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「脊髄ショック」という名の、計算された沈黙ーー 身体のOSが応答を止めた日。

心の動揺? 一時的なパニック?

いいえ、倒れて怪我をした僕の身体に起きたのは、そんな精神的な比喩ではありませんでした。

それは、「僕というシステムの全シャットダウン」という、あまりに無機質で冷徹な、計算された沈黙。

今回は、僕の人生のOSが書き換えられたあの日、そして「脊髄ショック」という得体の知れない沈黙と、僕がどう向き合ってきたのかを記します。


1. 事故当日、断片化された記憶のアーカイブ


計算された沈黙、それを語るには、あの日、僕に何が起きたのか、断片的にしか残っていない事故当日の記録を呼び起こす必要があります。

まるでTVドラマのカット割りのように、幾つかの「イラスト」としてだけ、脳裏に焼き付いています。



倒れた僕を見て驚き、悲鳴をあげる女性の声。
おしゃれなオフィスビルの喫煙スペースという、薄暗い雰囲気を醸し出した空間の中。
黒い壁に囲まれた、5坪程度の広さ。オレンジがかったような印象の彩度の低い照明。そこに、10名のくらいのスモーカーがそれぞれに自分の時間を愉しみながら、たたずんでいたように思う。

一瞬にして深海の底に沈められたような感覚。空気を吸おうとしても、水圧に押し潰されるように息が吸えず、ただ口をパクパクさせるだけの自分。

同僚が必死に心臓マッサージ等の心配蘇生をしてくれたような……。
そこで映像は途切れる。

そして次のシーン。救急隊が到着して、「大丈夫ですかー」と話しかけてくる。周囲に何が起こったか状況確認をしている。私は声を出すことすら出来ずに、倒れたまま。

また記憶が途切れ、次は「〇〇病院に行きます!」と叫ぶ声のシーン。
画はすぐに切れる。途切れる速度は増しているようだ。

次のシーンは、病院に到着し、ストレッチャーでガタガタと運び込まれる場面。先ほどとは対照的に、病院独特の白色灯が照らされ、無理にでも意識を覚醒させようとしてくる。

病院に着いたという安心感なのか、色んな検査をされて情報量が多くなったためなのか、記憶はどんどん曖昧になる。


あの日も、一日中打ち合わせや商談などで忙しなく働いていました。

梅雨入り前のよくある仕事帰り。オフィスビルに入っている居酒屋で酒を飲み、電車に乗る前の一服を、と思って立ち寄った喫煙所。そこで僕は、立ったまま意識を失い、転倒したようです。

やや昭和気質なところはありますが、ホントに直前まで、気の合う仲間と、酒を飲みながら、会社の未来について、熱く話していたばかりでした。

その数分後に、僕というシステムが全シャットダウンを迎えることなど、微塵も疑わずに。 



2. 「脊髄ショック」という名の強制終了


病院に運ばれ、病名を確定させるための検査が矢継ぎ早に行われました。当時の僕には、自分の身に何が起きているのか、何一つ理解できませんでした。

ただ、僕の身体は「脊髄ショック」という医学的なプロセスを、教科書通りに粛々と実行していました。

医学的に言えば、脊髄ショックとは受傷直後から数日〜数週間続く、損傷レベル以下のすべての脊髄機能の「一時的な消失」を指します。

弛緩性麻痺:筋肉が緊張を失い、フニャフニャの粘土のようになる。
反射の消失:叩いても、つねっても、身体が反応を返さない。
自律神経の沈黙:血圧が維持できず、排泄のコントロールも失われる。

前回の記事で触れた「出ないおしっこ」も、立ち上がった瞬間の「血圧低下」も。実はすべて、この「脊髄ショック」というプログラムが忠実に実行されていた結果でした。僕の身体はデタラメに壊れたわけじゃない。あまりに強い衝撃からシステム全体を保護するために、一旦すべての機能を強制終了(シャットダウン)させていたのです。



3. 「自分だけの奇跡」だと思っていた、無知な僕


正直に告白すれば、僕は入院初期はおろか、つい最近まで「脊髄ショック」なんて言葉は知りもしませんでした。というか、誰もそのキーワードを発しませんでした。

ただただ、目の前の動かない身体に絶望し、そこから少しずつ感覚が戻ったり、指先がピクリと動いたりするたびに、「僕の身体が頑張っている!」「奇跡的に回復しているんだ!」と、自分だけの孤独な戦いの成果として、その変化を一喜一憂しながら受け止めていました。

自分の努力と、自分の身体の底力。それだけを信じて、一歩ずつ「回復」の階段を登っているつもりだったのです。


けれど、退院した今、冷静にログを辿って気がつきました。

僕が「奇跡だ」と喜んでいたあの変化の数々は、実は医療テキストに記された「脊髄ショックから回復期へ移行する際の、典型的なプロセス」そのものだったのです。

僕という個人の奮闘とは無関係なところで、身体の設計図はあらかじめ引かれていた。

損傷したあの日、僕の身体がどう止まり、どう再起動していくかは、医学という名の「仕様書」の中にすべて書き込まれていました。僕が必死に掴み取ったと思っていた「回復」は、実はシステムが予定通りに再起動のシーケンスを辿っていただけだった。

その事実は、納得感と共に、少しの寂しさを僕に残しました。

4. 「当たり前」を、絶望している誰かへの「灯火」に


医療従事者のためのテキストを開けば、僕のこの「計算された沈黙」は、当たり前の症例として詳しく載っています。

でも、その「当たり前」の情報は、あの夜、ベッドの上で震えていた僕の手元には届きませんでした。

自分が感知しないのも、血圧が下がるのも、すべては計算通りの現象だった。ただそのことを知っているだけで、救われる夜があったはずです。

医療のテキストにある「冷たい事実」を、当事者の視点から「再起動への灯火」へと書き換えるために。

だから、僕はnoteを始めました。
もしかしたら、同じように悩む人はいるかもしれない、と思い。

僕のシステムは、新しい仕様で動き出しています。 

あの日、設計図は一方的に書き換えられてしまった。

けれど、その新しい身体で「どう生きるか」というコマンドを入力する権限だけは、今も、これからも、僕の自由意志に委ねられている。そう信じています。



ここまで読んでいただきありがとうございます。
人それぞれとは言いますが、自分と同じ感覚を持った方の少しでもお役に立てれば幸いです。

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