認められた記憶
小学生3年生の時に、詩を書く授業があった。
よくできたものは、校内放送で本人が朗読することになっていた。
お題の設定はなく、私は海について書いた。海そのものでなくて、いつかは海を超えていきたいとか言うことを書いたように思う。
私の書いたものは先生に評価され、校内放送で朗読することになった。
家に帰って、親に報告しただけでなく、近所に住んでいた親戚のおばさんにも報告した。
どんなリアクションだったかは覚えてはいないが、うれしい報告をしたのはこれが初めてだった。
小学生の頃のささやかなできごとではあるが、今も覚えている。
最初に褒められたものや認められたものは、その後の核になる。
ワールドカップに出場するようなサッカー選手でも、はじまりの記憶には、誰かに褒められたことがおそらくある。
褒められた行動自体は、かならずしも向き不向きと一致しているわけではない。
たとえプロや仕事になっていなくても、その後のよって立つ足場にはなる。
こうやって書いていることの源流は、間違いなくあの時にある。
