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歩くのが怖いでも、もう一度お嬢と歩きたい🦮|視覚障害エッセイ

🪶歩くって、どうやっていたんだろう




🌱見えていた頃の「なんとなく」と、今のゼロ

今まで、どうやって歩いていたんだろう。

そんなことを、最近ずっと考えています。

今の見え方になって、2週間ちょっと。

それまでは、見えないなりに
光とか、気配とか、なんとなく伝わってくる雰囲気とか、
そういうものを頼りに歩いていました。

はっきり見えているわけじゃないけど、
「なんとなくこっち」「なんとなくこの辺に壁がある」みたいな、
言葉にできない感覚があって、

それを無意識に使って、歩いていたんだと思います。

でも今は、それが全部なくなってしまって、
本当の意味で、視覚情報が0になりました。

何も手がかりがない。

その状態になって、
まだ私は、お嬢と一緒に歩くことができません。

家の中や職場の中は、なんとか歩ける。

でも職場でも、普通に迷子になります。

「あれ、ここどこ?」って立ち止まって、
ドキドキしながら、周りの音を探して、
やっと「あ、こっちか」ってわかる。

そんな感じです。

それでも、そこはまだ怖いとは思わない。

でも外は違う。

玄関の前に立って、出ようとするその一瞬で、足が止まる。

「行けるかな」
「大丈夫かな」

その時点でもう、体がこわばっているのがわかる。

今の私は、
お嬢と2人で歩く、その一歩が踏み出せません。

誰かに誘導してもらって、
見守ってもらいながらじゃないと歩けないのが現状です。


🌧️信じたいのに信じきれない、不安の正体


家から職場まで、歩いて10分もかからない道。

もう何度も何度も歩いてきた道なのに、
その道ですら、まだ迷ってしまいます。

「ここ、知ってるはずなのに」
「なんでわからないの?」

そう思いながら、立ち止まってしまう。

今までなんで歩けてたのか、
本当にわからなくなってしまった。

0か1かで、こんなにも違うんだなって、
いまだにその混乱から抜けられていません。

歩行訓練士さんと何度も練習して、
少しずつ怖さは減ってきているはずなのに、

歩く前は、やっぱりすごく緊張するし、
その緊張はきっと、お嬢にも伝わってしまっている。

お嬢を信じて歩けばいいって、頭ではわかっているのに、
どこかで「あれ?」って思ってしまう。

「これで合ってるのかな」
「ほんとに大丈夫かな」

そうやって迷ってしまって、
結局、自分の感覚のほうを信じてしまう。

でも、その“自分の感覚”が、今はもう正しくない。

実際には、お嬢の判断のほうが合っていることがほとんどなのに、
それでも、どうしても信じきれない。

「信じれば大丈夫」ってわかっているのに、
その一歩が踏み出せない。

歩くこととメンタルって、本当に深くつながっていて、

「今日はいけてる」
「これなら大丈夫かも」

そう思って歩いていると、苦手な場所も通れるのに、

一か所間違えた瞬間に、
一気に動揺して、頭が真っ白になって、

そこから全部崩れていく。

普段なら失敗しない場所でも、失敗する。

本当に難しいなって思います。



ここから先は、
今の私のもっと正直な気持ちを、少しだけ書いています。

うまく整理できているわけでも、
きれいに前向きにまとめられているわけでもありません。

それでも、

「できていたことができなくなるしんどさ」や
「頼らないといけないことへの気持ち」、
「お嬢への想い」、そして
「それでもあきらめたくないと思っている自分」

そういう、今の私の中にある揺れている気持ちを、
そのまま残しています。

同じように、
「できていたことができなくなった経験がある人」や、
「今、何かに不安や怖さを感じている人」にとって、

少しでも何か感じてもらえるものがあればうれしいです。

よかったら、この先も読んでいただけたら嬉しいです。


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