【書評】 『球童 伊良部秀輝伝』 : 最強の右腕はなぜ孤立し、そして消えたのか。 悪童のレッテルを剥がして見えた真実
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マウンドに立つあの男の姿を、今でも鮮明に覚えている。190センチを超える巨大な体躯から、地鳴りのような唸りを上げて放たれる158キロの剛速球。打者を力でねじ伏せ、傲岸不遜にガムを膨らませるそのふてぶてしさ。多くの野球ファンにとって、伊良部秀輝という男は、手が付けられないほどの才能を持った「悪童」そのものだった。けれど、田崎健太氏が執筆した『球童 伊良部秀輝伝』を読んでいくと、かつてテレビ画面越しに見ていた最強の右腕の実像が、少しずつわかってくる。
そこにいたのは、野球の神様に愛された天才でもなければ、世間を挑発し続ける不敵な反逆者でもなかった。ただ、あまりにも大きな体の中に、傷つきやすく、わがままで、どこまでも寂しがり屋な子供を抱え込んだまま大人になってしまった、一人の男の悲劇的なまでの純粋さだった。本書を貫く「マンチャイルド」という言葉、それは「体は大人だが、精神は子供」であることを意味しているが、これほど彼を的確に言い表した表現はないだろう。
伊良部は自分にはとことん甘く、それでいて他人に対しては信じられないほど厳しい目を向ける男だった。自分の考えや理屈を丸ごと認めてくれる人間としか付き合おうとせず、意に沿わないことがあればすぐにへそを曲げる。周囲がいくら正論を説いても、頭ごなしに言われれば即座に反発し、殻に閉じこもってしまう。そんな彼の特異な性質は、すでにプロ入り前から周囲を当惑させていた。本書には、彼がプロの世界に足を踏み入れる直前、母校の尽誠学園の関係者がスカウトに伝えた驚くべき「取り扱い説明書」が記されている。
伊良部はちょっと神経質な子なんです。誰か信用できる人をそばに置くことはできませんか? あいつはそばに誰か信用できる奴がおらんと精神的に不安定になるんですわ。高校でもそういう親しい奴がずっといました。それと伊良部が何か悪いことをした場合、怒り方があるんです。まず強く出ないでください。強く出ると強く返ってくる。叱るときは、こういう風にしてください。横を向いたまま、目を合わさず、穏やかに話すんです。目を見て強く出ると、必ず反発するので。
プロ野球という、実力こそが全てであり、誰もがライバルである苛烈な弱肉強食の世界。そこに身を投じる18歳の若者に対して、これほどまでに腫れ物に触るような気遣いが求められていた事実に言葉を失う。彼は、周囲から過剰に甘やかされ、守られ、特別扱いされることでしか、その巨大な才能を維持できないほど脆い精神の持ち主だった。自分が強く言えば、大抵のことは思い通りになる。そう信じ込んでいた節がある彼は、やがて球団という巨大な組織や、プロとしての規律と激しく衝突し、自らを孤立させていくことになる。
◉ 心の奥底に飼い慣らせない獣がいた
なぜ、彼はこれほどまでに頑なで、攻撃的で、それでいて脆かったのか。著者の田崎氏は、伊良部という男のルーツを辿る旅に出る。沖縄のコザに生まれ、尼崎の喧騒の中で育ち、そして香川の地で才能を開花させた足跡を丹念に追っていく。そこで浮かび上がってくるのは、自身の出自にまつわる深い葛藤だ。アメリカ人の父を持ち、周囲とは明らかに違う外見。幼い頃にいじめられた経験や、複雑な家庭環境は、彼の心に消えない傷を刻み込んだ。
伊良部は心の中に獣を飼っていた。その獣は嫉妬深く、劣等感の塊だった。寺にいるときだけはその獣はおとなしくなった。
この一文が、彼の人生の全てを物語っているような気がしてならない。マウンドで見せるあの凄まじい闘争心も、審判や相手打者への威嚇も、あるいはメディアへの攻撃的な態度も、その正体は心の中の獣が叫んでいた悲鳴だったのではないか。自分が異物として排除されることへの恐怖。誰かに負けることで、自分の居場所を失うことへの絶望。彼は、嫉妬と劣等感という猛毒に蝕まれた獣を必死で抑え込みながら、ただ一人マウンドに立ち続けていたのだ。
