな趣旨の投稿だ。
現場にいた人間として言わせてもらえば、それはあまりにも今回のライブの文脈を無視している。
もちろん、実際にステージを観たうえで「自分には刺さらなかった」「ヘッドライナーとして評価できなかった」と言うのであれば、それは一つの感想だ。
私と意見が違うだけである。
しかし、断片的に聞いたセットリストやSNS上の情報だけで、今回のMetallicaカバーを「意味不明だった」と処理してしまうのは違うと思う。
そもそも今回のAdoは、何の背景もなく突然Metallicaを歌い始めたわけではない。
AdoがSUMMER SONIC 2026のヘッドライナーとして発表されたのは4月2日。
初出演にしてヘッドライナーという異例の抜擢だった。サマソニ公式もAdoを「日本を代表するアーティスト」として紹介し、25周年のハイライトになる存在として発表している。
一方、その人選に賛否があったことも事実だ。
これはAdoファンが勝手に「敵」を作っているわけではない。
音楽メディアの座談会でも、Adoのヘッドライナー決定について「賛否両論があった」と明確に議題になっている。
「ロックフェスのヘッドライナーとしてどうなのか」
「サマソニの格に合っているのか」
そんな言葉を、この数か月何度も見た。
だからこそ、あのオープニングがあった。
完全にホームではなかった
そして当日の状況も、Adoにとって決して楽なものではなかった。
同時間帯のMOUNTAIN STAGEにはサカナクションがいた。
しかもサカナクションは、6月のMUSIC AWARDS JAPAN 2026で「怪獣」が最優秀楽曲賞を受賞したばかり。まさに現在の日本の音楽シーンでも最大級の注目を集めているバンドだった。
実際、その集客力は凄まじかった。
私はAdoをアリーナから観ていて、一緒に来ていた友人はスタンドから観ていた。
だから双方の状況をある程度確認できたのだが、Adoの演奏開始時点ではスタンドこそかなり埋まっていたものの、アリーナ後方にははっきりと空間があった。
前方にはAdoファンがしっかりと集まっている。
しかし、会場全体を見れば普段のAdo単独ライブとはまったく違う。
ホームではない。
むしろ私には、完全にアウェイの空気と感じられた。
サカナクション終了後には、アリーナ後方も埋まった。
だからこそ、スタート地点での空気・緊張感は忘れられない。
この環境で、Adoは何をやるのだろう。
私は少し心配していた。
その日の朝、本人は珍しく強い言葉を投稿していた。
「本日はサマソニ東京です!自信があります!」
「自信があります」
普段のAdoを追っている人ほど、この言葉には少し驚いたのではないだろうか。
そして数時間後、その意味を思い知らされることになる。
「あなたは覚悟ができているか」
Adoの檻が光り始め、バンドメンバーが登壇する。
そして暗転。
巨大なスクリーンに言葉が並ぶ。
「Adoはロックじゃない」
「ヘッドライナーの格じゃない」
私の記憶をもとに書けば、そこに映し出されたのは、ヘッドライナー決定時にAdoへ向けられた批判を想起させる言葉だった。
幾度か画面が遷移する。
そして、
「あなたは覚悟ができているか」
それに続く、
“I'm ready.”
