視覚障害があっても、ひとりで悩まなくていい社会をつくりたい―― 人生の途中で見えなくなった人を支える、私たちの叶えたい夢
私たちのかなえたい夢は、
人生の途中で見えなくなった人が、
ひとりで悩み、苦しまずにすむ社会をつくることです。
見えなくて困ったとき。
どうしていいかわからなくなったとき。
「ここに相談すれば大丈夫」
そう思える場所が、ちゃんとあり続けること。
それが、私たちの願いであり、
どうしても実現したい夢です。
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🕊人生の途中で見えなくなるということ
― 視覚障害は、それまで積み上げてきた大切なもののすべてを奪う ―
人生の途中で見えなくなるという現実に直面したとき、
多くの人はパニックになります。
仕事はどうしたらいいのか。
学校はどうしたらいいのか。
どうやって生活を続けていけばいいのか。
これから、どうやって生きていけばいいのか。
一気に、先が見えなくなります。
それは、とてもひとりで抱えきれる不安ではありません。
本当に大きな、大きな恐怖です。
見えなくて、どうやって歩くのか。
見えなくて、どうやって電話をかけるのか。
見えなくて、どうやって食事をするのか。
見えなくて、どうやって文字を読んだり、書いたりするのか。
見えなくて、どうやってお金を下ろすのか。
見えなくて、どうやって家事をするのか。
見えなくて、どうやって仕事をするのか。
見えなくなるということは、
当たり前にやってきたことが、何ひとつできなくなってしまう。
そのくらい生活を、人生を一変させてしまう出来事です。
見えなくなった今と、見えていた頃。
変わりなく同じようにできることって、何があるだろうと考えてみると——
私は、
「息をすること」
そのくらいしかないのではないかと思っています。
見えなくなるということは、
それまでの人生で積み上げてきた大切なもののほとんどすべてを奪っていきました。
仕事も。
人間関係も。
自分への自信も。
夢や目標も。
「この道を歩いていけばいい」と思っていた、
人生の道そのものも。
何もかもが、
音を立てて崩れ去ってしまう。
この先、どう生きていったらいいのか。
本当に、わからなくなります。
目の前は真っ暗で、
どこに足を出せばいいのかもわからない。
どちらに進めばいいのかもわからない。
そもそも、道がどこにあるのかすら、見えない。
真っ暗闇の中に、
たったひとり取り残されたような——
そんな感覚でした。
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🕊ひとりで悩み、ひとりで苦しんでしまう現実
― 相談につながりにくい障害 ―
私たちの協会には、今も、
人生の途中で見えなくなり、
どうしていいかわからなくなった人から、
切実な相談がたくさん届いています。
「どうやって生きていったらいいかわからなくなって、
もう諦めようと思っていました。
でも、最後にすがるような気持ちで電話をかけました」
泣きながら話す人もいれば、
声を出すことすらできない人もいます。
相談に来ても、
一言も話せないほど、
心が限界まで追い詰められている人もいます。
ここにたどり着くまでに何か月も、何年もかかり、
その間ずっと、ひとりで苦しんでいた——
そんな人たちが、たくさんいます。
そして、誰にもつながれないまま、
人生をあきらめてしまう人もいます。
見えなくなったことで、
ひとりで悩み、ひとりで苦しみ、
誰にもつながれないまま、
「もう生きていけない」と思い詰めてしまう。
そういう現実は、
決して特別な話ではありません。
それは、視覚障害が
「つながりにくさ」を生みやすい障害だからではないかと思います。
視覚障害は、よく
「情報」と「移動」の障害と言われます。
見えないことで、適切な情報を得ることができない。
自由に行きたい場所に、移動することができない。
その結果、
どこに相談したらよいかわからない。
どんな支援が受けられるのかわからない。
相談窓口を知っていても、そこへ行くことが難しい。
支援団体や当事者団体があっても、参加することが難しい。
情報にも、場所にも、人にも、つながれない。
その結果、何年もの間、
ひとりで抱え込み、悩み、苦しみ続ける人が、
今もたくさんいるのです。
視覚障害は、引きこもりや二次障害としての精神障害を
引き起こしやすい障害だとも言われています。
中には、人生に絶望し、
自ら生きることをあきらめてしまう人も、
まだまだいるという現実があります。