香川県にある導不動尊という寺院に、彼が折に触れて足を運んでいたというエピソードは、彼の数少ない救いを感じさせる。そこは、世間の喧騒やプロ野球という数字に支配された世界から離れ、ようやく心の中の獣を眠らせることができる唯一の場所だった。けれど、ひとたびマウンドに戻れば、また孤独な戦いが始まる。練習も自主的には身が入らず、マウンド上で一度冷静さを失えば、自制心を失って崩れていく。酒に溺れ、自らの体を痛めつけてしまうその自暴自棄な姿もまた、不器用な彼なりの、やり場のない感情の爆発だった。
◆ 天才の孤独と、偽りの向こうにある真実
伊良部がメジャーリーグ移籍を強行し、ヤンキースの一員となった時、彼は間違いなく野球人としての絶頂にいた。ロジャー・クレメンスをはじめとする伝説的な投手たちと肩を並べ、彼は驚くべき吸収力で高度な投球術を学んでいった。野球のことになると、彼は突然饒舌になり、少年のように目を輝かせたという。本書には、彼がクレメンスから直々に教わったという、コントロールを安定させるための秘訣が語られている。
クレメンスが、ストライクが入らなくてどうしようもないときの対処法を教えてくれました。球を離す瞬間、グローブを持っている方の左手を胸の四角の中にどこでもいいから入れろ、と。離した後はどこに動いてもいいんですけど、瞬間だけ四角の中に入れる。そこを意識すればコントロールは安定するって言ってましたね。
左胸のあたりで指を四角形に動かして説明する伊良部の姿。それは、純粋に野球を愛し、真理を追い求める「球童」そのものだった。けれど、どんなに高度な技術を身につけても、彼の心に空いた穴が塞がることはなかった。彼がメジャー行きを熱望した理由の一つとして語られていた「アメリカにいる実の父親を探すため」という話。著者の取材に対し、彼はそれを真っ向から否定し、自分は父親がアメリカ人であることさえ知らなかったと嘘をついた。
それはあまりにも見え透いた、子供のような嘘だった。自分を護るため、その場を取り繕うために重ねてきた嘘。けれど、その嘘の向こう側には、誰にも踏み込ませたくない、触れられたくない彼の聖域があった。結局、彼はアメリカで父親と再会を果たすことになるが、その再会は彼に安らぎを与えるどころか、むしろ精神の均衡をさらに崩す結果となった。追い求めていたはずの父という偶像が現実のものとなった時、彼は自分が何のために戦ってきたのか、その目標さえも見失ってしまったのかもしれない。
◉ 42歳で止まってしまった旅の終わりに
2011年7月、伊良部秀輝は自らその生涯を閉じた。42歳。あまりにも早く、あまりにも唐突な幕切れだった。日本復帰、阪神での優勝、そして二度の引退。引退後に始めたうどん屋の経営の失敗。再起をかけた独立リーグでの挑戦。晩年の彼の足取りは、かつての剛腕の面影からは程遠い、迷走と孤独に満ちたものだった。自分を認めてくれる場所を探し求め、コザ、尼崎、千葉、ニューヨーク、高知と彷徨い続けた果てに、彼は何を見たのだろうか。
本書の最後で語られる、実父の告白は胸に刺さる。そして著者が夢で見たという、次第に幼くなっていく伊良部の顔。その夢は、彼がどれほど大きな体を持っていても、最期まで自分をどう扱っていいか分からない、不器用な子供のままだったことを暗示しているようだ。
メディアが作り上げた「悪童」というレッテルを剥がしていくと、そこには誰よりも孤独で、誰よりも承認を求めていた一人の男の、剥き出しの魂が転がっている。彼が生きていれば、今の野球界を、ダルビッシュ有や大谷翔平のような後輩たちをどう見ていただろうか。かつての喧騒を笑って振り返る彼に会ってみたかった。
読み終えた時に心に残るのは、砂場で一人遊びをしながら、誰かが自分を見つけてくれるのを待ち続けていた、小さくて大きな子供の寂しげな背中だった。彼が最期に求めていたのは、160キロの速球でも、チャンピオンリングでもなく、ただ「君は君のままでいい」と穏やかに話してくれる、誰かの温もりだったのではないか。そんな気がしてならない。
