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【書評】 『脳科学は人格を変えられるか?』 : 世界をどう見るか、その「眼差し」があなたの運命を書き換える

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なぜ、同じような家庭に育ち、同じような教育を受け、同じような才能に恵まれた2人の人間が、片方は億万長者として成功を収め、もう片方はローンの支払いに追われる質素な生活を送ることになるのでしょうか。なぜ、ある人は末期がんと誤診されただけで絶望のあまり命を落とし、またある人は強制収容所という極限の地獄から「人生への愛」を携えて生還することができるのでしょうか。こうした人生の明暗を分けるのは、単なる「運」や「偶然」なのでしょうか。それとも、私たちの預かり知らぬ「遺伝子」という絶対的な設計図によって、生まれた瞬間にすべては決まっているのでしょうか。

実は、心理学が解き明かしたシンプルで、かつ強力な事実があります。それは「あなたが物事をどう見るか、そしてそれにどう反応するかによって、実際に起きることが変化する」という真実です。エレーヌ・フォックス博士の著書『脳科学は人格を変えられるか?』は、私たちの思考や感情のスタイル、つまり「アフェクティブ・マインドセット」が、いかにして脳内に形作られ、そしていかにして自らの手で書き換え可能なのかを鮮やかに描き出しています。私たちは、単に「世界を見ている」のではありません。私たちの脳が、それぞれのフィルターを通して「世界を作り上げている」のです。

◉ 脳内に住まう2つの住人 ― レイニーブレインとサニーブレイン

私たちの脳の中には、思考を司る新しい領域と、原始的な感情を司る古い領域が共存しており、それらは複雑な神経繊維の束で結ばれています。この結びつきが、私たちの心の動きを生み出します。博士は、ネガティブなものに注目してしまう回路を「レイニーブレイン(雨天脳)」、ポジティブなものに人を向かわせる回路を「サニーブレイン(晴天脳)」と名付けました。この2つのバランスこそが、あなたをあなたという人間に、私を私という人間にしています。

あなたの行動のスタイル、ものごとのとらえ方、そして生きる姿勢こそが、あなたの世界を色づけ、あなたの健康や富を、そして幸福全般を規定する。世界を色づけ、起きることを左右するこうした心の状態を、わたしは「アフェクティブ・マインドセット(心の姿勢)」と名づけている。脳の中には思考をつかさどる新しい領域と、原始的な感情をつかさどる古い領域があり、両者は神経繊維の束で結ばれている。この結びつきが、さまざまな心の動きを生む。ネガティブな心の動きとポジティブな心の動きは、それぞれ別の回路が担当しており、前者の回路を「レイニーブレイン(雨天脳)」と、後者を「サニーブレイン(晴天脳)」とこの本では呼ぶことにしよう。

この2つの回路のポテンシャルには、驚くほど大きな個人差があります。同じパスタの形を見ても、ガウスの定理を思い浮かべて美しさを感じる人もいれば、単なる空腹を満たす道具としてしか認識しない人もいます。あるいは、上司の何気ない微笑みを「信頼の証」と受け取る人もいれば、「遅刻したことへの皮肉」と解釈して一日中怯えて過ごす人もいるでしょう。こうした「ものの見方」の癖は、意識の光が届かない脳の奥深くで、瞬時に、かつ自動的に行われています。

私たちは、自分が客観的な現実を見ていると信じて疑いません。しかし、実際には「アフェクティブ・マインドセット」というフィルターを通して、自分に都合の良い、あるいは自分に馴染みのある情報だけを掬い取っているに過ぎません。悲観的な気質だからといって、常に不幸を願っているわけではありません。ただ、レイニーブレインが過剰に反応しやすいため、常にどこかに危険はないかと気を配り、リスクを冒すよりは安全な道を選ぼうとするのです。逆にサニーブレインが活発な人は、困難の中にさえ好機を見出し、全力でチャンスに飛び込んでいきます。

