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「最初から無理だ」と諦めていた私に刺さった——アニメ『黒猫と魔女の教室』

アニメ『黒猫と魔女の教室』 を2話まで観て、一番心に残ったのは、「最初から諦めないこと」の大切さだった。

この作品の主人公は、魔法が一つも使えない。
しかも、お金もコネもない。

そんな主人公が目指すのは、超エリートばかりが集まる名門魔法学校だ。

周囲との実力差は圧倒的で、普通なら「自分には無理だ」と諦めてしまうような環境である。

しかし主人公は、それでも諦めない。

今の自分にできることを必死に積み重ね、少しずつ前に進んでいく。

私はその姿を見て、自分の学生時代を思い出した。


私は昔から、「自分には無理だ」と決めつけることが多かった。

特に受験に対しては、自信がなかった。

「一般入試で戦えるほど頭が良くない」 「失敗するくらいなら、最初から安全な道を選ぼう」

そう考えて、私は指定校推薦で大学へ進学する道を選んだ。

もちろん、その選択自体を後悔しているわけではない。

しかし今振り返ると、「挑戦する前から可能性を閉ざしていた部分」もあったと思う。

だからこそ、この作品の主人公の姿勢に強く心を動かされた。

主人公は、自分が未熟であることを理解している。
それでも、「だから挑戦しない」という考えにはならない。

できないなら、できるようになるまで努力する。

その姿勢は、今の自分にも必要なものだと感じた。


主人公が出会うのが、喋る黒猫だ。

この猫はただの猫ではなく、呪いによって猫の姿に変えられてしまった元人間の魔術師である。

主人公は、この猫に魔法を教えてほしいと頼み込む。

ここで印象的だったのは、主人公が猫に対しても敬意を持って接していることだ。

普通なら、人は「見た目」や「立場」で相手を判断してしまう。

しかし主人公は違う。

相手が猫であろうと、自分より小さな存在であろうと、きちんと敬意を払う。

しかも、この時点では主人公は猫の正体を知らない。

後に、この猫の正体が伝説的な大魔術師・ クロード=シリウス であることが判明するのだが、主人公はそれを知らなくても変わらず接していた。

私はここに、「裏表のない純粋さ」を感じた。

人はつい、「この人は偉いから丁寧に接しよう」「この人は立場が弱いから適当でもいい」と態度を変えてしまうことがある。

しかし主人公は違う。

相手そのものを見ている。

この素直さや純粋さこそが、主人公の魅力なのだと思った。


作中では、主人公が図書館で古代文字を勉強するシーンがある。

目的は、「プロビデンスの書」という伝説の魔導書を読むためだ。

主人公はもともと本を読むのが苦手だった。

しかし、調べていくうちに少しずつ興味が湧き、「理解したい」という気持ちが強くなっていく。

ここがとてもリアルだった。

最初から「好き」なものだけが才能ではない。

わからないから調べる。
調べるうちに面白くなる。
そして、もっと知りたくなる。

人が何かに夢中になる過程が丁寧に描かれていると思った。

さらに面白いのは、その知識が後に思わぬ形で役立つことだ。

主人公は古代文字を学んでいたことで、隠し通路を見つけることになる。

つまり、「今すぐ役に立たない努力」が、後になって大きな意味を持つのである。

私はここに、「努力は無駄にならない」という作品のメッセージを感じた。

人は結果が見えないと、「こんなことして意味があるのか」と不安になる。

しかし実際には、無駄に見えた経験が後から繋がることがある。

それは勉強でも、人間関係でも、趣味でも同じだと思う。

まさに「塵も積もれば山となる」である。


そして、この黒猫の正体が主人公の憧れだったクロード=シリウスだと判明する展開は、とても熱かった。

自分が憧れていた存在が、目の前で自分を導いてくれていた。

これは夢のような話である。

私はここで、自分の学生時代の先生を思い出した。

私は日本史の授業が好きだった。

特に、日本史の先生の授業は本当に面白く、「もっと知りたい」と思わせてくれる先生だった。

その先生のおかげで、日本史の勉強が楽しくなり、テストでも高得点を取れるようになった。

そして最終的には、大学でも日本史学科に進むことになる。

今振り返ると、「憧れの存在」が人を変える力は本当に大きいと思う。

誰かに認められたい。
この人みたいになりたい。

そういう感情が、人を努力へ向かわせる。

この作品は、そうした「憧れの力」も描いているように感じた。


作中で特に印象的だったのが、猫の

「イメージが鮮明なほど、魔法は強くなる。」

というセリフだ。

もちろん現実に魔法は存在しない。

しかし、この言葉は夢や目標にも通じると思った。

人は最初から「無理だ」と決めつけてしまうと、その瞬間に可能性を閉ざしてしまう。

逆に、「こうなりたい」というイメージを強く持ち続けることで、人は少しずつ前に進むことができる。

夢というのは、最初から現実的に見えるものばかりではない。

むしろ、「そんなの無理だ」と笑われるようなものもある。

しかし、それでも諦めずに続けることで、少しずつ現実に近づいていく。

だからこそ大切なのは、「できない」という偏見を最初から持たないことなのだと思った。


主人公の

「今は未熟で倒せない。でも、今やれることを全力でやる。」

というセリフにも強く心を打たれた。

人はどうしても、「結果」を焦ってしまう。

すぐ成功したい。
すぐ認められたい。

しかし現実は、そんなに簡単ではない。

だからこそ大事なのは、「今の自分にできること」を積み重ねることなのだと思う。

未熟でもいい。
完璧でなくてもいい。

それでも、自分にできることを全力で続ける。

その積み重ねが、やがて大きな力になるのだと、この作品は教えてくれる。


また、猫の

「他人を守って何の得がある?」

というセリフも印象的だった。

一見すると冷たい言葉に聞こえる。

しかし私は、この言葉の裏に「過去の後悔」があるように感じた。

きっと猫自身も、昔は誰かを守ろうとして傷ついた経験があるのではないか。

だからこそ、「損をするぞ」と主人公に警告しているように見えた。

つまりこれは、ただの冷酷さではない。

傷ついてきた人間だからこそ出る言葉なのだと思った。

しかし主人公は、それでも人を助けようとする。

損得ではなく、「助けたいから助ける」。

その純粋さが、少しずつ猫の心を変えていく。


この作品を観て感じたのは、「ありのままの自分でいること」の大切さだった。

主人公は決して完璧ではない。

弱いし、未熟だし、失敗もする。

しかし、自分を偽らない。

素直に学び、人を信じ、努力を続ける。

だからこそ、多くの人が主人公に惹かれるのだと思う。

『黒猫と魔女の教室』は、単なる魔法バトル作品ではなかった。

「挑戦する勇気」
「努力は繋がること」
「憧れが人を変えること」
「純粋さの強さ」

そうした、人が成長するために大切なものが詰まった作品だった。

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