英次のその後【GOTHMAGAZINE】
虫の歌(劇中歌)
歌詞
月影差したる森に沈みて
闇の中で息をする
俺は虫
誰一人俺に気付きはしない
闇夜の中で繭に篭りて
独り糸を吐く
紡がれぬままに
その言葉を綴りし手紙は
積み上げた命の残り火
ある女子高生は、今月発売のGOTHMAGAZINEを手に取った。その表紙はいつもは大体、専属モデルの華ちゃんだったが、今回は見慣れないアーティストの写真が表紙になっていて、その名前を書いた見出しがそこには踊っていた。

ある男子高校生も、GOTHMAGAZINEを購入した。憧れのバンド、ボルケーノの野崎英次が出ていると、妹に教えられたからだ。彼は大事そうに、雑誌を懐に抱えて店を出た。
『ピアニストであり、ボーカリスト、そしてその殻を破り、ボルケーノのメンバー、野崎英次はギタリストとして再誕する。その彼を支えたのは同じバンドメンバーの水沢優秀だった。彼のギターの名は、セブンスヴェール。オスカー・ワイルドの戯曲、サロメから材を取ったというそのギターは、かつて水沢優秀の、トレードマークだったギターだ。それを託されて今、ギタリストとして初の公演を、グラウンド・ゼロというライブハウスで行うのだという。その意気込みをGOTHMAGAGINE編集部、黒江が独占取材した!そして、野崎英次は、実は、GOTHMAGAGINE専属モデル、佐野静子の服飾専門学校時代の同級生でもあり、彼女の道を開いた、キーパーソンでもある。彼の作る耽美でゴシックな衣装の美しさは特筆すべきもの!最新の衣装は…』
電車の中、熱心に記事を呼んでいた彼は、周りの視線にふと気がついた。そして、先ほどの本屋で、本にカバーをかけてもらい忘れたことに気がつき、赤面した。…女性雑誌をこんなに熱心に読んでいるなんて、恥ずかしい。
しかし、それほどに面白い記事だったのだ。一人の男の傷ついた魂が、音楽の力で再生し、人に力を与え、自分自身を救ってゆく。その過程が非常に丁寧に書かれていて好感の持てる記事だった。
(すげえ。俺、絶対、グラウンド・ゼロのチケット取ろう。野崎英次のギタリストとしての初舞台、必ず目に焼き付けるぞ。帰ったら電話して…、そうだ、仲間にも声かけよう!)
彼の気持ちは定まった。そして、ロック好きの集うポータルサイトのつながりを生かして、彼は、そのライブの開催日に、特に親しい友達を誘うことにした。友人は二つ返事でチケットを購入すると言ってくれた。
「ボルケーノだろ!行くよ!彼らが来るんだったら、間違いないからな!」
そして、その余波は、レンタルオフィスの、ボルケーノ事務局の電話のベルが鳴り続ける事によっても確認が出来た。
「エイジ!やっぱり思った通りだ、すげぇ影響力だ!さすが、全国区の出版社、さすが、GOTHMAGAGINEだな!」
マサは叫んだ。
「俺達だけじゃとても対応しきれねえから、バイトを雇おうぜ!こんな日が来るなんて、これはもしかして、もしかするぞ!!これを足掛かりにもっとデカいハコで歌えるようになるかもしれねえ!気を引き締めてかかれよ!!お前は、普通のミュージシャンじゃねえんだ。人様とは格が違うんだからな!!その、格の違いを見せつけてやるんだ!!負けるんじゃねえ!!」
マサは暑苦しい程の熱量で、俺を励まし続けている。
「…みんな、お前のおかげだよ。あの服も、ギターも、みんなお前が、持てる資材やお金を投げ打ってくれたからなんだ。俺がどん底にいる時、いつも、お前は…。必死になってバンドを支えてくれた、必死になって俺を、暗闇から引きずり出してくれた。ありがとう、マサ。でも、なんで俺みたいな人間を、そんなにしてまで…。俺にはもったいない、全ての事が。」
俺は、泣きたくなった。怖くてたまらなかった。
もし、マサのその優しさが、いきなり断たれることがあったら、別れなければならない時が来てしまったら、そう思うと、怖くてたまらなかった。だから、俺は、決して心からマサを好きになってはいけない、今の関係は、演技だ、これはただの取引なんだと思おうとしていた。
しかし、俺が距離を置こうとすればするほど、マサは距離を詰めて来る。
「バカ野郎!俺みたいな、なんて、簡単に言うんじゃねえ!」
マサはどうやら本気で怒っていた。
「お前は、絶対に、価値のある人間なんだ!お前は、凄いんだ!!どれだけ言えば信じるんだ、俺がいくら、褒めても、褒めてもお前には焼け石に水って事なのか!?違うだろう!!そんなに俺の言う事が信じられないんだったら、信じられるようになるまで練習だ。妥協のねー音が出せるまで、許さねえ、今日もスタジオ入りするからな!」
真っ直ぐな目が怖かった。関わるなよと、突き放したかった。しかし、出来なかった。
もっと踏み込んでほしい。
魂のどん底まで。
俺はそれを願ってしまっている。
やはり、病的かもしれない。
俺は依存している。強い酒が依存を引き起こすと同様に、その反動で、とてつもない悪酔いをも呼び寄せるように、恐怖しながら、その甘美な執着を求めている。お前無しでは生きていけない、その事を告げるわけにはいかない。何があっても。その言葉は、きっと、俺に致命傷を与えるだろう。
だから代わりに、俺は思いっきり傲岸不遜に振る舞って見せた。
「マサ。俺達に敵はいない、解ってる。もう弱気にはならない。グラウンド・ゼロは、俺たちのためのステージだ。誰が最高の演奏をするのかを、
一人残らず思い知らせに行くぞ!後れを取るんじゃないぜ!」
すると先ほどまで怒っていたマサの表情がいきなり輝きだした。
「そうじゃなきゃいけねえ!!お前は最高だ、最高の男だぜ!!」
それでいい。たとえ、虚勢であろうと、輝く俺の事は、ちゃんと俺として認識してくれるだろう?マサ。俺は、演じるよ。
一生かけて、満点な男でいるよ。
お前の視界に入れるような、その視界に入れてもらえ続ける様な、完璧な人間を演じ切るよ。
だからもう、離れないでくれ。
決して。決して。
…俺は真っ白な闇の中にいた。
その盲目の闇の中で、俺たちは、
互いを手探りで捕まえているのだ。
どれだけ醜悪でもいい。
歪んでいてもいい。
例えそれが
恋でもなければ、愛でもないのだとしても。
俺を救いうるのはもう、この、お前の
俺に向ける執着心だけなのだ。
この関係が続いてくれるという
確実な約束が果たされるのなら
きっと喜んで俺は差し出す。
命をも。
そして、俺たちは、GOTHMAGAGINE編集部に、記事掲載のお礼として、ライブのチケットを人数分贈ったのだった。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!頂いたチップは、私の創作活動費に使わせていただきます!