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私はなぜ、何度も同じ道を描くのか。

AIで、小説関連動画で使う絵を作るときに、
一番苦労するのが「同じ場所」を描かせることだ。

道を舗装すると、なぜか山までむくむくと生まれてくる。
秋にすると、別の土地になってしまう__とか。

私は「秋の田舎」のポストカードを描きたいんじゃない。
同じ場所の時間を描きたいのだ。


砂利道だった頃。
舗装された頃。
農家が農機具店になった頃。

変わるものは変わる。
でも、変わらないものもある。

その「変わらないもの」があるから、人は時間の流れを感じる。

この道は、私の小説では何度も登場する。

子どもの頃、寂しさを抱えて自転車を走らせた道。


恋をして、胸を弾ませながら走った道。


妻の法事を終え、義母を送るためにベンツで走る道。


二十五年ぶりに父は、祖父の葬儀のため、生家へ向かう道。

全部、同じ道だ。

そして、この小説は一人だけの人生を書きたいわけじゃない。
一人の人生の後ろには、何十人もの人生がある。

父の人生。
母の人生。
祖父母の人生。
親族の人生。
義母の人生。
濃く関わった人たちの人生。
付かず離れず関わった人たちの人生。
強い印象を残した通りすがりの人たちの人生。
そして、名前すら残らない人たちの人生。

私は、その重なりを書きたい。

世の中は、人を一面だけで見ようとする。

善人。
悪人。
成功者。
失敗者。

そんな単純なものじゃない。

私は誰かを断罪したいわけでも、誰かを美化したいわけでもない。

ただ、人はみんな、その人なりに必死に生きていた。

その事実を書きたい。

だから、この小説では同じ道が何度も出てくる。

笑った日も_。
泣いた日も_。
怒った日も_。
帰りたくなかった日も_。
帰りたかった日も_。

同じ景色の中で、人だけが歳を重ねていく。
私は、その時間の重なりの温度を書きたいと思っている。


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