介護に正解はあるのかという問いについて。 介護の現場で、人と組織を考える。 #42
「同じようにやってもうまくいかないんですよね。」
新人職員さんから、よく聞く言葉です。
食事が進まない。
「帰りたい。」と言われる。
排泄の声掛けに応じていただけない。
なぜかうまくいく職員もいて、
「同じようにやってみたんですけど…。」
でも、その人のようにはいかない。
介護の現場では、そんなことがよくあります。
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私はその話を聞くたびに、
「うまくいくこと」と「正解」は少し違うのかな。
と考えます。
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私は、介護に正解はあると思っています。
ただし、
一つではありません。
その人、その時、その瞬間の正解です。
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例えば、
身体の仕組みには正解があります。
脱水になれば水分は必要です。
感染予防の方法もあります。
身体の構造や生理学的な考え方には、
積み重ねられた根拠があります。
これは介護でも、とても大切です。
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でも、
人は身体だけではありません。
健康だけを考えるなら、
お酒は飲まない方がいい。
タバコも吸わない方がいい。
ポテトチップスも控えた方がいい。
きっと、それは一般的には正解です。
でも、
大切な人を亡くした日。
どうしようもなく辛い日。
「今日は少しだけ飲みたい。」
そう思う人もいます。
その時に、
「健康に悪いからやめましょう。」
だけが本当に正解なんでしょうか。
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介護も同じです。
昨日は笑顔で食べてくれた。
今日は一口も食べたくない。
昨日は排泄に応じてくださった。
今日は「嫌だ。」と言われる。
昨日うまくいった方法が、
今日はうまくいかない。
だから、
昨日の成功をそのまま今日に当てはめても、
正解とは限りません。
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私は、
正解とは、
「うまくいった結果」だけではないと思っています。
その人を知ろうとしたこと。
何を大切にしているのか考えたこと。
何度も方法を変えながら向き合ったこと。
その積み重ねの先で、
たまたまその瞬間、
その人にとって最適な支援になった。
私は、それを正解と呼びたい。
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昔、
龍樹という僧侶は、
「絶対的なものはない。」
という考え方を説きました。
私は哲学者ではありません。
でも介護をしていると、
その意味が少し分かる気がします。
人は変わる。
環境も変わる。
だから、
正解も揺らぐ。
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介護は、
科学でもあります。
身体を知り、
根拠を学ぶことは欠かせません。
でも、
人を相手にする以上、
介護はアートでもあると思っています。
同じ人でも、
昨日と今日で正解は変わる。
だから難しい。
だから面白い。
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アートとの違いがあるとすれば、
作品として残せないことです。
残るのは、
利用者さんの表情だったり、
「ありがとう。」
の一言だったり、
「あれで良かったのかな。」
と思った時に見せてくださる笑顔だったりします。
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介護に正解はある。
私はそう思っています。
でも、
その正解は、
誰かが決めた一つの答えではありません。
目の前の人と向き合い、
考え続け、
悩み続けた先で、
その瞬間だけ見えてくるものなんだと思っています。
だから今日も私は、
その人にとっての正解を探しながら、
介護という名のアートを続けていきたいと思います。