◆ レイニーブレインの呪縛 ― なぜ不安はこれほどまでに強いのか

どうして私たちは、たった1つの悪いニュースに心を奪われ、10の幸福を忘れてしまうのでしょうか。なぜ不安は、これほどまでに強固で、私たちの理性を軽々とハイジャックしてしまうのでしょうか。その答えは、数百万年にわたる進化の歴史の中に隠されています。

人類の祖先にとって、茂みの向こうで揺れる影が「風」なのか「ライオン」なのかを見極めることは、文字通り死活問題でした。「あれは単なる風だろう」と楽観視してライオンに食われた個体は子孫を残せませんでしたが、「ライオンかもしれない」と怯えて逃げ出した個体は生き残り、その「慎重すぎる脳」を現代の私たちに引き継いだのです。つまり、不安や恐怖は私たちが生き延びるために磨き上げられた、至高の防衛システムなのです。

何百万年もの進化の過程を通じて、脳の古い領域は、新しい領域との間につながりを築いてきた。たがいの間に回路を形成して、自分にとって重要なことがらに、わたしたちがうまく注意を向けられるようにしてきたのだ。この回路の反応が人によって微妙に異なることが、生き方や考え方の深い相違につながっている。これが最初に述べた「アフェクティブ・マインドセット」の本質だ。人の性格がそれぞれなぜこれほど異なるかの答えは、おそらくここにある。

しかし、現代社会において、この防衛システムはしばしば誤作動を起こします。金融危機、感染症、SNSでの誹謗中傷。現代の「ライオン」は、肉体を噛み砕く代わりに私たちの心を蝕みます。恐怖の回路は一度スイッチが入ると、論理を遮断し、他のすべての活動を停止させて危機に集中させます。悪いニュースばかりを感知しているから不安に陥るのではなく、悪いニュースの方が不安症の人を引き寄せ、離さないという側面があるのです。もし「自分は嫌われている」という強い思い込みがあれば、脳は相手の些細な仕草から「拒絶のサイン」だけを確証バイアスによって拾い集め、ネガティブな思考のスパイラルを加速させてしまいます。

◉ サニーブレインの真実 ―「ハッピー思考」では人生は変わらない

それでは、ただポジティブに考えればすべては解決するのでしょうか。「ハッピーな思考をすれば良いことが引き寄せられる」という巷の自己啓発的な言説を、本書は冷徹な科学の視点で切り捨てます。やみくもな楽観や「悪いことは絶対に起きない」という安易な思い込みは、リスクを正しく評価することを妨げ、かえって致命的な失敗を招きかねません。

真の楽観主義とは、単に上機嫌でいることではありません。それは、世界の過酷さや不条理をあるがままに受け入れ、なおかつ、そこに潜むネガティブなものに屈しない強さのことです。俳優のマイケル・J・フォックスは、29歳でパーキンソン病という過酷な宣告を受けながらも、不屈の楽天家として知られています。彼は現実から目を逸らしているわけではありません。彼は「この先、どんなひどいことが起きるか覚悟している。ただ、どんなことが起きても自分は絶対に対処できる」という揺るぎない自信を持っているのです。

本来のオプティミズムとは、だからむしろ、世界を善悪こみであるがまま受け入れ、なおかつ、そこに潜むネガティブなものに屈しないことだ。プリーモ・レーヴィとマイケル・J・フォックスはどちらも、未来に問題や障害が待ち受けていることを、そして自分で創造的に問題を解決する必要があることを現実的に受けとめていた。けれど彼らは「ものごとは最後にはうまくいく」と信じていた。そして、たしかにものごとはうまくいった。それは単に幸運だったからではない。ふたりが、運命の手綱を自分で握っていたからだ。自身の問題を解決するために行動を起こす人こそが、真の楽観主義者なのだ。

