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『Tokyo Cathedral of Light』英次の舞台衣装制作裏話、追い詰められる静子。

光の大聖堂は、ひとりの男を生まれ変わらせた。 同じ光の下で、ひとりの女は罪に沈んでいた。 ――生まれ変わる者と墜ちてゆく者が、同じ聖堂にいた。


「いいんじゃねーのか?インパクトあるぜ。」

マサは、SNSに載せるアーティスト映像を撮影している。 英次は、決して派手な顔ではないが端正な顔立ちをしているために、 こうしたヴィジュアル系のメイクをすると格段に映えた。

「俺は、もう少し普通の方がいいんだが…。」

初め、そう言って戸惑うエイジに、マサはデザイン画を描かせた。

「お前、本当はなりてえもんがあるんだろ。なればいいんだよ。 舞台にいる間だけ、静子さんも、夢の女になっていただろう? お前も、夢の男になりゃあいい。女だけが、変身するわけじゃねえ。 仮面ライダーも、ウルトラマンもみんな変身してたぜ。 おとなしくしてなきゃならねえ道理はないはずだ。 好きな線を引いて、好きな色で塗ってみろ。 出来たら、形にするんだ。今日はとことん付き合ってやるからよ。」

マサは本当に太陽の様だ。 俺の気鬱など吹き飛ばしてくれる。

昨日塞ぎ込みすぎて、マサに電話して愚痴を聞いてもらい、 一泊してもらい、一緒に朝飯を食って、 それでも尚、塞ぎこんでいた俺でも、 マサといると自然と笑顔になれる。前向きになれる。

