Vol.01:熱が宿るかどうかは、自分の問い方で決まる〜AIを道具で終わらせないために〜
AIを使えば、企画やコピーのたたき台が驚くほど早く出せるようになりました。
でも、どこかで「これ、自分の言葉だろうか?」と立ち止まることがあります。
このnoteでは、AIと表現のあいだで感じている違和感や手応えについて、少しずつ書き残していきます。
最近、企画を考えたり、コピーをまとめたりするときに、AIを使うことが増えました。
とても便利ですし、「助かったな」と思う場面も正直たくさんあります。
ただ、どこかでふと「これ、なんか物足りないな」と感じることがあって。
それって多分、“熱”なんですよね。
熱がある、ってどういうことだろう
僕の中で「これなら出していいな」と思えるアウトプットには、たいてい“熱”みたいなものが宿っています。
完成度というより、「自分の考えや言葉がちゃんと混ざってるな」という感覚。
例えば、コピーでもラフ案でも、自分のクセとか、言い回しとか、考え方の道筋みたいなものがちゃんと残っている。
そこに納得感があれば、「よし、これでいこう」となるんです。
AIが出してくれる“それっぽさ”
AIは、構図も整ってるし、言葉のチョイスもうまいです。
ちょっとしたキャッチや見出しなんかは、かなり参考になることも多い。
時には、「これ、人間が書いたみたいだな」と思うような提案もあります。
でも、それでも「なぜこの構成なのか」「どうしてこの順番なのか」が見えないことが多くて。
結果的に、見た目は整っていても、熱が宿ってるとは感じにくいんですよね。
自分の言葉になった、と感じるとき
とはいえ、たまにあります。
「それ、自分じゃ出てこなかったけど、確かにそれ言いたかったわ」と思えること。
そういうときは、AIが“代弁”してくれたような気がします。
自分の中では言語化できてなかった感覚を、いい形で出してくれることがある。
これって共鳴に近い感覚かもしれません。
その時だけは「これ、使えるかも」と素直に思えたりするんです。
声が消えたと感じるとき
逆に、「これはもう違うな」と感じて、そっと没にすることもあります。
たとえば、急に会話の流れが切れて、こちらの文脈と関係ない提案が出てきたとき。
あるいは、AI特有のテンプレ的なまとめが返ってきたとき。
一方的に話を投げられたような感覚になると、「あ、これはもう違う」と判断します。
ただ、そういうときでも「でもここはいいかもな」と思える箇所があれば、
自分で意見を足していくこともあります。
完全に捨てず、使える部分を拾いながら、自分の言葉に戻していく感じです。
熱を込める、というより問いを重ねる
最近は、AIとのやりとりって「熱を注ぐ」ことよりも、「問いをちゃんと持ち続けること」なんじゃないかと思うようになりました。
どう伝えたいか。
どこまで自分の背景や考えを共有できるか。
「なぜこれを作るのか」「どこに自分の声を残すのか」
そういう問いが明確なときは、AIの出力も意外とよくなります。
逆に、それがないまま丸投げすると、どれだけ見た目がよくても中身が薄く感じます。
おわりに:AIを“共感装置”にするために
AIは間違いなく強力なツールです。
でも、「共感装置」にするには、それなりに使う側にも準備が要ります。
問いの深さ、文脈の伝え方、使いどころの判断。
それらが揃って、初めてAIが“自分の言葉を補ってくれる存在”になる気がしています。
だから、僕にとってAIは「完成品を出してくれる存在」じゃなくて、
“自分の中にあるものを引き出す相手”みたいなものかもしれません。
次は、AIで作った提案をクライアントがどう受け止めているのか、
実際の現場感をベースに書いてみようと思います。