サニーブレインが提供するのは、快楽そのものではなく、快楽を追求する「推進力」です。それは、逆境にあっても粘り強く目標に取り組み続け、自分の人生の舵を自分で握っているという感覚、つまり「自己コントロール感」をもたらします。楽観こそが、毎朝人間が寝床から起き上がることを可能にする力であり、未来への希望を配線された脳の本来の機能なのです。

◆ 遺伝子は「絶対的な主」ではない ― 図書館の本とエピジェネティクス

さて、ここで一つの大きな疑問が浮かびます。こうした性格の差は、生まれた瞬間に決まっているのでしょうか。セロトニン運搬遺伝子の型が「短い」人は一生不安に怯え、「長い」人は一生ハッピーに過ごす運命にあるのでしょうか。かつては、遺伝子こそが人生の支配者だと考えられてきました。しかし、最新の「エピジェネティクス(後成遺伝学)」という学問が、その常識を根底から覆しました。

本書で紹介されるエピジェネティクスの解説は、驚くほど明快です。人間のDNAとは、たとえて言えば図書館に整然と並んだ本のようなものです。そこには膨大な情報が詰まっていますが、本は誰かに手に取られ、読まれなければ、誰にも影響を与えません。遺伝子も同様です。そこにあるだけでは意味がなく、環境からの刺激によって「発現」して初めて、私たちの肉体や精神に作用します。

遺伝子情報が解読されるかどうかに影響を与えるのは、遺伝子をとりまく環境だ。そして遺伝子をとりまく環境に影響を与えるのはむろん、その人をとりまく環境だ。だからこそ、人間の複雑な行動に、遺伝子が直接影響することはほとんどないといっていい。あるひとつの遺伝子が神経伝達上の変化や神経回路の微細な調整を経て、たとえば楽観などの精神的資質を出現させるまでには、長く複雑な道のりがある。そこには他の遺伝子や、それまでの人生で起きた出来事やエピジェネティックな変化など、数多くの要因がかかわっている。

例えば、ストレスに非常に弱いとされる遺伝子型を持って生まれたとしても、愛情豊かな環境で育てられれば、その遺伝子は「沈黙」したまま埃を被り、むしろ人一倍感受性が豊かで打たれ強い人格が形成されることさえあります。逆に、どれほど優れた遺伝子を持っていても、過酷な環境やネガティブな思考の反復によって、悪い遺伝子のスイッチが「オン」になってしまうこともあるのです。私たちは遺伝子の奴隷ではありません。日々の生活習慣、食事、そして何より「世界をどう解釈するか」という選択が、私たちの遺伝子の働きを刻一刻と制御しているのです

◉ 脳の可塑性 ― タクシー運転手の海馬は成長する

さらに心強い事実は、私たちの脳が死ぬまで変化し続ける「可塑性」を持っているということです。かつて、脳細胞は子供の頃を過ぎれば減る一方で、二度と増えないと信じられていました。しかし、ロンドンのタクシー運転手を対象にした有名な研究が、その神話を打ち砕きました。2万5000もの複雑な道路を記憶しなければならない彼らの脳を調べると、記憶を司る「海馬」という領域が、経験年数に応じて物理的に肥大していたのです。

これは、脳が筋肉と同じように、鍛えれば変化するという動かぬ証拠です。目が見えない人の脳では、使われなくなった視覚野が聴覚や触覚の処理のために再利用されるように、私たちの脳は絶えず自分を再配線しています。ならば、ネガティブな方向に固まってしまったレイニーブレインの回路も、適切なトレーニングによって再形成できるはずです。

感情の反応を調整する回路は、人それぞれの仕方で発達する。人がそれぞれ体験する喜びや恐怖、思考や夢。それらがすべてひとつになって「アフェクティブ・マインドセット」が形成され、独自の回路が発達する。こうした回路はどんな人の脳でもほぼ似た場所に存在するし、どんな人の脳にも前頭前野や扁桃体や側坐核などの組織はそろっている。だが、それらが良い出来事や悪い出来事にどう反応するかは、人それぞれだ。こうした回路の反応性や柔軟性こそが、それぞれの性格や人生観の土台となる。