そうこうしているうちにスケッチブックに絵が出来た。

「とにかく、出来たんだったら見せろよ。」

マサがのぞき込む。

「これ…すげえな!!」

そこには普段の俺とは似ても似つかない美しい男がいた。

「あんまり見ないでくれ。…何だか気恥ずかしい。」

「よし。行くぜ。」

「どこへだよ?」

「決まってんじゃねーか!オカダヤだよ!新宿にあんだろうが!! あそこなら少しばかり高いが、全部材料は揃う!!!買いに行くぞ!!!」

「えっ?!」

マサは、一度決めると行動が爆速だった。 そして、金も無いだろうに、全額俺のために使いやがった。

「やっぱり思った通りだぜ。生地の質が高い。オカダヤ、間違いねー。 それとこれと、あれもくれ。金具の箱はどこだ、おい、エイジ、選んでくれよ。」

「で、でも、決まったわけじゃない、あくまで案だぞ、まだ。」

「バーカ。鉄は熱いうちに打たねえと意味がねえんだよ!! 帰ったら作るぜ!!ミシン糸の黒も買っとけよ!!」

俺は目が白黒しながらも帰宅し、採寸し、寸法を書き出し、 それを元にパターンを正確に割り出していく。

大型の机にハトロン紙を広げた。 卒業制作以来だったが、やり方は体が覚えていた。

原型を展開する。 布の用尺は十分にある。 美しいラインを出すため、パンツもジャケットも立体裁断にする。

俺のジューキの職業用ミシンで、寸分も狂わずそれは縫いあがっていく。 俺は夢中で金具を取り付けて、鋲を打った。ドキドキした。

自分も夢の中の男になれるのか。

その夢のデザイン画の中に、 ずっと、なりたかった本当の自分がいるような気がした。

息を呑んだ。 どんどん夢が形を成してゆく。

「やるじゃねえか。」

発生するゴミ屑を袋に突っ込んで処分しながら、 マサは俺の作業が終わるのを見守った。

そしてそれは夕方にはもう完成した。

オカダヤで購入したウィッグとメイク用具を机の上に用意し、 三面鏡のミニ鏡台を置いた。

洗顔し、肌を整える。 ひげは深剃りしておいた。 そして、震える手でメイクを施す。

真っ黒いリップを紅筆で引く時、胸の奥がぞわぞわした。

「いいぜ。デカい鏡は、奥の部屋だったよな、取ってくる。」

メイクを終わらせ、自分の作った衣装に着替え、 ウィッグを装着した。

そして、全身が映る鏡を見た。

魂が焙られたようだった。 鏡の前の俺は、光に焼かれたように立ち尽くしていた。

「これが…俺なのか…?」

「すげえよ。やっぱ。頑張って良かったよな。」

マサは涙ぐんでいた。 俺より先に泣くなんて、こいつどうなっているんだ。

でも、本当に泣きそうだった。 あんまりにも、綺麗で。

「マサ…ありがとう…、背中を押してくれて。」

「これからは、気持ちが落ちたら、その格好で生きろ。 舞台に立て。お前は、舞台で生まれ変わるんだ。 なりたいお前に成るんだよ。」

そう言って笑ったマサといるとき、俺は無敵だ。

俺は傲然と前を向いた。 胸をそらして、深く息を吸い込んだ。

息を深く吐き終わった時、 いつもの、死んだ目の男はどこにもいなかった。

「綺麗なんだろ?俺。」

「…ああ、とんでもなくいい男だ。」

「今から撮影スタジオを予約する。 このメイクを崩さないうちに撮りに行く。 知っている場所なんだ、GOTHMAGAGINE時代によく行っていた。 あそこなら雰囲気が合う!今日は平日だし、ギリギリ行けるかもしれない。」

俺は都心の撮影スタジオに電話を入れた。 奇跡的に、今日中、ラスト30分の使用が認められた。

「へっ。やっと調子が出てきやがったか。」

マサが鼻を鳴らす。 そして手早く、デジカメと三脚、レフ版を入れたカバンを取り出した。

俺の家にある備品は大体マサは知っているのだ。

ふたりでライトバンに乗って、都心のスタジオに向かった。 そして今、撮影をしているというわけだ。

『Tokyo Cathedral of Light』という教会を模した光の大聖堂は、 罪と変身を同時に呑み込む場所だった。

夜でもそこは内部のライトアップで荘厳さを増し、 大変人気のスタジオだった。

「撮影が終わったらよ、飯おごってくれよ!腹減ったぜ!!」

マサが俺にポーズの指示を出しながら、シャッターを切ってゆく。

ゴシック建築様式のそのスタジオに、不似合いなセリフが響く。

「バカだな、響いてんじゃねーかよ。」

俺は苦笑いする。

そして、最高の写真が撮れたのだ。

意気揚々と俺たちはスタジオの部屋を出た。

「エイジ、もう松屋の牛丼でいいから早くて美味いやつにしてくれよ。」

マサはすっかりエネルギー切れなので、 俺は手持ちのゼリードリンクを差し出した。

「サンキュー!!気が利くぜ!!」

そして俺はこの時知らなかった。

同じ時間帯に、憔悴しきった静子が、 このスタジオ『Tokyo Cathedral of Light』の中で、 多香子と共に『贖罪の聖母子像、静子』として、 久方にその弱りを撮られ続けていたことを。

夫以外の男を未だに愛している事の罪の意識に戦き、 娘を愛しきれない不全感に苦しみ、 それでも尚、幸福と笑顔のアイコンとして生きなければならない。

そういう女が、たまらなく久方は好きだった。

静子が、その慚愧の念で歪めば歪むほど、 久方には美しく見えた。

(砕ける寸前まで墜ちて行け…。 罪の意識に狂い乱れるお前が好きだ。

もっと。もっと。狂ってゆけばいい。 お前は、俺の、美の女神だ。

決して手放しはしない。 この掌の上で踊るお前を眺め続けたい。

そんなお前が絶望の色に染まる時、 俺は本当に悦びを感じるんだ。

狂え。愛している。静子。 さあ、お前の、美しさを見せろ。)

夜の闇の中で、静子の翳りは一層増していた。

目の下の影が濃くなり、その指先は震えていた。 もはや静子は泣くことも満足に出来ない程に、 ただ、顔色を青ざめさせている。

そして久方は容赦なくその翳りを撮り続けた。 美しき、籠の中の鳥を、愛でるために。

光の聖堂は、彼女の罪を赦さなかった。

そして今。 運命の歯車が軋みながら回転をし続けていた…。



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