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Vol.04:“自分が見えにくくなる時代”に、AIとどう向き合うか〜AIを道具で終わらせないために〜

生成AIがそばにあることが、当たり前になってきました。
特に新人や若手のクリエイターにとっては、「考える前に答えが出てくる」環境にいること自体が、新しいスタート地点になっています。

それは大きなアドバンテージでもある一方で、
自分の感覚やスタイルが育ちにくくなる場面もあるかもしれません。
今回は、そんな時代にAIとどう付き合っていけるのか。
少しだけ、自分の経験も交えながら整理してみます。



つくる前に“出てくる”時代に育つと

プロンプトを打てば、コピーも画像もそれなりの完成度で出てきます。
考えるより先に、答えっぽいものが並ぶ。
そんな時代に育つ人たちが、いま現場に入ってきている。

これはすごいことだと思います。
でも、そのスピード感の中で、「これ、自分が考えたものだったっけ?」と、
ちょっと戸惑う瞬間があるかもしれません。

ツールが出してくれたものが悪いわけではない。
ただ、自分の感覚を通さずに物事が進んでしまうと、
どこか“手応えが薄い”状態が続くこともあるんですよね。


判断軸が育つ前に、操作に慣れてしまう

AIが出した3案の中から、なんとなく“良さそう”なものを選ぶ。
そのとき、「なぜそれを選んだのか」が説明できないこともあるかもしれません。

自分のスタイルがまだ定まらないうちに、操作スキルだけが先に身につくと、「うまくできたのに、何も言えない」状態になることもある。
自分にも、そんな時期がありました。

これは悪いことではなくて、ただ順番の話だと思っています。
最初から“答えっぽいもの”が出てくる時代だからこそ、判断軸が育つタイミングを見失いやすいというだけ。


「悩む時間」が、なかったことになる

うまくいかないこと、手が止まること、誰かに相談すること。
そうした時間が、自分なりの視点やスタイルを育てるきっかけになっていた気がします。

でも、AIを使えば、そのプロセスをすっとばすこともできてしまう。
正解っぽいものにすぐたどり着けてしまうと、“悩む機会”そのものがなくなってしまう感覚があります。

もしかすると、いまの学生や新人世代の中には、最初から「AIありき」で課題や制作をしてきた人もいるかもしれません。
自分の中からアイデアを探す前に、整った何かを見て育つ。
それはとても自然な流れだけれど、その分、自分の“手癖”や“感覚”に気づくチャンスが少ないのかもしれません。


ツールの延長線上にある、けれど

AIは、かつてのイラレやフォトショ、3DCGソフトと似た面もあります。
手描きができなくても、ソフトがあればなんとなく形になる。
それに助けられてきた人も多いはずです。

また、こうしたツールを使うことで、「自分の手癖から一度離れる」こともできました。
紙と鉛筆ではできなかった発想に、ツールの力でたどり着ける。
そういう“開放感”もありました。

でも、生成AIは少し違う。

従来のツールは、あくまで“出力の道具”でした。
判断や意図は自分にあって、ツールはそれを形にする役割だった。
でもAIは、「こういうのが良いんじゃない?」と、“答えそのもの”を提案してきます。

その違いが、手応えのなさや迷いとして現れるのかもしれません。


「センスは知識からはじまる」と言われますが

水野学さんの言葉に、「センスは知識からはじまる」というものがあります。
これは、AI時代のクリエイターにもそのまま当てはまる考え方だと思います。

センスを磨くには、王道や流行、構造や背景といった知識を積み重ねたうえで、その共通項やルールを見つけていくことが大切です。
さらに、思い込みを外して新しい視点で見直すことも、同じくらい重要なことかもしれません。

最近は、「自分が何をいいと思っているのかが、よくわからない」という声を聞くことがあります。
最初から“それっぽい完成形”が出てくる環境では、比べたり、疑ったり、深掘りしたりする余白が少なくなるのかもしれません。

そういえば、自分の話になりますが、昔PIXARのアニメーションを観て、「なんでこんなに動きに躍動感があるんだろう」と不思議に思ったことがありました。

それで映像をコマ送りで見てみたんです。
よく観察すると、1コマ目と3コマ目にはうっすらブラーがかかっていて、
2コマ目は1コマ目の位置に少し寄せながら、さらに強めのブラーがかかっている。
その“中割り”の処理によって、スピード感やイージングが演出されていたと知ったときは、本当に驚きました。

そんなふうに、「なんでそう見えるのか」を自分の手で検証してみる。
その過程の中に、判断する目とか、感覚の精度が育っていく瞬間があったように思います。

AIが出してくれるものは、たしかに便利です。
でも、「なぜそう感じるのか」を、自分の視点でたどり着く機会が減ってしまうとしたら――
それは少し、もったいない気もしています。


おわりに

AIがそばにあることは、今の若手にとってはごく自然なこと。
でも、それが自分のスタイルや判断力を育てにくくしている場面もある気がします。

だからといって、AIを使わないという選択肢ではなくて。
「自分だったら、こう考えるかも」という視点を持ち直してみるだけで、
見えるものは変わってくるはずです。

次回は、その“自分だったらこうする”を支える判断軸について、もう少し具体的に掘り下げてみたいと思います。

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