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(書評)第155回「神と語って夢ならず」(松本侑子 著)☆幕末の隠岐で自治政府を作った男たちの物語。渾身の歴史小説☆

世にいう「隠岐騒動」をテーマとした著者初の歴史小説です。著者は島根県の出雲市出身です。2013年発行。単行本360ページ。23章立てです。郷土史としても貴重で、青春小説や群像劇としても読める良書です。「隠岐騒動」とは、幕末の慶応4年(1868年)に出雲国松江藩(松平家・親藩・18万石)が実効支配していた隠岐国(島前と島後からなる)で発生した、民衆による騒動です(実際は江戸幕府の直轄領(天領)で、あくまでも預り地)。庄屋を中心とする隠岐島民3000人以上が、松江藩の郡代(山郡宇右衛門)を追放し、70人の島民で事実上80日間にわたる高度な自治政府を樹立しました。別名「雲藩騒動」ともいわれています。これは1871年の「パリ・コミューン」よりも3年早く、旧幕府軍による「蝦夷共和国(箱館政権)」の樹立よりも1年早く、世界で初めての民衆による三権分立の自治政府として知られています。

主人公は、隠岐の島後の若い庄屋・井上甃介(しゅうすけ)です。物語は 甃介の50年にわたる奮闘と挫折を、幕末維新の動乱(さまざまな歴史的な出来事)を絡めて描いています。甃介は隠岐の海上に現れた「黒船(異国人)」への恐れから「尊王攘夷」の思想を抱くようになります。甃介は「異国から島を守るには、世界を知らねばならぬ」と思い、大いなる志を持って、京へと上ります。そして、やはり隠岐島の出身で、孝明天皇に侍講している高名な儒学者である中沼了三の教えを請い、京都で2年間、倒幕と天皇親政の復活という「尊王攘夷思想」を学びます。

島民らに重税を課して、島民の声に耳を貸さない松江藩の悪政(圧政)に憤る贅介は、誰からも干渉されない「自分たちの国」創りに向けて、中西毅男・横地官三郞・西村常太郎たち同士と熱く語り合い、東奔西走します。贅介は、新妻に逃げられ、放蕩もして、公金にも手を出すような、等身大の人間味のあるヒーローとして描かれています。そのせいか感情移入しやすく、身近に感じられます。著者によると、7~8割は著者の創作によるそうです。しかし、残りの2~3割の史実に対する考証は、巻末の参考文献の量(20冊以上)を見てもわかるように、かなり綿密にしっかりとしていて、かつそれをかみ砕いていて、とても分かりやすい物語として描いています。多くの登場人物の感情が巧みに描写されていて、著者の想像力には驚きます。

当時の隠岐は、北前船で栄えていて、外国船ともいち早く接触をしていたようです。日本海の交通の要衝であり、地の利が良く、情報が早く伝わる場所でした(海産物も豊か)。島民の教養も高く、見識も深く、先見の明もあり、進取の気概に満ちていたようです。過去に2人の天皇配流(後鳥羽上皇と後醍醐天皇)もあり、勤王の気風があり、志しや誇りも高く、古くて型式的で封建的な松江藩とは異なって、開明的でした。隠岐は特別な場所であり、独特の思想と、独自の文化を持っていました。

隠岐は、親藩の松江松平家(佐幕派・幕府軍)と、外様の鳥取池田家(勤王派・新政府軍)という、思想の異なる2藩に挟まれていて、微妙な立ち位置にいました。松江松平家は、中国地方にあって、周りを外様大名に囲まれた位置にいました。王政復古により、隠岐は松江藩の預りから朝廷の領地になります。中西毅男は明治新政府から、隠岐が朝廷領であることの確認と、自治政府の認定を受けようとして、京都へ向いますが、芳しい回答を得られませんでした。

いっぽう、松江藩は隠岐の早期奪還を狙っていて、新政府の太政官から松江藩に、隠岐の取締りの指令が出されます。松江藩兵が隠岐に次々と上陸して、戦闘の末、松江藩は陣屋を奪還します。しかし新政府は、島民の取締りに武力が使われたことや、事件の経緯が鳥取藩によって間接的に伝えられたこと、松江藩の帰順(降伏)が遅れたことなどを問題にして、隠岐に監察使を派遣して取り調べを行うことにします。鳥取藩は事件収拾の名目で、景山龍造を派遣します。ちょうどこの時、隠岐には会津討征のために、長州藩の丁卯丸と、薩摩藩の乾行丸が入港していて、鳥取藩のほか薩摩藩と長州藩も事態の収拾にあたります。松江藩は新政府の取調べを受けて、最終的に藩兵側から発砲したことを認めます。その後、鳥取藩に対して隠岐取締りの指令が出されて、鳥取藩に管轄(支配)が移ります。鳥取藩による支配も、隠岐県の設置によって終了します。

明治4年、島民と松江藩双方の関係者が罰せられて、一連の騒動は終わりを迎えます。

松本侑子

最終的に同志14人の犠牲者を出すことになりますが、主人公の甃介は明治になって、名前を香彦と改め、県庁の書記として奉職。県庁を辞してからは隠岐で漢方医を営み、88歳の長寿を全うします。自治政府を創り上げた同志たちは、みな非暴力・非抵抗を貫き、松江藩に何度も裏切られても、暴力を使わなかったそうです。

私は文体に慣れるまで、少し時間がかかりましたが、途中から慣れてきて、ページを捲るのが早くなりました。自治政府が成ったあたりから怒涛の展開で、読み終えるまであっという間でした。全体的に分かりやすい章立てで、分かりやすい歴史解説で、さぞやたくさん資料を読み込み、綿密な取材をしたのだと感じました。描写の語彙も豊富で、専門用語が盛りだくさんで、身分で言葉遣いを変えたり、格調高い言葉遣いで読みごたえがありました。1文ごとに改行する珍しい文体で、それも却って読みやすかったです。食事のシーンもたくさん出てきて、旨そうでした。

歴史とは、生き残った勝者が作り、勝者の名前とその正義だけが、後世に伝わり、斃れた者の思いは、歳月の流れに沈み、やがて忘れ去られていく、ということを痛感しました。

文庫本になるのに際して、タイトルが『島燃ゆ 隠岐騒動』に変わっていて、とても残念でした。『神と語って夢ならず』のほうが、私的には好みでした。骨太の歴史ロマンを堪能出来ました☆


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