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? (ン、何だ) 名称の和菓子あれこれ

過去の記事で、伝統和歌にちなんだり、文人たちの名を冠した和菓子商品を探訪してみた。
今回は、?と思う名称の ( 中央ではなくなるべく地方の ) 和菓子を、以下の条件で探訪してみる。
条件は、10年以上の販売歴があり、菓子舗の代表的商品であること、現在も販売中であること、名前からはどういう材料、形態の菓子なのか見当がつけにくいこと。

写真は各菓子舗、菓子匠のホームページからお借りした。毎度言うことだが、美味紹介のnote記事はゴマンとあるけれど、食べても見てもいない菓子の紹介をしているのは、私の記事くらいでしょう。よって味についての記述は、菓子舗さんの述べる形容そのままです。
なお念のため付記すれば、私は和菓子業界と何のつながりもありません。

①  さなづら

さなづら、とは、秋田地方の方言で山ぶどうのこと。ぶどうの濃厚ジュースを原料に、ゼリー状に固めたもののようです。昭和32年より販売。ロングセラーの看板商品です。

菓子舗栄太楼の「さなづら」 広告文より
菓子舗栄太楼の「さなづら」 広告より

販売元 
菓子舗榮太楼   〒010-0967 秋田市高陽幸町9-11 
1883年(明治16年)創業

②  蹴洞

読みは、けほぎ。超・難読!一個一個微妙に、中央のえぐれ具合が異なるのも、天満が蹴破ったという岩の由来からすれば、これもこの菓子の風情でしょう。
「最上のこし餡(あん)に、厳選したルティン卵と生クリームを加えた口どけよい卵黄餡。そのこだわりの餡を、バターとピーナッツバターをたっぷり使った洋菓子のようなサクサクの皮で包みました」とメーカーは説明しています。
なお、今回の記事で唯一私が食べたことがあるのが、この菓子です。
八女が日本茶の産地であることを思い合わせていただければ、茶に添える菓子として、この上ない品であったという私の思いが伝わるかもしれません。
昭和23年より販売。ロングセラーの看板商品です。

隆勝堂フーズ「蹴洞」広告より
 隆勝堂フーズ「蹴洞」広告文より

販売元 
隆勝堂フーズ株式会社 福岡県八女市大字蒲原729-1   1924年(大正13年)創業

③  老伴

読みは、おいのとも。最中の皮は片面のみ。表面は糖蜜で固められている。命名は下記のとおり、たいへん雅ないわれを持っている。和菓子の命名は、こうあってほしい。

柳屋奉善「老伴」広告より
柳屋奉善「老伴」広告より
柳屋奉善「老伴」広告文より

販売元 柳屋奉善 三重県松坂市中町1877
1575年 (天正3年) 創業

④ いちま

いちま、は市松人形の津山での愛称。60年以上販売されているロングセラー商品。写真に見てのとおり、カステラ生地に餡をはさんだブッセ。

旬菓匠くらや「いちま」広告文より
旬菓匠くらや 「いちま」 広告文より

販売元  旬菓匠くらや 〒708-0824 岡山県津山市沼77-7 
1878年(明治13年)創業

⑤ 一口香

読みはいっこうこう。中身が空洞というのが最大の特色。
「見た目はお饅頭。焼く前は餡を入れるのに焼き上がったら空洞になっちゃう不思議なお菓子」とメーカーの説明に書かれている。1844年(弘化元年)の創業以来の伝統菓子。広告には次の記述がある。

長崎・茂木の一口香 (いっこっこう) は中国伝来の焼菓子です。その歴史は古く、唐の禅僧や東シナ海を航海する中国人にとって貴重な保存食として日本に渡ってきたこの品は、味、形は違えど一口香に似た菓子は現在でも全国の港町のどこかで確かに存在し受け継がれています。一口香(いっこっこう)は、製法と中が空洞という形状から「からくりまんじゅう」とも呼ばれ、長崎の土産物として有名です。他の地域のものに比べ、茂木一まる香本家の「一〇香」はぷっくりと膨らんだ丸い形が大きな特徴となっています。