◆ 人生を書き換えるための具体的なステップ

では、具体的にどうすれば、私たちは自分の脳を「楽観脳」へと導くことができるのでしょうか。本書は、最新の科学によって検証された、いくつもの具体的なアプローチを提示しています。

その一つが「認知バイアス修正プログラム」です。これは、コンピュータ画面に映し出されるポジティブな画像とネガティブな画像のうち、意図的にポジティブなものだけを追いかける訓練を繰り返す手法です。わずか15分から20分のトレーニングを数週間続けるだけで、被験者の注意の向きが変化し、不安症の症状が劇的に改善されることが実証されています。これは「意識」ではなく「無意識」のレベルで脳を再教育する、いわば認識のワクチンです。

また、「マインドフルネス」という古くて新しい知恵も、脳科学の強力な裏付けを得ています。今この瞬間の感情に「ラベルづけ」をし、客観的な目撃者として自分を眺める訓練を積むことで、前頭前野の抑制中枢が活性化し、パニックボタンである扁桃体の暴走を鎮めることができるようになります。8週間のプログラムを終えた被験者の脳をMRIでスキャンすると、実際に恐怖の中枢が物理的に小さくなり、抑制を司る領域が高密度になっていたのです。

幸福になる方法のエキスパートである心理学者のバーバラ・フレドリクソンは、日々の生活にポジティブな感情をより多く見いだすことを提唱している。彼女が発見したのが、ポジティブ 3 : ネガティブ 1という黄金の比率だ。この数字が示すのは、豊かな人生を送りたければ、ネガティブな気持ちをひとつ感じるごとにポジティブな気持ちを3つ感じるべきだということだ。ポジティブな感情の体験とは、たとえば驚嘆や思いやり、満足、感謝、希望、喜び、性的欲望などであり、ネガティブな感情とは怒りや軽蔑、嫌悪、困惑、不安、悲しみ、恥などだ。

フレドリクソン博士が提唱する「3対1の黄金比」は、私たちが人生を謳歌するために目指すべき明確な指標です。ネガティブな感情をすべて排除する必要はありません。大切なのは、それを上回るポジティブな経験を意識的に見つけ出し、脳に「世界は安全で、価値のある場所だ」と教え込み続けることです。

◆ 運命の手綱を自らの手に取り戻す

『脳科学は人格を変えられるか?』が私たちに与えてくれるのは、単なる知識ではなく、圧倒的な「希望」です。世界の見え方は、決して固定されたものではありません。私たちの脳は、私たちが何に注目し、何を記憶し、何を選択するかによって、昨日とは違う形へと変わり続けています。

子どもがどんな社会に生きることになるかは、運や偶然では決まらない。その子の感情のスタイルが、その子をとりまく世界を規定する。世界にどう向きあうかによって環境は変化し、どんなチャンスに巡りあうか、どんな問題に遭遇するかも変化するのだ」と博士は語ります。

人生という荒波の中で、私たちは時に絶望し、立ち止まってしまうこともあるでしょう。しかし、私たちの脳内には、暗闇の中に光を見出すための「サニーブレイン」という素晴らしい機能が備わっています。そして、その機能をどう使いこなすかは、私たち自身の手に委ねられています。

本書を読み終えたとき、あなたはきっと、いつもの帰り道の景色が、少しだけ違って見えることに気づくはずです。これまで見落としていた「小さな好機」がそこかしこに輝き始め、自分にはそれを掴み取る力が、そして何が起きても対処できる強さが備わっていることを確信できるでしょう。

あなたの人生を変える力は、他の誰でもない、あなたの脳の中に、もうすでに存在しているのです。

この一冊が、あなたの「アフェクティブ・マインドセット」をポジティブな方向へと解き放つ、最初の一歩となることを願ってやみません。

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