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頼りないしシャイだけど

4/20 月曜日
 ゴミ捨てをキャンセル(プラスチックだし)して洗濯後、仮眠。夕方頃背中に振動を感じて起床。洗濯ものが揺れている。ヤバい! 地震だ! すぐさま起き上がって窓から離れ、倒れそうなものがない場所に移動してスマホを開く。青森で震度5の地震。青森か……微妙に近いのでオホーツク海側の町も影響を受ける。それでも私の町は震度2。震度の強かった地域の皆さん大丈夫ですか。本当に日本は地震大国だ。不法で日本にやって来る外国人が増えている昨今だが、日本人は大地や自然の怖さをほぼ365日、身を以て体験している。その辺、きちんと理解した上で来ないと恐ろしい目に遭いますよ。命からがら逃げなければならないことだってある。そんな時にニホンゴワカラナイ、ではすまない。


4/21 火曜日
 今日は敬愛するアーティスト、大澤誉志幸さんがデビュー45周年を迎えた日です。すごいな。数年前私の住む町に来て下さった頃、一番前の席でその姿を、その掠れた声を、全身に浴びた。10代の頃から聴いていたあの頃よりも声が出ているのでは、と思うほど魅惑的な張りのある声。数々の思い出を含んだカラフルで偏愛へんあいする楽曲たち。そしてラストの『そして僕は途方に暮れる』では泣いてしまった。
 泣くつもりなんてなかった。それなのに涙が止められなかった。知らぬ間に私は大澤さんの歌うこの曲と共に思い出も記憶も共有していたのだろう。必死に涙を拭いながらステージに目をやり、歌い終えた大澤さんがお辞儀している姿を見た。天使のようだった。

 あの日、私は何10年も背負って来た物を不意に手放すことができた。それは一緒に並走してくれた大澤さんの楽曲がなければできなかった。目には見えず心に沁みる純粋な水のように浸透し続けた曲たち。大澤さんという存在。それは私の人生の中でかけがえのない輝きを放ち、生命を彩ってくれる。45周年、おめでとうございます。心から。

✨ 永遠の名曲です。


4/22 水曜日
 昨日、大澤さんのお祝いの文章を書いていた時間がとても幸せだった。大澤さんを思い浮かべ、感情を思い起こし、それらをリアルタイムで文章として可視化できたことが嬉しい。

4/23 木曜日
 朝、ゴミ出し後、コンビニで買い物の支払い。7時台だったので学生さんたちがたくさんいた。帰宅後、ここで座ったら二度と立ち上がれないと思い、強制的にバスルーム掃除、洗濯。あとこれは想定外だったがこの間購入した椅子の脚にがたつき防止のシールが付いて来たのだけどそれがズレまくって床にシールの糊がベタベタと付着してしまい、その掃除もした。代わりに以前100円ショップで買った「滑る脚カバー」を切って貼り付けた。するとそちらは問題なし。100円ショップ、優秀である。ガタつかないし何より滑ってくれるので椅子の移動で引きずる音が出ない。この糊の床掃除も面倒で気になりつつも見て見ぬ振りをしていたが、何となく今日はできそうだったので一気に掃除。良かった。

 夕飯後、SNSを見ていたら海外の人のポストで、以前ロマン・ポランスキー監督の受賞が発表された際、すぐにその場を去る女優さんの動画が流れて来た。思わず彼女は誰だろう、と調べると映画『燃ゆる女の肖像』(2019年)の主演、アデル・エネルさんだった。会場を出る際「ペドフィリアに拍手を!」と強烈な皮肉を叫んでいた。ポランスキーは少女への性加害を起こしている人物だ。アデルさんもポランスキーではないが被害を受けた経験を持っている。その後、こんなふうに加害者がまかり通れる保守的な映画界に嫌気がさして既に引退していた。
 更にポランスキーのWikipediaに飛ぶと、ご両親がナチス・ドイツ政権下の被害者だと知った。そこからお母さまが惨殺されたというアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所のリンクに飛んでしまい、壮絶な写真の数々と内容すべて読んでしまった。更に突然ニーチェの名前が出て来て驚いた。ニーチェ、反ユダヤ主義だったのか……。最近(と言っても数年前)ニーチェ語録を集めた書籍も販売されていて、割と世間での評判も良く装丁もきれいだったので私も読んだ。耳ざわりの良い言葉ばかりだったから本来のその人となりを知らなかった。
 そこから戻ってポランスキーの項を読むと彼の妻であった故、シャロン・テートさんの名前も発見し、痛ましい気持ちになり、そこでサーフィンをやめた。こうやってどんどん考えていることがとめどなく揺らいで時間が過ぎてしまう。しかも内容があまりにも辛かった。ポランスキーのように歪みを持った人間が権威を持つと、自らは痛ましい過去を持ちながらも他者を辛い目に遭わせるのは平気、という人間をも育ててしまうのか。今日は昼と夜の温度差が心理的にも厳しい。

