ひとりの楽しさを知ってるの
08/18 月曜日
今晩食べたいと思う料理を見つけてレシピを見ると最後に「一日置く」と書いてあった。なんてこった。今度にするよ。今日は継父のショートステイイブなので明日から帰宅するまでの間好きなように過ごすための買い物を済ませておきたい。
買い物を済ませた。重かった。手がもう一本欲しかった。でも必要な日用品と明日から過ごす数日間の食材や支払いなども済ませたので、後は好きに過ごすのみ。洗濯や洗い物をするにしても時間に追われることもなく、好きな時にやればいい。思うだけで顔の筋肉がほぐれる。
08/19
継父ショートステイ。ぼーっとしてたらあっという間に午後16時。でも、この後18時までに夕飯の支度をしなくては! 何作ろう! という焦りがないのは非常に楽。前日予定していたのは少し凝った物を作って食べるということだったが思った以上に疲労感があり、何となく今日はあるものでいいや、という雰囲気になっている。1か月に一度はショートステイの日が来るのにまるで半年振りくらいの体感だ。この間、やっとケアマネさんに家を出ると話した所「訪問看護やホームヘルパーで継父さんの生活を支えられると思います。〇〇さん(私)はご自身のことを考えて選択してください」
と、いう旨の返事をいただけたので何とか負けずに過ごします。ひとりになればこうした穏やかな気持ちもやがて普通になると信じたい。そして年齢や体力を考えるとメリットこそあれデメリットは百も承知なので、なるべく決心した以上早く動くに越したことはない。夕方になると気持ちが落ち着いて来たのでもう少しだけビールを買い足そう。
08/20
早くも明日ショートステイから戻る継父に対し、ナーバスになっている。自分の気持ちが早過ぎて泣きたくなる。まだだよ、明日だよ! 明日なんだよ!(心の中の私の肩を揺さぶる)ひとりの時間に切り替えよ! 楽しも!
昨夜はかなり飲んだ。あまり量を飲むことがないのでたまには、という感覚だがこれが続いたら体を壊してしまうので注意だ。なぜここまでしてしまうのか、それは自分の心を麻痺させたいからだ。意地でもひとりの時間を楽しく過ごそうとして逆に気を張り、疲労困憊になってしまった。継父の帰宅後には現実に埋没して落ち込むのが判るから。そうでないと本当にやってられない。
ショートステイ前日、深夜トイレに起きて来た継父がTシャツに紙パンツ1枚という格好でわざわざ私の前に現れるのを注意したのだがそれがまたいつ起こるのか判らないので考えただけで憂鬱だ。注意って本当に面倒。
ちなみに「注意」はショートステイ前日で2度目だった。以前注意した時も不服そうな顔をしていたのを見ているので本当に言いたくないんだけど何せ私が不愉快だから。第一失礼だろうがよ。それでなくてもお腹を壊した、とか言ってた矢先に「暑いから」という理由で紙パンツ1枚になっていたので「お腹を壊してるんだから下半身をあっためろ。目のやり場にも困る(意訳)」と言ったら次からパジャマのズボンを穿いて来た。本来そんな注意されたくないんじゃないの? 絶対注意されるのを愉しんでいる。コミュニケーションだと思っている。そのくせ本当にプライドが傷つくことを言われたら子供みたいに怒るやつなのだ。次はないと思え。
08/21
継父、帰宅。いつも通りあっという間の2泊3日だった。
さ! 取りあえず気合いを入れ直そう。明日は私も病院なのでまあまあ忙しくて良かった。しかし、休んでいたようでひとりになると結局それまでの不満が爆発して独り言で文句を言っていた。そして酔っ払い、深夜にnoteでつぶやきを書いてしまったが、実は記憶が朧気だ。ダウナーに入っている。
08/22
私自身の通院日。いきなり寝坊。5分置きのアラームも鳴り尽くしてしまったらしく、玄関から迎えに来てくれた姉の「こんにちはー」の声で目覚めた。慌てて10分で支度。昨夜寝る前に少しでも今日の時間短縮になれば、と少しだけ髪にアイロンをかけておいて良かった。預言だったのだろうか。
