ASDとHSP
先日、習字の展示を見に行った。
ひとつひとつの作品を眺めていると、隣にいたおばさんが話しかけてきた。
「習字が好きなの? これ、プロの先生が書いたと思う?」
そう聞かれて、私は「老人クラブの習字かな」と答えた。
展示されていた字は、いわゆる「アート書道」という感じで、読めないくらい崩れていて、太い線やかすれた筆使いが目立っていた。だけど私は、見ているうちにふと、ある違和感を覚えた。
──これは、きっと「太く書きなさい」「かすれるように書きなさい」「崩していいから感性で書きなさい」と、頭で考えながら書いた字だ。そんなふうに見えてしまった。
本当に集中して無心で書かれた文字って、もっと自然で、勢いがあって、一気にスッと筆が流れていくと思う。けれどこの字たちは、どこかゆっくりで、考えながら筆を運んだように感じられた。見た目は大きくて太いけれど、不思議と迫力がない。
私はHSP(とても敏感な気質)だから、そういう「見えない空気」や「作者のためらい」みたいなものを感じ取ってしまうのかもしれない。だけど、もしかしたらASD(発達スペクトラム)の傾向も関係あるのかな、とも思った。
HSPとして、私は空気の揺れや筆圧の変化に敏感で、ASD的には、線の流れや構造の「違和感」に目がいってしまうところがある。だから、他の人には見えないものを、つい見てしまう。
「この人は、無心で書いたんじゃない。感性で書こうと“思いながら”書いている──」そんな“意識の跡”が、私の目には見えてしまうのだ。
それは、感じすぎる自分のやっかいな性質かもしれない。でも、逆に言えば、“本物”を見分ける力でもあるのかもしれない。