鳥肌が立った。
その直後だった。
重たいギターの音が鳴り始める。
まったく聞き覚えのないイントロ。
「なんだこれ?」
と思ったのも一瞬だった。
これはAdoの曲ではない。
カバーだ。
しかもメタルだ。
檻の中で激しく頭を振るAdo。
そして普段以上に粒の大きな、低く荒々しいがなり声から始まる英詞。
その瞬間、思った。
かましやがった。
Metallicaを持ってくる意味
私は普段メタルを聴かない。
だから、その場では何の曲か分からなかった。
ただ、Adoが「メタルで殴りに来た」ということだけは分かった。
後に確認すると、曲はMetallica「Enter Sandman」。
そして、ここが重要だ。
Metallicaはサマソニと無関係な大物ロックバンドではない。
2006年のSUMMER SONICではMARINE STAGEのヘッドライナー。
さらに2013年には、LINKIN PARKとともに東京初日のダブル・ヘッドライナーを務めている。サマソニ公式の歴史にも、その名前ははっきり刻まれている。
だから私は、今回の「Enter Sandman」を単なる有名洋楽カバーとは受け取れなかった。
サマソニの歴史。
ロック。
ヘッドライナー。
そのすべてを背負うような曲を、Adoが最初に持ってきた。
もちろん本人がそこまで意図したのかは私には分からない。
だが、少なくとも現場でこの数か月の経緯を見てきた人間には、これ以上なく痛快な選曲だった。
「ロックじゃない?」
「格がない?」
だったら、これを聴いてみろ。
そう言われているようだった。
アリーナ前方にいた我々は大歓喜だった。
心配していたAdoが、とんでもない方法でアンサーし始めたのだから。
うっせぇわ、逆光、0――Adoが叩きつけた三連撃
そこから「うっせぇわ」。
「逆光」。
そして「0」。
もう、痛快も痛快だった。
激しいバンドサウンドの中をAdoの声が突き抜けていく。
これを聴いても「ロックじゃない」と言えるのか。
そんなことすら考えてしまうほどだった。
ただ、少し冷静になって振り返れば、Adoが本当に見せたかったものは「私はロックシンガーだ」ということではないのだと思う。
むしろ逆だ。
私は歌い手だぞ。
そういうライブだった。
メタルだって歌う。
ロックだって歌う。
洋楽だって歌う。
EDMだって歌う。
バラードだって歌う。
ジャンルによって自分を説明するのではなく、歌えるものなら全部Adoにする。
それこそがAdoなのだと思う。
なんでもやる。それがAdoだ
その後も凄かった。
ダークで儀式的な「Tot Musica」。
狂ったサーカスのような「AiAiA」。
Jax Jones提供のダンスナンバー「Stay Gold」。
そして完全未公開新曲「ASTEROID」。
爆発力のあるロックナンバー「綺羅」。
さらにB'z提供の「DIGNITY」。
洋楽バラード、Sia「Chandelier」のカバー。
ラテンのリズムとEDMが入り乱れる「モンストロ」。
攻撃的なビートと鋭い歌唱が噛み合う「ROCKSTAR」。
そして終盤、Adoの代表曲である「唱」「踊」。
一つのジャンルに寄せる気など最初からない。
それどころか、あえてこれでもかというほど振り幅を見せてくる。
Metallicaから始まり、洋楽バラードも歌えばEDMもやる。
かつてヘッドライナーを務めたB'zが提供した「DIGNITY」もある。
そして最後には、Ado自身の巨大な勝負曲を並べる。
私はそこに、
「Adoは何者なのか」
という問いへの答えまで見た気がした。
ロック歌手ではない。
EDMアーティストでもない。
アニソン歌手でもない。
歌い手・Ado。
だから何でも歌う。
そして何を歌っても、最後にはAdoの曲にしてしまう。
これが、この人の強さなのだ。
「なぜ私がヘッドライナーなのか、分かったでしょ」
そして、あまりにも格好よかったのがMCだった。
Adoはまず、SUMMER SONICというフェスの歴史、そして「ヘッドライナー」という立場そのものに対する敬意を語っていた。
軽く考えているわけではない。
その重さを分かったうえで、自分がそこに立っている。
そのうえで言った。
ここまで演奏を聴けば、
「私がなぜヘッドライナーに選ばれたか、分かったでしょ」
という趣旨の言葉を。
もう、最高だった。
あまりにも痛快だった。
ロックじゃないと言われるなら、サマソニの歴代ヘッドライナーであるMetallicaを歌う。
格が足りないと言われるなら、ライブの内容で示す。
そして最後に、