つながりを持つことさえできていれば、
助けられたかもしれない。
支援の手が、ちゃんと届いていれば——
そんな現状が、今も続いているのです。
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🕊生きていたかもしれない。生きていなかったかもしれない。
― 私自身の分岐点 ―
正直に言えば、
私自身も、支援につながることができていなければ、
同じところまで追い詰められていても、
まったくおかしくありませんでした。
自分には何もできない。
自分には、もう生きる価値がない。
そう思いながら生きていたかもしれない。
もしかしたら、生きてさえいなかったかもしれません。
それでも、
私がここまで生きてこられたのは、
ひとりじゃなかったからです。
友人のおかげで、たまたま早い段階で
視覚障害の支援団体につながることができ、
助けてもらうことができました。
いちばん苦しく、しんどかったときに、
話を聞いてくれる人がいて、
どう進めばいいのかを一緒に考えてくれる人がいました。
「こっちに行けばいいよ」
「一緒にやってみよう」
そうやって手を取り、
共に歩いてくれる人がいたから、
もう一度、生きてみようと思えました。
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🕊必要なのに、届かない視覚障害リハビリテーション
― 医療の外に置かれてきた現実 ―
人生の途中で見えなくなった人が、
すぐに支えにつながれる体制は、
残念ながら、整っていません。
入院中に見えなくなっても、
病院の中に
視覚障害のリハビリテーションを
専門に担う人はいません。
何もわからないまま、
「治療が終わったから」という理由で退院する。
生活の準備も整わないまま、
外に放り出されたように感じる人もいます。
「病院に見捨てられた」
そう感じてしまっても、無理はありません。
本来なら、
生活が大きく変わる障害を負ったとき、
生活できるところまで支えるリハビリが
当たり前に行われるはずです。
それなのに、
視覚障害だけが、
その当たり前の枠組みの外に置かれてきました。
見えなくなったあと、
どう生きていけばいいのか。
どう生活を立て直せばいいのか。
それを教えてくれる場所、
相談できる場所へつながる道順が、
私たちには、用意されていないのです。
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🕊善意と努力で支え続けてきた現場
― それでも、もう限界が来ている ―
その結果、
視覚障害の相談やリハビリテーションは、
制度ではなく、
人の想いと努力によって支えられてきました。
「今は受けられません」と言えない。
「これ以上は無理です」と言いたくない。
ひとりで絶望しているかもしれない人を、
もう一度ひとりにしてしまうことだけは避けたい。
そんな思いで、
現場は走り続けてきました。
けれど、その支え方は、
あまりにも不安定でした。
善意と努力に頼り続けるやり方は、
いつか必ず限界を迎えます。
そして今、
その限界は、すでに始まっています。
誰かの努力が足りないわけではありません。
この支援の形そのものが、
限界に来ているのだと思います。
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🕊視覚リハビリテーションという翼
― もう一度、社会に羽ばたくために ―
私たちは、
「視覚リハビリテーションという翼を持って、
もう一度、社会に羽ばたいてほしい」
この言葉を大切にしてきました。
人生の途中で見えなくなることは、
翼を折られるような出来事です。
でも、
見えない状態で生きる方法を知り、
支えとつながることで、
人はもう一度、翼を取り戻すことができます。
だからこそ、
ひとりで悩み、ひとりで苦しみ、
人生を諦めてしまう人を、
これ以上、増やしたくありません。
困ったときに、
「困った」と言っていい場所があること。
そして、
視覚リハビリテーションという翼を持って、
もう一度、社会に羽ばたけること。
それが、
私たちのかなえたい夢です。
今、私たちは大きな岐路に立っています。
それでも、
「見えない・見えにくいことで困っている人に寄り添える場所であり続けたい」
「ひとりで悩み、苦しむ人をなくしたい」
この夢に向かって、
形を変えながらでも、
一歩一歩、歩み続けていきたいと思います。

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