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「小さな好き」を誰にも渡さない。 SNSの承認欲求から抜け出し、自分自身の“身体の知らせ”に耳を澄ませる方法

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翔平 : 最近なんだか、しっかり休んでいるはずなのに疲れが取れない……なんて感じること、ないかな?

奈美 : ええ、不思議とそうなの。仕事も順調だし、SNSで友達とやり取りするのも楽しいはずなのに、ふとした瞬間にどっと疲れや虚しさを感じることがあって。

翔平 : それはね、奈美さんが無意識のうちに「感情労働」を積み重ねているからかもしれないよ。脳科学者の恩蔵絢子さんが書いた『感情労働の未来 ― 脳はなぜ他者の"見えない心"を推しはかるのか?』という本を読んだんだけど、今の僕たちが直面している生きづらさの正体が、脳の仕組みから解き明かされているんだ。

奈美 : 感情労働? それって、お仕事で無理に笑顔を作ったりする人のことじゃなかったかしら。

翔平 : 元々はそう定義されていたんだけど、著者は今のSNS社会こそが「感情労働の最前線」だと言っているんだ。僕たちは24時間、リアルでもネットでも他人からの評価に晒されていて、無意識に「こうしたほうが良い」という社会の型に自分を合わせようとしている。その結果、本当の自分の感情を動かさなくなって、脳が悲鳴を上げているんだよ。

奈美 : 24時間評価されている……。確かに、SNSの「いいね」の数を気にしたり、誰かを不快にさせないように言葉を選んだりすることに、かなりのエネルギーを使っている気がするわ。

翔平 :著者は、「他者に対して気を遣い、ポリティカル・コレクトネスにも気をつけ、ものすごく行儀良く暮らしている私たちは、感情を始終使っているようだけれども、考えてみれば『こうしたほうが良い』と社会に決められた型や価値観にいつも合わせているだけで、本当には自分の感情を動かしていないのかもしれない」 と指摘しているんだ。

奈美 : 自分の感情を動かしていない……。でも、それだけ気を遣っているなら、むしろ「いい人」として評価されるはずじゃない?

翔平 : そこが落とし穴なんだ。「いい人」ほど、相手の期待に応えようとして「深層演技」という、自分の本当の感情を書き換えてまで相手に合わせる技術を駆使してしまう。それが続くと、自分の感情と企業の規則や社会の空気が一体化してしまって、自分が本当は何を感じているのか分からなくなる「燃え尽き症候群」に陥ってしまうんだよ。

奈美 : 自分の本当の気持ちが迷子になってしまうのね。なんだか怖いけれど、どうして私たちの脳は、そんなにまでして他人の心を読もうと必死になるのかしら。

翔平 : それはね、人間が徹底的に「社会的動物」として進化してきたからなんだ。著者は『目から心を読む力』こそが、これからの時代に最も重要な知性だと言っているんだよ。

奈美 : 「目から心を読む力」? それが知性なの?

翔平 : そうなんだ。MITの研究で、チームの成績を左右するのはメンバーの平均IQではなく、チーム内に社会的感受性が高い人がいるかどうかだという結果が出ているんだよ。その感受性を測るテストが、まさに「目元の写真だけを見て、その人がどんな感情を抱いているかを当てる」というものなんだ。「社会的感受性とは、たとえば目元の写真だけを見てその人がどんな感情を抱いているか、他者の心を推しはかることができる能力のこと」 だと著者は説明している。

奈美 : 目元だけで……。IQが高いことよりも、相手の小さな変化を察知できる能力の方が、集団としては大きな成果を生むということなのね。

翔平 : そして、この「目から心を読む力」こそが、最新のChatGPTのようなAIには絶対にできない、人間だけの驚異の能力なんだよ。AIは膨大な言語データを統計的に処理して、いかにも心があるように振る舞うことはできるけれど、身体を持っていないから、僕たちが言葉以前に交わしている「情動的共感」……例えば、相手が痛みを感じているのを見て、自分の脳の島皮質や前部帯状回が同じように反応するような体験はできないんだ。

奈美 : AIには、相手の痛みを感じる身体がないんですものね。でも、どうしてそんな複雑な能力を、私たちは身につける必要があったのかしら。

翔平 : それは、僕たちが生きている世界が「正解がない世界」だからなんだ。著者は、「感情は『正解がわかる前に、体を動かす力』『正解がなくとも、意思決定する力』だ」 と言っている。もし世界が論理だけで割り切れるものなら、感情なんていらない。でも、誰と友人になるか、何を食べるかといった日常の決断に正解はないよね。不確実な世界で「えいや!」とジャンプして決断を下すために、感情という知性が進化したんだよ。

奈美 : 感情は論理より下に見られがちだけど、実は生き抜くための知性の根源だったのね。でも、その能力があるからこそ、私たちは他人の評価に縛られて苦しくなってしまう。どうすれば自分を取り戻せるのかしら。

翔平 : 著者が提案している脳の手入れの一つは、依存関係を抜け出して、相手と自分を「切り離す」ことなんだ。僕たちは共感能力が高いから、つい相手と一体化して、相手が期待通りに動かないと怒りや痛みを感じてしまう。でも、本当に他者を理解するためには、共感した上で、あえて自分と切り離すという認知的負荷、つまり「痛み」を自分に課す必要があるんだよ。

奈美 : 相手を自分の一部だと思わずに、一人の独立した人間として尊重するということね。

翔平 : そう。それから、現代の評価社会で自分を失わないための処方箋として、誰の役にも立たないような、自分だけの「小さな好き」を守ることを勧めているんだ。SNSで「いいね」をもらうための活動じゃなくて、自分が心から「あ、これいいな」と感じる瞬間を大切にすること。著者は、認知症になったお母さんとの生活の中で、生活に必要じゃない言葉を交わした瞬間に、お互いの心が見え、共鳴する奇跡を体験したんだって。

奈美 : 必要じゃない言葉……。効率や評価ばかりを求める現代では、真っ先に切り捨てられてしまいそうなものね。

翔平 : 効率を求めて全てを明示的に、分かりやすく加工しようとするほど、僕たちの身体感覚は失われて、自分を「モノ化」していってしまう。だからこそ、24時間他人の目に晒される世界の中で、自分だけの内なる身体の知らせに耳を澄ませることが重要なんだ。「自分の感情が動いたらそれに気づくことができる」 という気づきこそが、感情労働を幸福なものに変える鍵なんだよ。

奈美 : なんだか、自分のことをもっと労ってあげたくなったわ。その本、今の私に一番必要なことが書かれている気がする。

翔平 : 脳科学の本だけど、最後にはとても温かい気持ちになれる「救いの書」でもあるんだよ。

奈美 : 脳の仕組みを知ることで、自分や他人との付き合い方が変わるかもしれないわね。

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