支援を受けるということ④視覚障害の私が向き合う、支援の裏にある本音と折り合いのつけ方 リニューアル版
支援を受けながら生活したり働いたりしていると、
「助けてもらえていいですね」
「恵まれてますね」
と言われることがあります。
たしかに、今の私の生活や仕事は、多くの支えがなければ成り立ちません。
それは本当にありがたいことです。
でも本音を言えば——
支援を受けるというのは、決して“楽なこと”ではありません。
🐾 見えていたら、こんな気持ちにはならなかったかもしれない
支援を受けていると、心の奥からふっと湧き上がってくる気持ちがあります。
本当は、支援なんか受けなくても、全部自分でできたらどれだけ楽だっただろう。
見えていた頃の自分なら、こんなことで悩まなくてもよかったのにな。
見えないから、悔しかったり苦しかったりしなきゃいけないんだよなぁ——。
そんな思いは、今でも何度も顔を出します。
もちろん、そんなことを考えても現実は変わりません。
見えるようになるわけではないし、支援を全部断れば生活も仕事も立ち行かなくなります。
だから私は、心のどこかで自分に言い聞かせるようにしています。
「そう思ってしまうのはしょうがない。
でもその気持ちばかり見つめていても前には進めない。
だったら、どうやって乗り切るかを考えよう。」
頭ではそう切り替えようとしています。
🐾 無理矢理の切り替えは、少しずつ心をすり減らしていく
ただ、この“切り替え”というのは、実際にはかなり無理矢理です。
前向きに捉えようとしているように見えて、
本当は「前を向かなきゃ」「そう思わなきゃ」と、自分に言い聞かせているだけ。
だからきっと心のどこかには、行き場のない負のエネルギーが、少しずつ溜まっているんだろうな、と感じています。
頼みたくて頼んでいるわけではありません。
仕方がないから頼んでいるだけです。
ここは、私の心の奥底に眠っている本音です。
⸻
ここまで書いてきたことは、
たぶん「わかる人にはわかる」気持ちだと思っています。
この先では、
支援を受ける中で実際に起きている、
もう一段深いところの本音を書いています。
頼みたいのに頼めなくなる瞬間のこと。
「もういいです」と言ってしまうまでの心の動き。
理想どおりに振る舞えない日の、自分との折り合いのつけ方。
きれいにまとめるつもりはありませんでした。
ただ、同じように悩んだり、飲み込んだりしながら生きている人に向けて、
今の私の正直な気持ちを、そのまま残しています。
よかったら、続きを読んでもらえたらうれしいです。

ここから先は
この記事が参加している募集
もしも私のnoteを読んで少しでも思いが心に届いたと言う方、私と一緒に見えない仲間たちを応援したいと思っていただいた方は、チップと言う形で応援していただけるととてもうれしいです。ぜひよろしくお願いします。いただいたチップは、視覚障害の支援団体に寄付させていただこうと思います。