病院ではソーシャルワーカーさんにシェルターについて教えていただいた。月曜日に連絡を取ってみる。ネットで聞きかじった「スマホを没収されたり、1か月くらい誰にも連絡を取れず閉じ込められたりしませんか」と質問を並べると「それはないです」と苦笑された。ですよね。次は継父のケアマネさんに再度連絡かな。20年以上の生活をがらりと替えることになるので怯みそうになる。けれどチャンスなんだと思う。継父もある程度動けて高齢の割には元気な方なので、補助という形で介護ヘルパーさんや訪問看護というプロフェッショナルにお任せした方がいい。もちろんいつ何があってもおかしくないが、私が継父に信頼感情を失くしている以上、もうこれから関係性が変化することもないし継父に対して母と同じような介護はできない。継父が死ぬまで同じ家で暮らして亡くなったら家を出る、というのではなく選択してこの家を出たい。継父の親戚の方はもちろん私が世話をするのを望んでいるが、無理なのだ。あなたたちと同じように。
病院帰り、姉とお昼ごはんを食べたあと、本屋さんに行き、西島(秀俊)さん主演で映画化になった本、湊かなえ先生『人間標本』と塩田武士先生の『存在のすべてを』を探したがどちらも在庫がなかった。ちくしょう、と思いつつカプセルトイで大好きなスティッチを見つけたので400円投入。ライオンキングのコスプレをして座っているスティッチ、かわいいい。さっそくどんどんたまりつつあるちいさなフィギュアたちと並べた。そしてスティッチを探しがてら恐竜のシールも見つけたのでそちらも購入。今日の買い物は小学生の頃に戻ったようなわくわく感があった。帰りには併設しているドトールでラージサイズの冷たいカフェラテとミルクレープを食す。安堵する甘さ。姉とゆったり冗談交じりでお喋りする。こういう時間が好き。
08/23
昨夜の疲労か昼に起床(加齢)。階下には継父の気配を感じ、気落ちする。降りて行くといつも玄関先に置いてある杖(外出時しか使わない)が居間に置いてあり継父は背中を丸めて息を荒げながらお昼ごはんを食べていた。腰痛が酷いらしく(疼痛。若い頃からあり)かかりつけの病院で部分麻酔を打ってもらったと言う。以前、私も付き添って麻酔を打つ現場に立ち会ったことがあるので手順は知っている。もちろん痛いのは嘘ではないと思う。注射までしているし。けれどわざと腰に手を当てたり痛い時に服用する薬を手に取り「あと、これだけか……」と苦しそうにして私をチラチラ見てリアクションを待っている。お前は役者か。相変わらず察して野郎だった。継父が言いたいのは食べ終えた食器を台所に持って行って欲しい、というひとことだ。だから「口で言え」(意訳)と言った。
どうしても私より上の世代の一部では家父長制が染みついているので、母なども継父に対して察してあげていた。しかし残念! 私にはアウトー! そういうのは判ってくれる人 or お仕事でして下さる人にやってもらって下さい。特に家事のサポートというのは思った以上に大変なのでお金を払ってやっていただいたらいい。黙ってやってくれると思うなよ。判ってねえんだよ、じじいが(失礼)
08/24
日付が変わったので24日にして書いてしまおう。夜中、2021年の映画『マリグナント 凶暴な悪夢』を鑑賞。ホラーでありスリラーであり家族愛の作品だった。観ている間日常の一切を忘れて没頭した。芸術にはこういう力がある。やはり辛い時でも創作物に触れていたい。それが心の処方箋なのだ。しかしいつも思う。どうして海外のホラー映画では夜になってもカーテンを閉めないんだ?
さて、本当に24日の今日です。一週間の継父の薬詰め作業も終え、至福のコーヒータイムである。ところで、昨日継父が麻酔まで打ってもらうほど腰痛を訴えていて部屋に杖まで持ち込んでいた件だが、何故かごみ出しと玉子焼きまで作った形跡あり。痛みが和らいだのか? それは良かった。ごみ出しに関しては燃えるごみの日(月、木曜日)を継父の当番にしているので「腰痛酷いなら私が出すよ」と昨夜話していたばかりなんだが。なるべく頼らないようにしているのか? まだ言ってないけどこれから来る一人の暮らしに備えての……とでも言うのだろうか。


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