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『関係の世界へ』を読んで、「私」という境界線を溶かしてみる。自立した個人という「思い込み」を脱却する教科書

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翔平:奈美さん、最近『関係の世界へ』という本を読んだんだけど、これがすごく刺激的でね。僕たちが当たり前だと思っている「自立した個人」という前提を根本からひっくり返すような視点を与えてくれるんだ。

奈美:個人という前提をひっくり返す? どういうこと? 私たちがいて、その後に誰かと仲良くなったりする、っていうのが普通じゃないの?

翔平:普通はそう考えるよね。でもこの本では、「関係のプロセスが第一義的であり、その中でそれぞれの単位が独自性を持つようになる」 と提案されているんだ。つまり、個人が先にあるんじゃなくて、関係が先にあるっていう考え方なんだよ。

奈美:関係が先……。それって具体的にはどういうことなの?

翔平:例えば、僕たちの「言葉の意味」について考えてみて。誰かに「素敵なドレスだね」と声をかける場面があるとする。この言葉は、言った本人だけで意味が決まるわけじゃないんだ。相手がどう反応するかで、言葉の意味は変わってくる。もし相手が無視したら、それはただの空中に漂う音にすぎないし、「ハラスメントだ」と怒れば、その言葉は「不適切な口説き文句」になってしまう。だから著者は、「私たちは、自らの言葉の意味やアイデンティティの所有者ではありません。関係の中で、私たちは自分を知ったり、自分を失ったり、生まれ変わったりするのです」 と述べているんだ。

奈美:自分が自分の言葉やキャラの持ち主じゃないなんて、不思議な感覚。でも、人との関わりの中で自分が作られていくっていうのは、心当たりがある気がする。

翔平:そうだよね。この本では、こうした「関係」の視点を教育の場にも広げているんだ。例えば、「意味のある関係なくして、意味のある学びはありえない」 という言葉を引いて、先生と生徒の関係が学びそのものを形作ることを強調しているよ。

奈美:勉強ができるかどうかも、関係次第ってことなのかな。

翔平:今の学校は、生徒を原材料、学校を工場と見なす「工場モデル」に支配されていると指摘されているけれど、関係の視点では、生徒は管理される「製品」ではなく「パートナー」として扱われるんだよ。

奈美:パートナー! それなら、先生が一方的に教えるのとは全く違う雰囲気になりそうね。

翔平:そうなんだ。例えばノルウェーの事例では、テストで点数をつける代わりに、生徒が自分の学びを振り返る「ポートフォリオ」や「ラーニングレビュー」という方法がとられている。これによって、子どもと教師の関係が疎外から協同へと変化するんだ。評価すること自体が、二人の関係を深めるプロセスになるんだよ。

奈美:点数で切り捨てられるんじゃなくて、一緒に成長を確認していく感じかな。医療の現場でも、同じような変化が起きているの?

翔平:医療でも「因果から協働へ」という大きな転換が提案されているよ。これまでは「医師が患者の欠陥を治す」という機械的な関係になりがちだったけれど、関係の視点では「無知」という姿勢が大事にされるんだ。

奈美:「知らない」という姿勢? お医者さんなのに?

翔平:これは、医師がすべてを診断して決めつけるのではなく、「クライエント(患者)の方が、自分が直面していること……について、はるかに多くのことを知っている」と尊重する態度のことなんだ。例えば「オープンダイアローグ」という手法では、専門家だけで会議をせず、本人や家族、友人も含めたチーム全員で対話を重ねていくんだよ。

奈美:一方的に「病気」と決めつけられるんじゃなくて、自分の人生の一部として一緒に考えてもらえるのは心強いわね。

翔平:そうだね。著者は、「理解し合うとは、心を読むことではなく、適切な関係のパターンに参加すること」だと言っている。教育も医療も、誰か一人が正解を持っている世界から、みんなで新しい意味を共創していく世界へと変わろうとしているんだ。

奈美:学校や病院のイメージがガラッと変わるわ。なんだか、自分自身のこれからの人との関わり方についてもヒントがもらえそう。

翔平:関係の視点を理解することは、一人で完結するパズルを解くのではなく、相手とステップを合わせながら新しいダンスを踊るようなものなんだ。読むと他者との「関係」の見方が変わると思うよ。

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