「分かってもらえました?」
とでも言うように問いかける。
いろいろな界隈から散々、心無い言葉を浴びせられてきたのを見ていたAdoファンとしては、
よく言った。
それ以外なかった。
「ファンはいつもの曲を聴きたかった」は違う
ライブ後、
「AdoファンはMetallicaなんて求めていないのでは」
という趣旨の投稿も見かけた。
少なくとも私について言えば、まったく逆だった。
そんなはずあるか、と言いたい。
Adoのファンと、従来のサマソニの中心的な客層が同じではないことくらい、ファンだって分かっている。
そしてAdoを長く追っている人ほど知っている。
この人が、ここまで言われておとなしくいつものライブをやるタイプではないことを。
だから私はサマソニまで観に来た。
「やってやれ」
「かましたれ」
そんな気持ちがどこかにあった。
その結果が、あのオープニングだった。
あのセットリストだった。
そして、あのMCだった。
大歓喜でしかない。
まあ、その後のMCが少しグダったところはご愛嬌である。
そこまで含めてAdoだ。
格好いいことを言った直後に、急に危なっかしくなる。
AdoのMCは、『ぼっち・ざ・ろっく!』のぼっちちゃんを見ているような気持ちになる。
だが、それも含めて私は好きなのだ。
日産を超えるとは思っていなかった
私は7月の日産スタジアムでAdoを観た。
個人的には、あのライブがずっとベストだろうと思っていた。
踊から唱、そしてモンストロ。
あの瞬間の破壊力を超えるライブは、そう簡単には来ないと思っていた。
なのに。
わずか1か月ほどで、
「もしかして今回のほうが好きかもしれない」
と思っている。
それは歌唱力が急に上がったからでも、演出によるものでもない。
気迫だ。
今回のAdoからは、明らかにいつもとは違う気迫を感じた。
自分がなぜここに立っているのか。
ここで何を見せなければならないのか。
その覚悟が、ステージ全体から伝わってきた。
本当はモンストロと新曲を書くつもりだった
サマソニへ行く前、私はもっと細かいことを考えていた。
「モンストロはフェスでどれぐらい映えるだろう」
「サマソニの観客にはどう受け取られるだろう」
そんなことを記事にしようと思っていた。
しかも完全新曲「ASTEROID」まで披露された。
初めて聴く、K-POPとEDMが混ざったようなサウンド。
完全英詞で、これまでのAdoとはまた違う感触があった。
普通なら、それだけで一本書きたくなる。
だがライブが終わったあと、そんな細かいことは一旦どうでもよくなってしまった。
モンストロがどうだった。
ASTEROIDがどうだった。
もちろん、それもいつか書きたい。
しかし今は違う。
SUMMER SONIC 2026でAdoが何をやったのか、そのライブ全体について語りたかった。
それぐらい素晴らしいアクトだった。
これが私の答えだ
SNSを見れば、これからもいろいろな意見が出るのだろう。
Adoをヘッドライナーとして認めない人もいるだろう。
Metallicaを歌ったことが気に入らない人もいるだろう。
それはもう仕方がない。
音楽の評価は自由だ。
ただ、一つだけ言いたい。
今回のライブを語るなら、できればあの一連の流れを知ったうえで語ってほしい。
数か月前からヘッドライナー就任について賛否があった。
本人もそれを知っていた。
当日は「自信があります」と宣言した。
そしてステージに立ち、批判を想起させる言葉をスクリーンに映し、
“I'm ready.”
と告げた。
Metallicaから始まり、自分が持つあらゆる声とジャンルを叩き込み、最後は「唱」「踊」まで持っていった。
そして、自分がなぜヘッドライナーなのか分かっただろう、と問いかけた。
さらにアンコールでは、サカナクションを観ていて冒頭の「Enter Sandman」を見られなかった観客もいる中で、もう一度同じ曲をぶつける。
最初に提示した問いへ、最後にもう一度回答して終わる。
これ以上、Adoらしいライブがあるだろうか。
少なくとも私には、なかった。
この4か月、Adoのヘッドライナー就任についていろいろな言葉を目にしてきた。
そのすべてに対して、
これが私の答えだ。
そうライブで叩きつけられたような夜だった。
外野がどう言うかは、もうどうでもいい。
私にとってSUMMER SONIC 2026東京のAdoは、
完璧なアンサーであり、
完璧なヘッドライナーだった。
そして何より、
とてつもなく格好よかった。
ps. あまりにも余韻が強いので、皆さんの感想お待ちしてます。