茂木一まる香本家「一口香」広告より

販売元     有限会社 茂木一まる香本家 〒851-0241 長崎県長崎市茂木町1805番地
1844年(弘化元年)創業

⑥  山親爺

読みは、やまおやじ。漢字はなんとなく読めるが、その意味が熊とは。

千秋庵製菓「山親爺」広告より
千秋庵製菓「山親爺」広告より
冷菓商品を思わせるようなパッケージ

山親爺という名前は、昔から北海道の山野を我が物顔で歩いていた熊の愛称です。昭和5年から発売している山親爺は厳選したバターとミルクを使用した洋風煎餅です。
バターの風味や卵の香りが豊か。

千秋庵製菓「山親爺」広告文より

販売元  千秋庵製菓株式会社  〒060-0063 北海道札幌市中央区南3条西3丁目13番地2
1921年(大正10年9月5日)創業

⑦ 炉ばた

形を見ればなるほど、「愛嬌菓子」というキャッチコピーはありそうでない。

秋田菓子宗家かおる堂「炉ばた」広告より

秋田諸越の代表的逸品。 一口諸越「炉ばた」は、一粒一粒に秋田の風物詩をかたどり、包みを解くたびにあらわれる可愛らしい形に思わずほほえみがこぼれる「愛嬌菓子」でございます。 良質な小豆粉と砂糖、和三盆糖を原料とし、打ち固めております。

秋田菓子宗家かおる堂「炉ばた」広告文より

販売元 秋田菓子宗家かおる堂  秋田市川尻町大川反170
1922年 (大正11年) 創業

⑧ 杉の肌

1961年(昭和36年)より製造のロングセラー、看板商品。メーカーの説明によれば、「香ばしいくるみをたっぷり入れた、甘みを抑えた歯切れの良い「ゆべし」です」とある。大体想像できる味だろう。

セキト 「杉の肌」広告より
セキト 「杉の肌」広告より

販売元  株式会社 セキト  〒016-0834 秋田県能代市字下内崎63-13
昭和12年10月29日創業

⑨  いつもじ

メーカーの商品説明には、「いつもじに書かれている梵字は久留米にある水天宮のお守りに刻まれている五文字なので、縁起の良い名物として人気があります。もち米、黒砂糖、水飴などを主原料に使われている米菓子で、歯ざわりと独特な風味」とある。
いつもじ、つまり五つの文字という意味。明治8年創業時から販売。

吉金菓子舗(よしかねかしほ) 「いつもじ」広告より

販売元 吉金菓子舗(よしかねかしほ) 〒830-0017福岡県久留米市日吉町12-28
1876年 (明治8年) 創業

➉ 反魂旦

読みは、はんこんたん。メーカーの商品説明にはこうある。「約400年の歴史を誇る、越中富山の丸薬「反魂丹(はんごんたん)」の形をモチーフに作られた、ひとくちサイズの焼き饅頭。白インゲンの一種・手亡豆を使ったやわらかくて甘いこしあんを、ココア入りの生地で包んだ、見た目にも可愛らしい富山県の銘菓だ。商品が入った箱の中には、薬の行商人が子どもたちへのお土産として配っていた昔懐かしい紙風船が同封されており、そのレトロなフォルムと色合いに思わずほっこりしそう」

菓匠美都家「反魂旦」広告より
菓匠美都家「反魂旦」広告より
同封の紙風船 菓匠美都家「反魂旦」広告より

名前をあやかった薬の反魂丹の方の説明は以下のとおり。

昔から越中富山の反魂丹として全国津々浦々に到らざる所のない、富山の売薬は今より約400年前時の藩主前田正甫公薬の霊験ある所に悦び、自ら製法を研究して松井屋源右衛門に調剤せしめてこれを八重崎屋源六が諸国行商に出たのが始まりで、其の後販路も益々広がり諸民皆反魂丹の奇効に喜び、入る封建時代各藩主共国境を閉じたが独り富山の売薬行商人のみ自由に行商したるものなり、来幾多の変遷を経て富山特産品として内地は勿論海外に迄販路拡張したるものです。

菓匠美都家「反魂旦」広告文より

販売元 菓匠美都家 〒933-0918 富山県高岡市大坪町1丁目4番1号
1949年 (昭和24年) 創業

    令和7年8月       瀬戸風  凪
                                              setokaze nagi


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