4/24 金曜日
 今週もゴミ出し無事完了ー。良かった。私の生活で重要な部分である。来週もこの調子で行こう。昼よりの夕方という変な時間にうたた寝したせいか「夕飯作りたくない病」にかかってしまい、冷凍庫などをぐるっと見渡し、炊いたごはんを冷凍してある、通称ごはん玉を温め、何とかあった物で食べることができた。それだけで良し。以前なら平気で食べなかっただろう。

4/25 土曜日
 今日は友人とごはんを食べる日。誘いはとても嬉しい。しかし「今日これからごはんに行こう」と言われると私にはその突然が動揺に繋がってしまう。更に、約束を決めても当日になるまで緊張して生きた心地がしない。もちろん約束をすれば、当日までに体調を整える。長年悩まされて来た社交不安障害と言う病は、スムーズに行動へと進めないため、毎回苛ついてしまう。

 で、突然ですが隣人の生活音に関して。
 大体この曜日に声が大きくうるさい男性が来て(失礼)この曜日は静か、など判ってきた。しかもゲームや楽器をやるヤツら(再度失礼)だ。そして、反対側の静かな隣人さんが最近になり、自宅をオフィス兼用にしたらしく昼間色んな人が訪ねて来るようになった。ただ、割とデリケートな問題を扱うであろうオフィスなのに(この間、間違えて隣人さん宛ての封書がうちに間違えて届いたので何の会社か知っている)壁が薄いので知らない人の相談内容が私に丸聞こえなんである。もちろん私は悪党ではないので「ばらすぞ、へへへ」ということはしない。でもできれば知りたくない。

 そんな訳で、夜は相変わらず見知らぬ他人のあくびや鼻歌、大きな声、深夜にはいびきが聞こえている。昼間は唯一の憩いの時間だったので逃げ場がなくなり家の中にいるのにストレスになる。なので耳栓を買うことにした。男性の声にフラッシュバックを起こす私には死活問題なのである。楽になりたい。心から安心したい……。
 
4/26 日曜日
 昨夜、友人とごはんに行き、たわいのない話で大笑いしてコーヒーを飲んで帰宅。とても楽しかった。うん。結局いつも楽しいのに行く直前まで毎回超絶不安定になる。ステージに立つ前に緊張するスターのようだ(私は凡人)。
 帰る間際、おうちに誘われたが、もしお邪魔したら結局ビールを飲んで朝方帰宅になるのは目に見えているので勇気を出して断った。友人のおうちで朝まで呑むのは楽しいけれど、さすがにここ数日の自分の心身状態を考えるとここは止めておいた方がいい、と素面しらふできちんとした頭の時に決意していた。どれほど小さなことでも「断る」というのはいつも勇気がいる。こまけえ奴だな、と自分を頼りなく思う。けれどこれまではその勇気すら出せなかったのだ。だから今とこれからの私は大丈夫で、ナイスな奴になる。



😸 今週も読んでいただきありがとうございます。過去の私生活エッセイはこちら ↓ からぜひどうぞ。タイトルがダサいな、と思うので近々替えたいです。

😸 トップ画像は「Pixabay」より。今の私の心情がこんな感じ。

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幸坂かゆり いつもチップをありがとうございます。いただいたチップで良い物を書けるようがんばります😸