(書評)第145回「プールサイド小景」(庄野潤三 著)☆芥川賞の受賞作。平凡な家庭の危うい幸福を描いた物語☆
第32回下半期芥川賞の受賞作です。日常生活のスケッチを通し、小市民のささやかな幸福が、いかに脆く崩れやすいものかを描いています。

4日前に会社をクビになった課長代理の青木弘男が、プールで水泳の練習をしている小学5年生・4年生の二人の息子を、プールサイドで眺めるところからこの物語は始まります。青木は会社の金を無断で密かに使い込んだ(青木が会社で貰う俸給の6カ月分)ために、本来ならば家を売却してでも弁償しなければならないところを特別に許されて、その代わり18年勤めてきた会社を即日クビになります。それからは、子供たちが仕事の無くなった父を引っ張り出して、学校に新しく出来たプールへ泳ぎに行くことにします。
青木は妻に問いただされて、美人で素っ気ない姉と不美人でスローモーションな妹が切り盛りする「O」というバーに、その姉と会うことを目当てに通っていたことを告白します。更に訊いて行くと、青木が実は、ビクビクしながら会社の椅子に長い間座って来たことを話し、妻は夫が勤め先で始終苦痛を感じていたために、まっすぐ帰宅しなかったことが分かります。
10日の休暇の後、青木は近所の目を気にして、出勤するかのように毎日出かけることにしますが、妻は夫がどこか見知らぬアパートの階段を、そっと上がる後姿を想像してぞっとします。夕方、妻は台所に立って働きながら、夫がたとえ失業者になっても無事に帰って来てくれることを、何度も心の中で祈り続けます。
プールはひっそり静まり返り、夕風が吹いて、水面に時々細かい小波を走らせていました。

平凡な中年サラリーマンの家庭に生じた愛の亀裂と、日常生活のスケッチを通し、ささやかな幸福がいかに脆く崩れやすいものかを描いた作品です。物語の最初と最後の場面に出てくるプールの情景が強く印象に残ります。ありふれた夫婦の日常と哀しみが切り取られていて、静かな読後感がありました☆

