仮面ライダーになりたい少年と、なりたかった僕 ―アニメ『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』1話感想
子供の頃から、この主人公は仮面ライダーが大好きだった。
他のヒーローものも少しは見たけど、僕の中で仮面ライダーはずっと特別な存在だった。
一人で悪に立ち向かい、正義の心だけで戦い続ける。あの孤独だけど強烈な輝きに、何度も胸を打たれてきた。
戦隊モノには正直ほとんど興味がなかった。でも、小学校6年生の時に出会った担任の先生は今でも忘れられない。
歴史の授業を熱く、時には厳しく教えてくれた先生から、自然と「一つのことに最後まで諦めずに没頭する姿勢」と「怖い相手にも勇敢に立ち向かう勇気」の大切さを学んだ気がする。
あの先生の姿が、仮面ライダーと重なる部分が大きかったのかもしれない。
そんな想いを胸に、『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』1話を観た。
主人公の丹三郎は、仮面ライダーになることを本気で夢見ている少年だ。
現実的に考えて、仮面ライダーはフィクションの存在でしかない。変身ベルトを巻いて怪人を倒すなんて、ありえない。
でも、だからこそ諦めてはいけないんだと思う。努力を積み重ね続ければ、いつかその想いが何らかの形で報われるかもしれない——そんなメッセージが、1話全体から強く伝わってきた。
僕自身も似た経験がある。学生時代、どうしても「韓国語でKPOPを歌いたい」という一心で突き進んだ時期があった。
好きなアーティストのCDを買っては、歌詞にすべてカナルビを振って、何度も何度も繰り返し練習した。
最初は発音もリズムもめちゃくちゃだったけど、気づいたら韓国語でほぼ完璧に歌えるようになっていた。
その頑張りが評価されて、大学の卒業単位も無事に全部取得できた。
「初心忘るべからず」を地でいっていた気がする。当時、韓国のCDや教材にかなりのお金を使ったけど、今振り返っても全く後悔はない。
あの時間は間違いなく自分の財産になった。
1話で特に胸に刺さったのが、主人公のこのセリフだ。
「社会に出ていないガキが学校にてっぺんをとるとか、タイマンはるとか、親に飯を食わせてもらったり、お小遣いをもらったり、風呂と寝床を用意してもらってるくせに何が戦争だ?恥ずかしすぎるだろ?」
……痛すぎる。
これは完全に、学生時代の自分に言われているような気がした。
当時の僕は学校をよくサボっていた。授業を抜け出してはカードショップに通い、カードバトルに明け暮れる日々。
家では親に飯を作ってもらい、お小遣いをもらい、風呂と布団を用意されながら、「俺の人生は大変なんだ」「俺は戦ってるんだ」みたいな気持ちでいた。
今思うと、本当に恥ずかしくて申し訳ない。親に対してどんな顔をしていたんだろうと、時々思い出しては胸が痛くなる。
あの頃の自分に、主人公のこの言葉をぶつけてやりたかった。
同時に、今の自分にも言い聞かせている気がする。「本当の意味で大人になるって、どういうことだろう」と。
1話はまだ序章に過ぎないけど、主人公の純粋で少し痛いほどの夢と葛藤が、しっかり描かれていたと思う。
仮面ライダーになりたいという子供のような願いを抱きながら、それでも現実と向き合おうとする姿に、観ているこちらまで背中を押される感覚があった。仮面ライダーは現実には存在しない。
でも、「仮面ライダーになりたい」という気持ちだけは、本物にできるんじゃないか——そんなことを1話で改めて考えさせられた。
このアニメがこれからどう展開していくのか、とても楽しみだ。
丹三郎の挑戦と成長を、僕も自分のことのように見守っていきたいと思う。まだ1話だけど、確実に心を掴まれた。
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